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ネタがないんだよ、そう言わないでおくれよ、オチもないんだよ、みっちーだよ ~倉敷みちる~

「はははっ、待てよー、ジョンー」

 ただ今、わたくしこと倉敷さんの日課であるジョンの散歩中なのだった。

 おっと、ジョンっていうのはもちろん来栖真くんのことじゃなくて、うちで飼ってる犬のジョンのことさ。胴長のダックスフンドちゃん。中学二年生以来の仲だ。

 夏休みに入ってから、午後の散歩は私の仕事。ジョンの奴も私と散歩ができて喜んでいるに違いない。人型のジョンも一度首輪をつけて散歩してやりたいと思う気持ちもあるけれど、そんなことをしたらジョンのお嬢様からも幼馴染からも何て言われるかわかったもんじゃないからね、実行には移さない。

 さて、今回は私の出番というわけだけれど、残念ながら、これといって語るエピソードがない。

 だって、この物語は恋愛物じゃないか。

 私自身の話しとなれば、この十六年間、もうすぐで十七年になるけれど、恋愛要素なんて皆無だったからね。私にそんな話しを期待しても無駄なんだよ。どれだけ記憶の引き出しを開けたところでどこにもそんなものは見当たらない。高校生っていうのは普通、色恋沙汰で多忙の時期だとは思うんだけど、私はそういうことからは一歩身を引いている。自ら進んで遠慮しているのだ。進んで遠慮というのはちょっとおかしいかもしれないけれど、とにかくそういうことなのだ。

 私には少し歳の離れた姉が一人いた。いたと言ってしまえばもう亡くなってしまったように聞こえるけれど、姉はどこかで恙無く暮らしている。どこか、というのも隣の県であって、詳しい住所を知らないだけだ。

 姉は大学を卒業してすぐに結婚した。それから当然ながら旦那と暮らし始めたわけで、そこから私は姉がいたという言葉を使っているのだ。

 まあその理由としては、あまり望まれた結婚じゃなかったから、ということかな。姉はできちゃった婚だった。姉いわく作っちゃった婚らしいんだけど。

 姉は私とは真逆な社交的な性格で、外見は私に似て、私に似て見てくれもよく、モテた。

 私は人をからかうのが好きだけど、社交的な性格というわけじゃない。姉妹だけど、姉と私の性格は全くの逆だったんだ。それにはいろいろと要因があるのだけれど、それはおいおい話していくことにしよう。私がよく喋るのはあくまでも仲が良い友人の前だけだ。それはちーちゃんのことなんだけどね。あとはちーちゃんが紹介してくれたあのジョンと、そのストーカーのお嬢様。面白いよねあの二人は。だけどまあ面白いんだけど、あずあずには悪いけれど、ジョンのことに関しては私はあくまでもちーちゃんの味方さ。ちーちゃんは親友だから、その親友の応援をするのは親友の務めだろうね。私が三人の中に介入してしまうのはあまりにも図々しくて、あまりにも無粋なことかもしれないけれど、ちーちゃんの煮え切らない態度を見ていると何かしてあげたくなってくるんだよ。私にはその背中を押すことくらいしかできないけれど。それもしていいものかわからないけれど。ちーちゃんには頑張って欲しいんだよね。あずあずのことを助けたこともあったけれど、最近のちーちゃんの滅入り振りを見ているとどうにかしたくなる。あの金髪お嬢様の仕掛けはちーちゃんにとって悪い方に影響した。ただ、あの時は、あずあずの番だったよね。うん。……あれ? あれあれ。

 閑話休題。

 そうそう、姉がモテるという話しだった。多分そうだった。まあそれで、大学に行って調子に乗って遊びまくったわけだ。でもそれなりに良い人に出会えたようだし、本人は今幸せなんだと思う。だけどそれに至るまでは苦難の道のりだった。姉のお相手になった男性の第一印象はお世辞にも誠実とは言えなさそうで、それは先入観かもしれないけれど、とにかくそんな、遊び人の匂いが漂う人だった。付き合ってる間はお互いにドライな関係だったことも、姉からよく愚痴を聞かされていた。そのうちに姉が本気になったようで、姉が彼を押し切ったような形になった。

 妊娠したのは大学に通っていた頃。姉が彼と一緒になりたいと言ったとき、うちの親は反対した。猛反対した。それは当然の反応だった。私も反対した。なぜなら彼は逃げたのだ。姉の前から逃げ出したのだ。ひどい時には一ヶ月以上姿をくらました。余談だけど、あずあずのために体を投げ出そうとしたジョンとは真逆の行動だったね。

 結局その彼は戻って来たわけだけど、その間に家族会議的なものが何度もあった。本当に何度もあった。私もそのとばっちりを受け、家族は家の中にいながら全員ぎくしゃくした関係になった。それが私が中学生の時だ。恋愛なんてこんなもの、私にそう思わせるには十分な出来事だった。それから再び現れた彼は、考えを改めたのか全く別人のようになったいたけれども。それでも、うちの両親と彼の関係は良好とは言えない。子供ができたから仕方なく、両親から見れば本当にそんな結婚だった。

 私は、面白くないことに興味は惹かれない。それどころかあんなことがあったのだから、私が恋愛から距離を置いてしまうのも、少しくらいはわかってもらえるんじゃないかな。

 でもまあ結局のところ、一言で言ってしまえばこんなところだ。ありふれた言葉で言ってみればこんなところだ。

 私は恋愛に対して臆病なのだ。

 恋なんてしたことはない。したことはなくても、私は恐れている。恋愛で苦労した人間をすぐ近くで知っているから。

 でもそれは自分に限ってのことであって、他人のこととなると別の話しだ。

 たとえばジョンとお嬢様。たとえばジョンとちーちゃん。たとえばあの変態と図書館で会った、えーと、なんだったっけな、とりあえず変態がちょっかい出してた女子だ。

 他人の恋愛を面白がることは薄情と言えるかもしれない。だけど私は友情には厚いのだ。だけど薄情かもしれない。そういうことについては、私のことを少しでも見てきたあなたたちのご想像にお任せする。あんまり本音は言ってないのかもしれないけどね。まあ私はそういう人間だ。

 友達と心の底から言えるのはちーちゃんだけだ。その友達の恋愛を面白がるのはやっぱり薄情かな。もうそれはいいよね。しつこいしつこい。一応影ながら応援しているわけだし、本当に薄情と思われても倉敷さんのお株が下がるってもんだ。

 私はおばあちゃんっ子だった。突然何を言い出すのかと思われたかもしれないけど、今から親友のちーちゃんとの馴れ初めを語ろうと思ってるんだ。私に話せることはそれくらいしかない。とはいえ、簡潔に言ってしまえばほんの数行で終わることなんだけれど。

 クラスに一人はお節介がいる。それがちーちゃんだった。

 それだけだ。おや、一行にも満たず終わってしまった。携帯で読んでいるのならもしかして二行にわたってしまったのかもしれない。じゃあこう言おう。わずか二十六文字で終わってしまった。これならパソコンも携帯も共通だろう。ん、いやいやこっちの話しさ。

 これだけなら寂しいから、もう少し文字数を稼ぐとして、ちーちゃんとの馴れ初めを語るには私がおばあちゃんっ子だったっていうところから始めなきゃならない。

 私の姉は両親に可愛がられ、私はおばあちゃんに可愛がられた。下の子が生まれたらそっちを可愛がる親が多いと聞くけれど、うちの両親はそうじゃなかったらしい。小さい頃の姉は親の言う事をよく聞いて、真面目で勉強もできて、うちの両親はそんな姉に期待していた。だから姉にかかりっきりだったのだ。私のことは良く言えば放任主義。言ってしまえばほったらかしだった。そんな私の世話をしてくれていたのがおばあちゃんだったのだ。

 おばあちゃんは優しくて、いつも私のわがままを聞いてくれた。それでいつもいろんな話しをしてくれた。私の小さい頃といえば、学校が終わると友達とは遊ばずにまっすぐ家に帰ったものだ。学校に友達はいたけれど、私の遊び相手はおばあちゃんだった。一緒に時代劇を見るのも好きだったし、将棋もおばあちゃんと渡り合えるくらいの腕にはなったし、勉強もある程度できればよしよしと頭を撫でてくれたものだ。

 そのおばあちゃんが、中学二年生のときに亡くなった。

 よくある話しだけど、それから私は伏せってしまった。元々それほど友達も多くなかった私だけど、おばあちゃんが亡くなったショックもあって、友達付き合いの悪さに拍車をかけた。行き場がなくなったかのようにも思った。いじめられることはなかったけれど、私は自分から友達と距離を置いてしまって、不登校生徒になってしまったのだ。姉の事件もこの間の出来事で、私の心はボロボロだった。心優しい当時の担任のおかげでなんとか高校受験は乗り切ることができたけれど。

 言い忘れていたけれど、私はジョンとちーちゃんの二人とは出身中学が違う。県立高校の中から北、西、南高校と選ぶことができたわけだけど、うちの中学の最寄りである北高校には行かず、多少距離のある西高校に進学した。知り合いは少ない方が良いと思ったからだ。

 そして、今は離れてしまったけれど、一年の時にはちーちゃんと同じクラスだったのだ。そして、ちーちゃんが私の後ろの席だった。小泉も小林も近藤も坂井も佐々木もおらず、倉敷のあとは笹野だったのだ。思えば『け』から始まる苗字って少ないよね。私の知り合いには……いないな。いやいや、閑話休題。

 当時一番後ろの席だったちーちゃんが話しかける相手と言えば、必然的に私になった。プリントを後ろに回すのが私なので、必然的に私になった。ちーちゃんの隣の女子はすでに仲良子よしの友達だったみたいで、必然的に私になった。

 当時の感想を正直に言えば、うざいと思った。面倒だった。そういう子だったんだ、私は。

『私、笹野千佳。このクラスに知り合いあまりいないみたいなんだ。仲良くしようね。あなたは?』

『えっ……あっと……はい』

 そうやって私が見せたのは、机に張ってあった名札だった。机に置いてあったクラス名簿のプリントでも見ればわかるだろうと思いながらも、私はそれを言う前にかろうじて名札を見せた。もしその時にその言葉が出ていれば今のちーちゃんとの関係はなかったのかもしれない。というのはあまりにも大袈裟かな。そんなことがあろうとなかろうと、ちーちゃんは世話焼きだった。

 最初はちーちゃんだって私にばかりかまっていたわけじゃない。クラスにもちーちゃんと同じ中学出身の友達は数人いたし、休み時間には別のクラスに行く時もあった。『幼馴染が……』とか言っていたからジョンに会いに行っていたのだろう。

 一度目の席替えがあってからだった。それまでなんとなくちーちゃんと話したりはしていたものの、私はちーちゃんとしか話していなかったので、一月もすれば大体仲良しグループと言えるものが出来上がっていたり出来上がってなかったりするわけで、一人だった私は悪い意味で目立っていた。目立ち始めていた。

 それを気に掛けたのがちーちゃんだ。

 すごい奴だった。クラスで孤立している奴に話しかけるなんてやろうと思ってもそうそうできやしないと思う。やろうと思わないとできないのかもしれないけれど。同情か、義務感か、当時の私はそんなことをちーちゃんに対して思っていた。今のちーちゃんにそんな考えを抱いてしまうとそれはちーちゃんをあまりにも侮辱してしまうので、まずそんなことは思わない。だけど、それでも、当時の私はそんなことを思った。

『倉敷さん、友達いないの?』

 そんなことを言ってきた。そうだ、失礼な奴だとも思った。たしかに友達はいないけれど、他人にそんなことを指摘されたくはない。

 私が気を悪くした顔を見せると、ちーちゃんは慌てて言い直した。

『あっ、ごめん。違う、間違った。このクラスに友達いないの?』

 あまり意味が変わっていなかった。見てわかると思う。周りはもう仲良しだらけだというのに、私は一人なんだ。

『あ、また違う。中学の時の友達、この高校に来てないの?』

 馬鹿だと思った。こいつは馬鹿だと思った。最初のテストでちーちゃんが学年上位だった時には驚いたじゃ済まなかった。

『……来てないよ』

 厳密には知った顔が何人かいたけれど、それでもほんの数人だった。中学の時の学年全員だってそれなりの数がいるんだから、同じ出身でも友達とは限らない。私はその時、ほんの少し意地を張っていたのかもしれない。

『じゃあ今は私だけが倉敷さんの友達なんだね』

 いつの間にか友達認定されていた。話していたときも、私が一方的に受け答えするだけだったのに。きっと話したことある人間だったら誰でも友達になるんだろうと、そう思っただけだった。だから私は言ったんだ。

『友達じゃないよ』

 さすがのちーちゃんもこれには引いた。自分が友達と思っていた奴から友達じゃないと言わればそりゃあ少なからずショックは受けるだろう。だけど、ちーちゃんはやはりちーちゃんだった。

『えっと、じゃあどうすれば友達になるの?』

 くじけない女だった。ひょっとすればいじめる側がいじめられる側に回ることと似たようなものなのに、ちーちゃんは真面目にそう聞いてきたのだ。今度は私が考える番だった。

『えっ……どう、すればいいかな』

『あははっ、私に聞いてどうするの?』

 私が初めて同世代の人間を笑わせた瞬間だった。自分で驚いた。驚いた次には、恥ずかしくなって顔を背けていた。

『倉敷さん、部活は?』

『入ってない』

『じゃあ吹奏楽部に入ろう』

『……嫌だよ』

『私がいるよ』

『? それが?』

 疑問符を浮かべるばかりだった。自分がいるから何だというのだ。私につきっきりで一から十まで教えるつもりだろうか。

『楽しいよ? 私、中学からやってたんだ』

 それは聞いた。聞かされた。聞いてもいないのに。

『楽しいなんて、それがわからないんだ。その、笹野さんは私に構ってても、大丈夫なの?』

 ちらりとそこを見やる。こそこそと、ちーちゃんの友達が何かを話していた。私とちーちゃんが話しているのを見て。危険信号だ。信号なら黄色。急いで渡らずに引き返すべきなんだ。

『あー、向こうも話しの途中だったんだ』

 気にするところがどこか違った。話しの途中だったことよりも、相手のことを気遣うよりも、こいつはまず自分の心配をした方がいい。

『行きなよ』

『あ、うん、ごめんね。部活のこと、考えといてね』

 やれやれ、と思う。世話されていたのはこっちだろうけれど、世話をしてやった気分になった。ちーちゃんのことを助けてやったのだと、それこそ偽善者のような私だった。

『部活入る気になった? おはよう』

 それからのちーちゃんの挨拶はこんなだった。礼儀の順番を無視した挨拶だった。この子の将来が少し心配になった時でもある。

 とにかく、しつこかった。

『もう部活入る気になった? 宿題多かったね』

『ねえ部活入る気になった? 図書室行こう?』

『やっぱり部活入る気になった? ご飯食べよ』

『でも部活入る気になった? 掃除しよっか』

『そろそろ部活入る気になった? 部活行こうよ』

 こんな感じが毎日続き、私は一週間で折れた。勘弁して欲しかった。

『わかった。わかったよ。とりあえず、見学にだけは行くよ。それでいいかい?』

『とりあえずはそれでいいよ』

 そんなわけで、私は吹奏楽部に連れて行かれていくことになった。

 その日の吹奏楽部はパート練習というものをやっていた。楽器ごとに分かれて練習をすることだ。そこでちーちゃんがやっているトランペットのところについていったものの、試しにと言われ、吹いてみたものの、音が出なかった。最初の感想としては、全然面白くなかった。無理だ、面倒だと思った。言われたようにやっても何の音も出やしない。口笛でも吹いていた方が幾分かマシだった。

 そして、私は早々に退散した。なんとなく、空気が悪くなったような気がして。いたたまれなくなって逃げ出したと言った方がいいかもしれない。

 翌日からは言い訳が出来ると、少し安心している自分もいた。

『ねえねえ入部する気になった? 部活行こうよ』

 次の日になっても、懲りない奴がいた。

 私は大きく溜息をついて言った。

『昨日、笹野さんも見ただろう。私にゃ無理だよ』

『誰だって最初はそうだよ。ねえねえ入部しようよ。教えてあげるからさ』

 教えられても無理だったろう。音楽にはそんなに興味があるというわけじゃない。同じ文化部なら文芸部にも入った方がマシだよ。無言で本読んでればいいんだろう? 違うかな。そもそも文芸部があるかどうかも知らないけど。部活なんてする気はないんだ。団体行動は苦手だ。

『友達を誘えばいいじゃないか。一人や二人、暇してる人もいるんじゃないかい?』

『あはっ、倉敷さんてなんか中性的な喋り方だよね』

 中性的と言われれば中性的か。おばあちゃんがこういう話し方をしていたから、私も自然にこんな喋り方になった。ついつい、素で話してしまった。いつの間にか毒されているみたいだった。

『……で、だ。友達を誘ったら?』

『今誘ってるよ』

『…………』

 相変わらずだった。どうもこの子は自分の立ち位置など気にしちゃいないようだった。それはそれでいいことなんだろうけど、いいことなんだろうけれども、私が気を遣ってしまうと思ったんだ。こちら側に来させてはいけないと思ったんだ。

『もう友達でいいよね。最初と比べたら、だいぶ話してくれるようになったし』

『……どうして、私に構うんだい?』

 少しだけおごりがかった質問だったのかもしれない。

『人と話すのは苦手? 倉敷さん』

『まあ、そうだね。ぶっちゃけると、いろいろあって、中学後半は不登校生徒で通してたんだ』

『ふうん。そうなんだ』

 あっさりとした感想だった。よくはわからないけれど、こういうのって、少し距離を置いてしまうものだと思っていた。だからちーちゃんのあっけらかんとした態度は少し意外だった。

『いじめられてたの?』

 やっぱりすごい奴だった。面と向かってそういうことを聞いてくるか。

『そういうわけじゃないんだけどね。元々友達がいなかったんだよ。だから、こういう、同級生とかと話すのは、少し苦手なんだ』

 遠まわしにやめてくれと言ったようなもんだった。

『気が合うと思ったんだ。私も人見知りするから。似てると思ってたから』

『……は?』

 何を言い出すのかと思った。人の垣根をずいずい越えて来ようとしていたくせに。

 それからちーちゃんはぶっちゃけた。

『気を悪くしちゃうかもしれないけど、私、ちゃんとしなきゃって、思ったんだ。倉敷さんのこと、ほっといたらダメだなって。ほっとけないじゃなくて、知らぬふりをするのは悪いことだって、そう思ってたの』

 言いにくそうに、こちらの顔色を窺いながらちーちゃんは言った。人見知りだって言ったちーちゃんの片鱗を見た気がした。いつも人の顔色を窺いながら過ごすことは、疲れる。それが嫌なら、話さなければいい。それだけのはずだ。

 ちーちゃんが言ったことは、一つの義務感だということだった。そうしなければならないと、優等生の意見だった。悪い事じゃない。それを必要としている人だっているはずだ。だけど、私は違った。

『それなら、やめればいい。私なんかに構うことはないよ。別に困ってないからさ』

 それで余計な気を遣わないで済むだろう、私は付け加えた。

 するとちーちゃんはこう言ったんだ。

『ああ、うん、違うの。これはね、私のためにやってたことなの。うまく言えないんだけど、倉敷さんをほっとけないって思ったのも、結局自分のためなの。だから私のために友達になって? それで一緒に部活に行こう?』

 本当に何を言っているのかわからなかった。押しつけがましいにもほどがあると思った。

『もう一つ言っていい?』

 ちーちゃんは顔を近づけてきて、小声で囁いた。

『わ、私もみんなと話すのって、実は結構気を遣うんだ。でも、似た者同士の倉敷さんだと気を遣わないかなって、思ったりして、あはは……』

 私は何と言えば良いのだろう。光栄だよとでも言うべきなんだろうか。

 でも多分それは、ちーちゃんの本音なのだろうと思った。そして、そんなことを本人にぶっちゃけてきたちーちゃんが面白くて、面白い奴だと、そう思ったんだ。

『失礼な奴だ』

『あ、あはは……やっぱり、そう、だよね。ごめん』

『でも面白いね。気に入った』

『おっ、気に入られちゃいました』

『いいよ、友達。私でよければ、なってくれるかい? 部活も考えてみるよ』

『えっ、あ、う、うん! もちろんっ!』

 こうやって、私とちーちゃんはなし崩し的に友達になっていった。

『でもいいのかい? 私といると、私と同じような目で見られるかもしれないよ?』

『大丈夫、全然大丈夫。わけあって学園アイドル目指してますから』

『……まず人見知り治しなよ』

 要訳すると、ちーちゃんと私の間にこういうことがあったわけだ。ほんの一部だけどね。私がちーちゃんに惹かれたきっかけっていうのかな、それがこういうエピソードだったわけだ。何のオチもない。ただの青春物語さ。ちーちゃんの性格が違うかもって? そりゃそうだ。ちーちゃんは私の中で美化されるからね。もしかしたら私が適当に語っただけかもしれない。嘘の出来事だったのかもしれない。そうだったとしても、私はちーちゃんが大好きなのさ。

 ちーちゃんのおかげで、私は人に溶け込めるようになった。つまり、人と話せるようになったということだ。そしたら出る出る。普段頭の中で思っていた軽口が。人間変われるもんだなって思ったよ。

 ちーちゃんとなら結婚してもいい。

 ウソウソ、冗談だよ。実は私が百合だったとか、そういうオチもなしだ。

 そういえば、冒頭からここまで長かったけれど、私はジョンの散歩中なのであった。そして、ジョンの前足をうっかり踏んでしまって逃げられていたのだ。私もジョンも驚いて、首輪の紐から手を離してしまった。おばあちゃんが亡くなって、新しい家族として迎えられたのがこのジョンだった。だから私は大事にしている。そのジョンの足を踏んでしまった。

 ジョンを追っかけ真っ最中。

 三人の中に介入しようとは思わない。最初に言ったけど、それは無粋ってもんだからね。

 ジョンは追いかけるけど、ジョンは追いかけない。

 決めたことだ。

 最初のうちから決めたことだ。

 あえてオチをつくるなら、これがオチでいいかな。

 秘密だぜ。特にちーちゃんには。

 みな、幸せあれ。

 なんてね。

「あっ」

 ちーちゃんだ。ちーちゃんがいた。うちのジョンを捕まえた。

「みちるー! 初めてみちるの飼ってる犬見た! 可愛いね!」

「そいつがジョンだよ」

「……急に可愛くなくなってきた」

 はははっ。

「今回の物語では大活躍するそうじゃないか、ちーちゃん」

「え? 何の話し?」

「予知の話しだよ」

 今後のちーちゃんに乞うご期待! ってね。

 何かを語るには私は向いてないみたいだ。ネタがなさ過ぎる。

 主役には、なれなくてもいいんだ。

 恋愛なんて、くそ喰らえだね。



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