彩笑のおばあちゃん
「都輝、ちょっとおいで。」
私はほぼ毎日カフェに通っている。学校から近くはないし、家からも離れている。
このカフェに毎日のように、通うようになったのには理由がある。
2年前の1月。
おばあちゃんが、亡くなった。
家から車で20分ほどのところに、おばあちゃんの家はある。
いつでも元気で、笑顔で、優しくて。料理も出来る自慢のおばあちゃんだった。
過去形であることに寂しさを覚えるのは私だけだろうか。
最後にあったのは、いつのことだっただろう?
いつ?つい最近だ。お正月に新年の挨拶であったばかりだったじゃないか。「外は、寒かったでしょ?」って温かい、おいしいモカを作ってくれたじゃないか。温かくて舌触りの良いモカに心まで、暖かくなったじゃないか。
なのに、なんでだろう。
黑縁の中に囲まれたおばあちゃんの顔写真を見ても、会っていたという感覚がしないのは。
なんでだろう。
私の知っているおばあちゃんがどこにもいないと感じてしまうのは。
どう考えても、答えは出ない。数学のように答えは決まってないのだろうか。いっそ、答えが1つなら良かったのに。
いつまでも引きずっていきそうなこの事実。
でも、引きずらなければおばあちゃんを、おばあちゃんが生きていたということをみんなが忘れてしまうみたいで怖かった。
自分が忘れてしまったら、おばあちゃんがいなくなってしまうようで怖かった。
お葬式が終わったあと、お母さんたちとカフェに入った。
カフェは、あまり広くはなかった。でも、きちんとしているのは伝わってきた。
そのなかに、黒い服を纏った中年の女性たちが4人。明らかに浮いている。
「どうぞ、お好きな席にお座りください。」
どこから出てきたのか、いつの間にか初老のしかし顔の整った女性が席に座るように促してくれた。
4人掛けの席と、2人がけの席が2つずつあった。
1つ、席を移動させても良かったがしなかった。お母さんたちの会話にいつもどうりになにごともなかったように加われないと思った。
「はい、これ。」
ボーッとしていた。目の前に温かそうなモカが置いてある。良い香りがした。
でも、どうしても口をつける気にはならなかった。
「今回は、サービス。おいしいから飲んでみんさい。」
「・・・いいです。すみません、今はちょっと。」
「ちょっとどうしたんね?」
「そういう気分じゃ、ないです。」
「・・・ねぇ、知っとる?人が、生きとるって感じる瞬間はいつだと思う?」
「えっ?」
突然変わった会話の内容に戸惑った。
「分かりません。」
「そうか・・・。」
「答えは、1つじゃないんじゃないですか?」
「そうやな。じゃけん、考えんよりは考えて何か答えを出した方がええんやない?」
考えないより、考える。
「答えが一つじゃないっちゅうもんは、考えるのが難しいでな。分からん気になって考えん人が多い。」
この言葉で、わたしはやっと気づくことが出来たんだ。あの答えを理解しようとすることが出来た。
「な、いつまでも悩んどらんと、これ飲みぃな。」
お店のおばあちゃんが指さしたのは、サービスと言ってくれたモカだった。
「ありがとうございます。いただきます。」
コップを手のひらで包むと、温かさが伝わってきた。
香りをかぐと、かすかにおばあちゃんのにおいがして泣きそうになった。
それを、押さえてのどにモカを流し込む。
柔らかな舌触り。この味。
「お、ばあ・・・ちゃん。」
鼻の奥がツンとなって目の奥が熱くなる。
嗚咽が漏れる。
お店のおばあちゃんが、背中をさすってくれる。
小さな手なのに、大きな手で包まれているように温かかった。
彩笑がモカを飲むようになった理由でした。