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プロローグ的なもの

 この作品は『お嬢様のフーガ~後輩で同級生でストーカーで~』、『お嬢様のフーガ 2 ~金色のアサシン~』の続編になります。

 この二作品を読んでいること前提で書いていますので、世界観や登場人物を無視したくない方は前作、前々作よりお読みください。


 学校生活は夏休みに入り、俺はいつものように梓に付き合わされる毎日を送っていた。

 宿題と呼ばれる学生の敵は梓の指導のもと、早々に終わらせた。というのも、さっさと終わらせて一緒に遊ぼうとせがまれて否応なしにそうさせられたのだが。一応、俺も梓も高校生なので、夏休みに入る前は、昼間は学校に行っていた。当たり前のことなんだけど、梓の奴にとって、やはりそれは窮屈なことらしい。夏休みの知らせでクラスの中で一番喜んでいたのが、本来学校に通っているはずのない梓だったのである。

 今日は、以前交わしていた約束の一つを果たそうと、駅前まで足を運んでいた。

「先輩、どこに行くんですか?」

 毎度お馴染み、金持ちお嬢様の神宮寺梓。今日もこのくそ暑い炎天下の中、俺の左腕はこいつに支配されていた。だけど、いつもと感覚が違う。

 実は、ここ数日の間で梓自身にちょっとした変化があったのだ。

 それは、梓のトレードマークであった髪型がツインテールではなくなったこと。髪色だけは茶色のままだが、少しおとなしめなゆるふわパーマのショートボブになったのだ。子供っぽかった印象から一転、見ようによってはきれかわ系と言えなくもない。それでも、無邪気、いや、邪気だらけで笑った顔を見ると、やはり幼く見えてしまう。個人的な感想を言えば、直接梓に言ってはいないのだけれども、ツインテールよりもだいぶ梓の魅力を引き出しているような気がして、すっごくいい。有り体に言えば、すっごく良く似合っててすっごく可愛いのだ。本人いわく、ツインテールを解いた時に邪魔になるから切っただけだそうだが。べた褒めしてやりたい気持ちもあったが、悔しかったのでやめた。

 隣で不思議そうな顔をする梓に、少しだけ照れながら言った。

「いいところだ」

「い、いいところ!? そ、そうですね。そろそろ、いいのかもしれませんね。や、優しく……いえ、激しくでも梓は感じてみせます」

 興奮という熱中症にかかった梓を、溜息で追い払う。今日も梓は絶好調だった。

 俺と梓の関係も、ほんの少しだけ変わった。

 今までは、梓は自称俺の恋人だった。それが、今は名目上であれ、婚約者ということになっている。婚約とは、文字通り結婚を約束していることである。お互いに結婚を約束していることである。結婚を約束した覚えはない。だから、これも自称婚約者ということで片付けられるはずなんだが、梓の父親である一成さんに、俺が梓との結婚を将来の目標にしていると都合良く勘違いされてしまい、名目上は婚約していることになっているのだ。正直に、嘘偽りなく言って、俺はそれを承認するようなことは一言も言っていない。

「ただの喫茶店だ。ったく、お前のパパさんも言ってただろ、俺に自信がついたら手を出してもいいってな。残念ながら、俺は自分に自信なんて持てそうにないんだ」

 悪戯っぽく言ってみる。梓は「うーん」と首を傾げた。

「大丈夫です。梓も初めてなんで自信はありませんから。いろんな知識はありますけど、やっぱり実践経験はないですし。でもほら、誰だって初めから上手にできるわけないと思うんですよ。これから二人で経験重ねていきましょう。痛くても、愛があれば大丈夫です」

「すまん、何の話しだかさっぱりだ」

 やはり梓は最高に絶好調のようだった。

 思い出の場所で最高の思い出を作りましょうと、件の国際ホテルを指差した梓の首元を掴み、例の喫茶店にやってきた。あの時にコーヒーをごちそうになったままだったし、友達を連れてきてと言われていたので、不承不承、梓と一緒に赴いたのだ。

 この前は特に気にしなかったけれど、店の名前は『喫茶憩縁』。何て読むかはわからないけれど、雰囲気でらしい名前だなと思った。

 扉を開けると、カランカランと出迎えの鐘が鳴る。ほどよくエアコンが効いていて気持ちが良い。夏休みで、場所も場所だから若い奴らで賑わっているものと思えば、お客はカウンターに二人常連客らしき人が座っていただけであとは誰もいなかった。やっぱり、静かなレトロ調の喫茶店っていうのは、人を選ぶものなのだろうか。ファミレスも割りと近くにあるし、休憩にしろダベりに行くにしろ、そっちに足を向けるのだろう。

 最小限のスペースしかないテーブル席に梓と向かって座ると、ほんわかマスターがのそっとやってきた。

「やあ。また来てくれたんだね。友達を連れてきておくれとは言ったけれど、ガールフレンドとはね。初めまして、お嬢さん」

 マスターは梓ににこっと笑いかけながら、おしぼりとお冷を並べる。

「マスター、こいつはガールフレンドとかじゃなくて……」

「はいっ! 梓は先輩の婚約者なんですよ!」

 ああもう、こいつは。

「婚約者? はっはははっ、そいつはすごいな。こんなに可愛い娘がお嫁さんになるなんて羨ましい限りだよ」

「えっへへへー」

 さすがマスターである。冗談だと思って軽くあしらったみたいだ。けれど梓は全然マジなので上機嫌なのだった。

 コーヒーと、せっかくなのでケーキを注文して、しばしエアコンの冷風に身をかざす。汗が冷えて少し身震いするのが心地良い。梓は興味深そうに店内を見渡していた。

「よく来てたんですか?」

「昔はな。この前、国際ホテルに行く前に寄ったんだよ。それでだいぶ気が楽になった」

「ああ、先輩が梓に嘘をついた時ですね」

 うぐっ、こいつはそういうことばっかりよく覚えているな。まあ、泣きながら千佳と倉敷さんの教室に突入して行ったっていうくらいだから、相当堪えていたんだろうけど。

 千佳――笹野千佳は、俺の幼馴染で、何でもできて可愛い才色兼備なすっごい奴。倉敷みちるさんは、長い黒髪が特徴のいたずらっ子。だけど友達想い。二人とも、梓の数少ない学校での友達だ。

 あと一人、梓の友達と呼べなくもないのが変態こと高橋裕也。男子からの評価は最高、女子からの評価は最低の、上辺と底辺の要素を併せ持った変態だ。美人に目がない。千佳と同じ俺の幼馴染であって、三人とも俺が梓に紹介した友達である。

 先日、ちょっとした事件があって、三人に世話になった。俺のせいで巻き込んでしまったのだけれど。俺のせいっていうのが、梓に嘘をついてしまったことだ。そのせいで梓が千佳と倉敷さんに頼ってしまった。終わってみれば、それがよかったと言えなくもないのだけれど。

 事を起こした超絶美人のアメリカ人、シンシアさんは、神宮寺邸での会食のあとすぐに帰国した。仕事がたんまりと溜まっていたそうだ。泣き叫ぶクラスメイトが後を絶たなかった。何故かたまに電話がかかってくる。梓が決まって出てしまうんだけどな。その度に、楽しそうに言い争いをしているように見える。この前、電話番号を変えるように梓からの提案があったが、面倒だったので拒否した。

「もう終わったことだなー」

「あっ、自己完結。あのあと学校に行ったとき、多少なりとも梓だって恥ずかしかったのです」

「そいつぁー、悪かったー」

「全然悪びれてない!?」

 夏休みに入ってからというもの、毎日こいつが付きっきりだ。俺に自由なんてあったもんじゃない。

 一つ、俺のわがままを聞いてもらったのが、温泉に連れて行ってもらったこと。神宮寺グループが経営している温泉旅館で、そりゃあものすごい待遇だった。それもそのはず、梓パパの一成さん同伴だったからである。連れて行ってもらっておいてなんだが、全然気が休まらず、全然楽しくなかった。それが一つ、夏休みの思い出だった。

 あとはこうやって、特に一日何もすることがなくだらだらと二人で話していたり、たまにアーケードに出掛けたり、たまに海外に拉致られたりといった、ごくごく普通ではない夏休みだった。

 千佳と倉敷さんは、所属している吹奏楽部のコンクールがつい先日あったらしく、それまで二人とも部活尽くしだったので会っていない。裕也は特に誘ってもいない。日々青春を謳歌してやろうと街へ出かけているようだ。

 今日だって、一応三人に声をかけておいた。それぞれ都合が悪くて来れなかったみたいだけど。ちょっと寂しい。せっかくの夏休みなんだから、もっといろんなことしたいよな。学校にいないだけで、俺はいつもとあんまり変わり映えのない毎日なんだから。

「みんな、何してるんだろうな」

「そうですねー。またボウリングとか行きたいですけど」

「おっ、いいね。また千佳相手にズタボロにやられてしまえ」

「残念ながら、自宅にレーンを一つ設置しましたから」

「……一種のドーピングだぞそれ」

 でもほんと、また集まって一緒に遊びたいよな。

 みんな、どういう夏休みを過ごしているのだろう。


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