BG減殺計画 -咆哮-
こういうのかいてみたかった。
変わらない日常。変わらない自分。変わらない孤独。
もう飽き飽きしていた。誰かこのループから解放して。お願いだから。
誰かが好き。愛が欲しい。綺麗になりたい。夢を叶えたい。物が欲しい。富が欲しい。
力が欲しい。金が欲しい。
そんなこと、どうでもいい。私は生きているのではない。死んでいないだけ。
クラスメイトの会話も、つまらない。不必要なものばかり。何が必要で、何が欠落しているのか、自分には分からない。誰か教えて。お願いだから。
死後の世界はどうなっているのだろうか。
手首を切ってみた。すぐに姉に手当され病院へ連れて行かれた。
死ねる立場ではない。
命を奪ってみてはどうか。
試しに小動物を殺してみた。何とも言えない後悔だけが残った。
姉に涙を流された。怒鳴られて、叩かれて勘当されるかと思ってた。それより辛い。
それから、姉が私に対して過保護になった。
やはり、殺しもできる立場ではない。
平和なんて、つまらない。無念に死んでいった人間に対しての侮辱。そんなこと、分かっている。いや、途中からそんなことを考えることさえもしていなかった。
思考が麻痺しているのだろうか。周囲への関心がなくなっていった。
しかし、私へと関心を抱くものはいるようで、それがやけに鬱陶しかった。毎日、口を開けることなく、栄養を保つためだけに食べる動作をして、同じように睡眠をとって、将来の自分のために、授業を受けて。意味がない。生きている意味がない。
誰かが、この日常を壊してはくれないだろうか。そんなことを、今日までずっと思っていた。
今日まで。今日、私の人生は大きく変化を起こした。
「ルル・・。私は、今日は夜集会に出席するから、一人で夕飯は食べてね。今日だけだからね。寂しかったら、メイドと一緒でもいいからね。」
姉さんは、辛そうに私へ言い聞かせる。その表情が、私の心を強く引き締めた。しかし、これ以上心配をかけるわけにはいかない。だから、私は今日も笑った。
「集会、いつもお疲れ様。いってきます。」
自分でも、素気ない感じがした。あまりにも、シンプルすぎて苦笑する。小走りで庭園を抜けて、門を押し開く。姉さんは余計に心配してしまうのではないかと思ったが、心配は不必要だった。振り返ると、姉さんは門前まで出てきていて少し息を吐くと、微笑して私へ向かって手を振った。日差しが暑かった。
通学路は、いつも通り。顔合わせのある人間が、気だるそうに歩いていた。そんな顔を見るだけでもうんざりするのだ。私は、誰彼構わず無視していき、素早く歩いて行った。私を好奇の視線で見る者も多少ながらいたが、全く気にしていない。どうでもいい。そうして、辿り着く校門。ああ、ここまでいつも通りなのか。
校門前に、顔馴染みの人間が私を待ち伏せていた。
「よう。ルル。今日こそ、その銀髪。黒に染めさせてもらうぞ。」
気味の悪い笑み。吐き気がする。
彼は、赤島響。2年D組。出席番号1。
風紀委員を務めてはいるが、実際は彼自身が風紀を乱しているような気もする。彼は、同じクラスではあるが、これまでまったく縁もなかった。存在も知らなかった。彼は私のことを知っていたとは思うけれど。私は、転校生だった。とはいっても、子供のころはここに住んでおり、家の事情により田舎へ引っ越していたが、再度家の事情でここへ戻ってきたのだ。転校初日は、周囲から注目をあびていたが、私が邪険にすると皆自然と私を避けて行った。彼もその一人だった。はずだ。しかし、彼は風紀委員になった途端、私を厳しく指導してきた。偉そうに。
「何度言えば分かるの?これは地毛。よくもまあ、飽きないのね。」
いつも通りに、答えてやる。面倒だ。彼が言う私の頭髪は、毛先まで銀に染まっていた。しかし、これは地毛であって、校則に反しているわけではない。何度もいっているのに、彼は信じてくれない。それもそのはずだろう、別にハーフでもないのだから。父、母、姉も皆黒髪。私だけが銀髪なのだから、彼が信じないのも無理はない。しかし、しつこく嫌みたらしい。
「飽きるわけないだろ。お前みたいな女、早々いないからな。目つけてるに決まってんじゃん。」
堂々と彼は、私を壁へと追いやり逃げ場をなくす。注目を浴びていることにも気づいているのか、彼は勝ち誇ったような表情を見せた。彼は、生粋の女たらしで人気者だった。性格がよいとは言えないが、頭脳明晰で運動神経も優れているまさに、天才だった。容姿も端麗で、女子生徒からの人気度は圧倒的であった。そのせいか、私を嫌う女子生徒も、日に日に増している気がする。
「邪魔。」
私は、彼の束縛から逃れるために、彼を冷たくあしらった。彼はひるむことはなかったが、何故か気味悪く笑い、私を解放した。いつも通り、だった気がする。しかし、微々たる違いがあるようにも思える。今日は、何かが違う。
晴天。雲一つない晴天。それも奇妙だった。
教室に到着すると、いつものように女子が一人の女子の机にたむろし、男子は馬鹿騒ぎをして、一部は机に向かって懸命に勉強をするものもいた。いつも通りだった。
私も、いつも通りに席に着き教科書を机にいれて、机に突っ伏した。
すると不思議とそれまで容赦なく入ってきていたクラスメイトの話し声、騒ぎ声、それらすべてが遠のいていった。私だけの空間がここに成立した。
「あの、神楽さん。」
誰?私の世界に入り込んできたのは。
億劫そうに首をもたげた私に、彼女は、少し申し訳なさそうにしていた。
「あ、ごめんね。寝てたかな?」
私に話しかけてきた彼女は、委員長の南田由月。出席番号24。2年D組。温厚な性格をしており、男女からも人気がある。しっかり者でもあり、とても優しい人間だった。私と話すのは初めてだった。
「別に。何か用かな?」
私が机に向いながら、彼女に尋ねると彼女は笑顔で口を開いた。
「あのね、私―
その瞬間教室の扉が開いた。
彼女は、スライドされた扉の音に驚き、その方向を見ると担任が無表情で立っていた。少し物々しい雰囲気だったので、それまで談笑していたクラスメイトも全員口を噤んだ。委員長も、また後でと言い残すと自分の席に座った。
いつも通りなら、ホームルームが始まるはずだった。
しかし、担任は変わらず強張った表情で教室へ入り、教壇に立った。
一向に口を開かない担任に、少しばかり不安を抱き始める生徒たち。怒られるのではないかと、自分が何かしてしまったのかと、過去を思い出す生徒たち。いつも通りに勉強を始める生徒たち。私は、担任に対して少し違和感を覚えていた。
「・・えー、皆には今日特別な話がある。心して聞いてくれ。」
やっと口を開いたかと思うと、担任は口ごもりつつ話した。特別、という言葉に皆が反応する。雰囲気は、このクラスの誰かが死んだとでもいいそうなものだったが、今日は全員出席していた。一体何の話だろうか。
「・・・たった今から、皆に殺しあってもらいます。」
「え?」
思わず口から洩れた言葉。唇が乾燥して、息が荒くなる。全員が全員、教壇に立つ担任を見詰めていた。
「先生、何言ってんの?冗談でもそんなこと言ったら、校長先生に怒られますよ?」
赤島響が、先生に向かって偉そうに言う。担任は、赤島響の言葉を聞き流したのか、こう続けた。
「・・・・。頼む・・。俺を、助けてくれ・・・。」
消え入りそうな声。担任の異変に気がついた皆が、先ほどよりも騒ぎ始める。全員の表情は、曇ったままだ。
「・・え・・?何、あれ。」
私は自然とまた、声を出していた。
私はずっと、窓の外を眺めていたのだが、とある動きを発見していた。
「え?何々?どういうこと?」
堰を切ったように、全員が口々に物を言う。そして、私が見ている方向へと視線を向けていた。
「何で・・。どうして、門が封鎖されているの?」
そう。門は通常はホームルーム終了まで開いたままだったのだが、それが閉まっている。そして、頑丈に鍵まで掛けられているではないか。おまけに、門前には銃器を持った迷彩服の自衛隊が二人ほど佇んでいた。その様子はまるで、中にいるものを逃がさないようなものだった。
「・・・どうぞ、お入りください。」
窓の外に注目していた全員が、また口を開いた担任のほうへ視線を向け直す。今度の担任の発言は、明らかに他者に対する発言だった。担任の視線の先は、教室の扉だった。
ガラガラガラ
教室の扉が横へスライドされた瞬間、全員の息遣いが聞こえなくなった。何故ならそこに立っていた人間は、門前にいる人間とそっくりの格好をしていたからだ。私も思わず息をのむ。自衛隊は、得も言えぬような雰囲気をかもしだし、そのまま教壇の前へ歩んだ。そして、指を鳴らした。
すると、やけに綺麗にそろっている足音が聞こえてきた。しばらくすると、自衛隊が大勢教室へ押し寄せてきた。途中、初めに入ってきた自衛隊の一人が、私たちに机をどけることを命じてきたため、全員抗うことなく机を教室の後ろへと移動させた。そして、皆不安げな表情で教室の中心に座り込んだ。自衛隊はどんどん教室へ押し寄せ、そして私たちを囲むように並んでいった。担任は何も言わなかった。
「どうなってんだよ・・。これ・・。」
いつもの調子を崩した赤島響は、眉間に皺を寄せて呟いた。続いて、委員長も口を開く。今度は担任に対して。
「先生っ!これどういうことですか!?ちゃんと説明してください!」
委員長は今にも泣きそうな表情で、担任に訴えかけていた。担任が、恐る恐る口を開こうとすると、目の前にいた自衛隊がそれを制し、口を開いた。
「君たち、学生には今の国の状態など微塵も分かっていないのだろうから、説明してやろうじゃないか。」
自衛隊は、無表情で私たちを見下ろしている。それに怯える皆を見て、自衛隊は溜息を吐いた。
「今、世界中では小さな戦から大きな戦までが、多数勃発している。理由は様々だが、一つは富を求めすぎた結果ともいえるのだろう。領土を欲したり、自国の政治に対するデモが大きな争いになったり、過去の清算を行うためにこれに便乗している国もある。この世は今、戦乱時代といっても過言ではない。日本にもその影響が出始めている。北の領土から、着実に戦乱へと巻き込まれているのだ。後一年もすれば日本全土は完全に戦の舞台となりうるだろう。初めは、平和を宣言していたため、国家は我々自衛隊を使い、他国からの攻撃を何とか防ぎ死者を出さずにいたが、それも長くは続かない。他国からすれば、日本だけが平和だなんて気に食わないのだろう。もしかするとだが、その内、他国が日本に総攻撃を仕掛ける場合もある。そうなれば、日本はお終いだ。そこで、だ。国家は、ある政策を実行に移すことになった。」
自衛隊がそこで、息を飲む。もったいぶっているのか。
私たちは、自衛隊の目から目を逸らせないでいた。
「その名も『少年少女減殺計画』だ。」
げん、さつ?
少年少女?計画?
そんな言葉が脳内を巡る。それを理解した瞬間、鈍痛が頭に走った。本当に激しい痛み。思わず頭を抱える。
「国家は、もう日本に未来はないとも思っているのだろう。普通ならば、君たち若者を殺せば、子孫が生まれなくなり日本の未来はなくなるだろうが、今は本土を守りきることを優先することになった。人間は、量より質だということだ。君たちは、危機に陥っている日本にいても何もすることはできない。タダ飯ぐらいもいいところだ。もちろん、戦乱の影響で貿易はストップしている。我々自衛隊への食料確保が最も優先されるべきこと。よって、何もできない、力のない君たちは不要だ。だから、君たちの量を減らすことになった。」
何を、言っているんだろうか。この男は。
自衛隊は、国民を守ってくれるんじゃないの?国を守るの?
私たちは、不要なの?邪魔ということ?
全員、呆然としていた。何も、理解できない。
パァンッ
突然の発砲。
全員、叫び声をあげる。銃弾は、床にめりこんでいた。
血を流している者はいないようだ。銃弾を売った者は、先ほどの自衛隊だった。
「いつまで、そうやって怯えているつもりだ、この糞餓鬼どもがぁぁっ」
教室中に響き渡る、凄まじい咆哮。空間が震えるような感覚。私は身を震わせた。
「いいかっ?お前たちはもう守られているんじゃないっ戦わなければならない立場なのだっ分かるか?しかし、お前たちはたるんだ日常に慣れてしまい、甘えたままだ。言葉では何も変わらない。武力で争うことこそが本来人間のあるべき姿。強いものが勝利し、弱いものが絶望する。昔は、そうやって国は成り立っていた。」
この男は、何をいっているんだろう?私にはまったく理解できない。彼自身も、もう自分が何を言っているのか理解していないんじゃないだろうか。
「お前たちは、もういらん。甘えたままの弱者などいらん。不要だ。お荷物でしかない。子供だからといって、守られているだけではいかんのだっ!」
つまり、私たちに死ねと言っているのだ。私はそう理解した。
そうして、自衛隊は全てを言い終えたとでも言うように、口を閉じた。そして、別の自衛隊員が、平たく黒い箱を持ってきて教卓の上に置いた。恐らく、咆哮していた自衛隊は、教官とかいう立場なのかもしれない。妙に、重々しい雰囲気を漂わせていたのもそのせいなのか。
「お前たち、全員右手を前に突き出してそのまま動くな。いいな?」
唐突な命令に、全員慌てて言われたとおりに動く。全員命令に従うのは、教室にいる自衛隊全員が、私たちに向けて銃器を構えているからだ。命令に背けば、撃たれるのだろうか。威嚇射撃で無理やり従わせるのかもしれない。どちらにしても、死の危険性がある。
自衛隊は、先ほどの平たい箱を開け、数人の自衛隊員に指示をしていた。
私たちは座っているため、教卓の上にある箱の中身は全く見えない。自衛隊員は指示を受けて、箱に手を入れ、何かを掴むと私たちのほうへと歩いてきた。運悪く、自衛隊員の目に留まってしまった女子生徒。自衛隊員は何も言わず、その女子生徒の前に屈みこんだ。女子生徒は、今にも気絶しそうな様子だった。
「じっとしていろ。暴れるんじゃないぞ。」
女子生徒はかろうじて、気を保っているようでこくこくと頷き、素直に従った。自衛隊員が手に持っていたものは、腕時計だった。拍子抜けした。しかし、何故腕時計を全員につける必要があるのだろうか?自衛隊員は、それぞれ順番に私たちの腕に腕時計をつけていった。もちろん、私にも。つけられた腕時計を見てみる。黒いプラスチックでできている。デジタル時計で、文字は画面に映されている。一見、普通の時計に見えるのだが、次の教官の言葉でそんな考えは打ち消される。
「それは腕時計型の爆弾だ。お前たちが何か違反行為を犯した際に、爆弾は爆破する。」
「・・・え?ばく、だん?」
私は、ぶつ切りになる声を気にも留めずに、教官を見詰めた。教官の表情は依然変わらなかった。
暇つぶしかな。