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そのよん、



 心臓が、痛くなるほどどきどきどきどきしているのが分かります。

 

 ……どうしよう、どうしよう、どうしよう、

 

「キーリー、出てこーい」

 

 その、少し高めで、甘く耳の奥を引っ掻く声を聞いただけで、脳内に鮮やかに全体像が浮かびあってくる。わたしのすべて、ずっと、ずっとずっとずーっと好きな、ひと。

 反射的に身体がその声に反応して動き出しそうになって。階段の下から這い出していきそうになる。

 ……って、ダメダメダメっ!つい先程告白して振られた、いや、振られたかどうかもよく分かりませんけど、そんな相手にいつものように向き合えるほど、わたし、強くありません。ぜったい泣く、賭けてもいい、やだ、ぶさいくな泣き顔とか、見せたくない……

 

 わたしの名前を呼ぶ彼の声は、どこまでも普段通りで、どうしようもなく泣きたくなりました。

 結局、わたしがひとりアワアワしているだけで、わたしの背水の陣な決死の愛の告白は、少しも彼のもとへ届くことはなかったのです。わたしの、独りよがりだったのです。

 鼻の奥がツンとして、けれどももう泣きたくはなかったので、ぎゅっとくちびるを噛んで耐えました。

 彼はもうすぐそこにいるのが気配で分かりましたが、沈黙を守りました。

 

 「どうしても、出てこないっていうの?」

 

 へぇ、僕に逆らうんだ、ふぅん、とでも言いそうな彼の口調に、身についた習慣で違う意味で泣きたくなりました。思わずぶるりと震えてしまいます。

 

 「……ごめんね」

 

 彼の小さな声に、一瞬時が止まったような感じがした。

 

 「……ごめん」


 ……これは、振られた、ということなんでしょうか。


 涙が、こらえきれず、外に流れ出しました。

 ……想像以上の威力なのですね。


 「……っ、あっあの、…もう、」

 

 耳の近くで大きな鐘を鳴らされたように頭の中がぐわんぐわんして、身体中がじわっと暑くなり、とにかく彼の眼の中にわたしの存在を消してしまいたいわたしはぎゅっと身体を縮こませながら、やっとの思いで彼に応えました。

 

 「だっ、だからっ、気ぃ使わずに、帰って、くださいっ……」

 

 というか、会いたくない、会えない、告白したとき以上の羞恥と、深い悲しみと、いろいろな感情がごちゃごちゃ混ざり合って、もう、どうしようもなくなっていました。醜い音が喉の奥からあふれてくるのを聞かれたくなくて、息を止めようとすればするほど、鼻水は出るわ、涙は出るわ。うう、汚い。とにかく、彼がわたしの近くから早く去って欲しくてたまりませんでした。

 

 彼は何も言いません。困っているのでしょうか、告白した相手がぼろぼろに泣いて、きっとすっごくウザいと思っているに違いありません、それとも、さすがに彼の小指の爪ほどの良心でも、少しだけ痛んでいるのでしょうか。



 わたしの嗚咽をこらえようとする息遣いだけが辺りに響きました。

 聞こえなかっただけで、彼は、もう帰ったのかしら。あっという間に外は薄暗くなったようです。止まる気配のない涙をシャツの袖口でぐいっと拭いて、もう帰ろうと眼鏡を掛けようとしたところで、

 

 「もう良い?帰るよ」

 

 ひょいっと階段下をのぞきこんだ彼の顔、久しぶりに眼鏡越しではなく、彼と目があって、一瞬ぽーっとしてしまいました。

 

 彼も、わたしを見て、何も言いません。

 いつ見ても、やっぱり、綺麗な顔。

 ……好き、だなぁ。

 彼のことを好きじゃなくなる日なんて来るのだろうか、そんなことを思いました。


 「…………あ」


 ………………あ?


 彼の目線が下の方に向いているのが分かって、自然とわたしの目線も下を辿りました。


 と、床についたわたしの右手の甲に、何かが、触れました。

 薄暗くても堂々とその存在を見せつける、黒光りする、動く物体。


 「…ごっ!!」


 ……わたしが女の子にあるまじき可愛さとは無縁の悲鳴を盛大に、第三校舎、果ては学校全体に響かせたのは、不可抗力ってやつだとさらに声を大にして叫びたいと思います。

 


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