常連の女の子
「ありがとう。」
2ヶ月後、そんな台詞を1人の女の子に言うわけだが、2ヶ月前の俺はそんなことを知らずに平穏に暮らしている。
前岡都輝、25歳。
俺は普段、ばあちゃんのやっているカフェで働いてる。この店を継ぐ決意をしたのはつい最近のことだ。大学を卒業して、毎日の生活の大半をこの店で過ごしている。
カランカラン
店のドアがゆっくりと開けられる。入ってきたのは、制服を着た女子高校生だった。常連さん。
「いらっしゃいませ。」
その女の子は、ペコっとお辞儀をしていつもの席に座る。ほとんど毎日見ている気がする。
「ご注文は?」
「えっと、モカでお願いします。」
いつも、モカを飲んでいく。うちのモカがそんなに気に入ったのかな?
「承知しました。少々お待ちください。」
いつもの事務的な口調で注文を取り終え、厨房へ向かう。
「モカ、お願いします。」
「はいね。」
厨房には、俺のばあちゃんがいる。基本、俺は接客でばあちゃんが全部作ったり淹れたりする。
俺もそういうことはできるようになんなきゃとか思うんだけど・・・。
「はい。彩笑ちゃんかい?」
「あぁ。」
彩笑。それがあの常連の女の子の名前だ。ばあちゃんはあの子と話したことあるみたいで、話しに行くときもある。
「じゃあ、おばあちゃんが持って行くよ。」
こう言って。
厨房から、様子をのぞくと常連の女の子も、ばあちゃんも笑ってる。そんなに話すことが楽しいのか、俺にはちょっと分からない。
厨房で、食器を洗う。
高校んときの彼女には
“なんでなにも話してくれないの?無愛想すぎて何考えてるか分からないよ。”
って泣きながら言われて、振られた。
彼女の話を聞くことは、苦じゃなかった。彼女の楽しそうに話す姿とか、結構好きだったとは思うんだけど、彼女には伝わってなかったみたいだ。
そんなに話すことは大事なことなのか俺には分からない。口べただってのもあると思うけど。
「都輝。ちょっとおいで。」
「ん?何?」
行くと、女の子が何かばあちゃんにささやいていた。
「いいのいいの。」
ばあちゃんの声だけが聞こえる。
「都輝。自己紹介。」
「・・・は?」
「だから、自己紹介。早く。」
言われるがままに自己紹介。
「えっと。・・・前田都輝です。25歳です。」
「で、彩笑ちゃんも自己紹介。」
「あっはい。水月彩笑です。えっと、三高元高校の2年生です。」
「都輝。ちょっとなんか、作ってきて。」
「あ、うん。」
なんでもいいのか。だったらパフェ・・・とか?いや、でもアイスが溶けるから、早く食べなきゃいけないよな。温かくても冷めてのおいしいもの。
「どうぞ。」
結局、パンケーキにフルーツを乗せたものにした。
「あぁ、ありがとう。彩笑ちゃん、サービス。いつも来てくれてるから。」
「ごめんなさい。ありがとうございます。」
「いえいえ。」
「つ・・・都輝さんも、ありがとうございました。」
「いえ。」
女の子は、パンケーキをほおばると笑顔に変わった。
「このパンケーキ、すごくおいしいです。」
良かった。口に合ったようだ。
「生地がすごくふわふわで、口の中に味が広がっていく感じで。」
「よかったね。都輝。」
小さくお辞儀をして、厨房に戻ろうと身を翻す。
「あの。」
女の子が話しかけてきたため、体の向きを直して目を見る。
「明日も、作ってもらえますか?」
「・・・はい。」
その後もばあちゃんたちは、30分ぐらい話していた。
なぜか、俺は明日は何のフルーツをパンケーキにのせようか、楽しみに考えていた。