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匹夫の勇  作者: れんじょう
【本篇】
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第十二話 【エディエット=マーヤ・Ⅰ】

「その婚約者というのは貴女でしょう!

 自分が捨てられるからといって言いがかりをつけ、逆恨みに難癖をつけ、わたくしを陥れようとしてるのではないですか!」


 結局は自分の自尊心を傷つけられたからという理由なのだわ。


 エディエット=マーヤはやっと合点がいった。

 ずっとおかしいと思っていたのだ、エーヴァの態度が。

 最近ちっとも校舎ですれ違わなくなっていたが、それまでは結構な頻度で目の前に現れて、男性としゃべるなとはいわないがもっと距離を取るべきだとか、胸元まで開いたブラウスはどのようなおつもりでされていらっしゃるのかしらだとか、どうでもいいことで文句を言われてきた。

 だがその文句もいつも淡々と話すだけで感情ひとつ見せることはない。

 

 仮面のように表情のない、不気味な女。


 それがエーヴァに対するエディエット=マーヤの評価だった。




 

 エディエット=マーヤは己の行動が正しいとは思っていないが規律に反していると考えたことがない。

 命は短い。恋はたくさんすればいい。

 社交界にデビューした後なら煩わしい関係が付いて回ってくるが、ここは社会とはかけ離れた小さな国のようなところ。

 それも親の監視も他人の好奇な目も少なく、ただひたすらに個人でいられる最後の場だった。

 

 楽しまなくてどうするの?


 どうせ卒業してしまえば親の駒となって一度も会ったこともない人と家の為に結婚をしなければならないのなら、今を楽しんで何が悪いというのだろう。

 そもそも本当の意味での恋人など一人もいない。

 エディエット=マーヤは自分を素晴らしく愛してくれる人たちの群れの中で女王様のように崇められれば、それだけで幸せだった。

 だからこそ何人も愛おしいと頬を染めて言ってくれる人を無碍にすることはしないし、その人たちが十分満足するように気配りもする。

 もちろん他の恋人たちの存在など知られないように細心の注意を払う。

 

 以前は失敗をしてしまって、父にお尻をぶたれるなんて子供にもしないようなことをされてしまったけれど。


 あの後しばらく修道院に入れらてしまった為にランドル校への入学が人よりも遅れてしまったが、もともと知能が高かったため、すんなり編入が決まり現在に至る。

 その時学長から校内の案内を任されたのが、当時の学生会会長だったイェルハルドだった。


 運命の出会いというのはまさにこのことね。


 イェルハルドは昔から堅物で、エディエット=マーヤが如何に秋波を送っても楯板でも間に挟まっているかのように見事に跳ね返してしまう。

 どれほど近くにいても、どれほど言葉を尽くしても、イェルハルドは見向きもしない。

 それどころかうっとうしそうに顔を顰め、近づくと向こうが遠ざかるようになっていった。


 一歩前進したいのに三歩後退しているような気になるのはなぜ。

 直接的に攻めるよりも誰かから持ち上げてもらったほうが落ちるかしら。


 イェルハルドを落とすことは、エディエット=マーヤにとって悲願だった。

 どんな手を使っても彼を振り向かせてやると、イェルハルドの周りにいる男子学生一人一人を捕まえては籠絡して味方につけた。

 

 類は友を呼ぶとはこのことね。


 イェルハルドの周りにいる学生たちは皆そろったように女に免疫がない。

 ちょっと潤んだ瞳を向ければ、ちょっと優しい言葉をかけて、ちょっと体の一部を触ればそれだけでころりと手の内に入れてしまう。

 拍子抜けするほど簡単に手に入るものには興味が失せるのが早い。

 家柄も見栄えもよい彼らだったが、なかなか手に入らないイェルハルドの足元にも及ばない。

 駒は駒の価値しかない。

 二人きりの時は甘く擦れる声で愛をささやいてくれる彼らはエディエット=マーヤの活力剤だが、イェルハルドの情報を知るための道具でもあった。

 

 その道具の内の一人からイェルハルドには婚約者がいると教えられた時の驚きといえばなかった。


 あの堅物に!

 婚約者だなんて、笑わせる!!


 だが道具にはとろりと蕩けそうな肢体を預けて、熱い吐息を吹きかける。

 

「まあ、そうなのですか? とてもむつまじい婚約者がいらっしゃるようにはお見受けしませんでしたのに」

 

 彼に比べればよほど貴方と私の方がむつまじいですわ、華奢な手を堅い太ももに置いて道具を見上げれば、そこには真っ赤になってぱくぱくと口を開く、間抜けだけれど愛らしい姿があった。


 ああ、たまらないですわ。


 自分を見下ろす熱い瞳にぶるりと体を震わせてしなだれかかる。

 これで今まで以上に愛が注がれるかと思うと、エディエット=マーヤの体の内側がきゅんと切なげに鳴いた。


 だがその婚約者が誰かわかった時の衝撃は婚約者がいると知った時の比ではなかった。


 エーヴァ……?

 エーヴァ、エーヴァ・ヴァクトマイステル!

 どうして彼女が!!


 いつも彼女と比較され、一度も勝ることもなく、親には彼女を見習えと言われ続けた幼少時代がまざまざと浮かび上がり、エディエット=マーヤの機嫌は急降下する。


 あんな面白味も何もない女が、イェルハルドの婚約者だなんて。


 大人たちは誰もがエーヴァを素晴らしいというが、エディエット=マーヤから見ればどこがとしか言いようがない。

 話をすれば堅苦しく、誰とも打ち解けようとせずに孤高を気取り、微笑むなんて芸当ができるのかと疑いたくなるように表情がなくつまらない。

 どこをどうとったら素晴らしいというのかさっぱり理解ができないが、親から見れば十分に優良物件だったらしい。


 そうでなければ誰があんな女を婚約者に据えるというの。


 面白味も何もない女が同じような堅物のイェルハルドにはお似合いかもしれないが、だが逆をとれば、似た者過ぎて脆いのではないか。

 そこにナイフを入れれば堅固な盾もがらがらと壊れていくだろう。

 隙をつけばいくら堅物だとはいえ人間だ、心動かされないわけがない。


 ようやく見つけた一筋の光に、縋りついた。




 駒たちは良い仕事をしてくれる。


 自分の恋人たち――――僕ともいうが――――が学生会の仕事中の合間合間に世間話の一つとして彼女の話題をだし、素晴らしく愛らしい女性と誉めそやしたのだ。

 初めのうちは興味など全くないように頷くだけだったイェルハルドだったが、初日に校内を案内したこともあり、その時に妙に心に引っ掛かりを覚えたらしく、次第に彼らの話を熱心にきくようになっていた。

 そして廊下でエディエット=マーヤに会えば、寮には慣れたか、同性の友人はできたかと話すようになり、ついには笑うまでに至った。


 イェルハルドの堅物ぶりは有名で、笑うどころか微笑むことも稀だというのに、エディエット=マーヤといるときだけは声を上げて笑っている。

 その噂がエーヴァの元まで届くのに、時間はかからなかった。


 いつ、やってくるかしら。


 エディエット=マーヤは心躍らせながらエーヴァがエディエット=マーヤの元にやってくることを楽しみにしていた。


 ひっそりとした場所ではなく、大勢の人前がいいわ。

 女の嫉妬ですもの、それはそれは盛大な花火を上げてくれるはず。


 沢山の観客がいる中で盛大に恥をかけば、堅物な婚約者も流石に引いて婚約を解消するに決まっている。


 それまで恋人の元にいるか寮にいても大広間にいることなく部屋に下がっていたエディエット=マーヤは、この時よりできるだけ人目のつく場所で過ごすようになった。




話の途中ですが、今回はここまでで。(いつもだよとか突っ込まないでくださいね)


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