そのさん、
ずびっと鼻をすすって、もう一度ぎゅっとスカートに目頭を押し付けました。これまでの苦労を思えば、こんなの、ぜんぜん、ぜんぜんきつくなんかありません。だって、妄想の中では100回を軽く超えるくらい、彼に振られているんですもの。
窓の外が朱く染まりきっているのが視界の隅、板張りの廊下を見て分かりました。暗いのが怖いというようなカヨワイ女子でもありませんが、そろそろ行動を開始するであろうイニシャルGは大嫌いです。夜の学校はヤツらの支配下に置かれるのです、早く立ち去らねば、力の抜けそうになる膝を無視して勢いよく立ち上がりました。…がんっと後頭部を強く打ち付け、また逆戻り。そうでした、わたし、階段下の隙間にいるんでした、うふふ、そりゃあ痛いはずですわ、自分のまぬけさも相乗して、じわりとまた涙がにじみます。
……もぉやだ、やだやだやだ。むかつく、わたしのばかあほまぬけ。そもそも告白なんて、わたしには土台無理な話だったんです。わたしなんて、今まで彼の金魚のフンだったんです、フンが告白なんて笑っちゃいますよね、フンなんて所詮肥溜めがお似合いです、甘酸っぱい青春とかフンにはちょーおこがましい話なんですよあーイタい恥ずかしい恥ずかしい、告白は、大川さんみたいな、おしゃれでかわいいステキ女子にしか許されない特権なんです……
……違う、分かってます。かわいいとか、美人だとか、そんなの関係なくて、「女の子」と呼ばれるに値する人間かどうか。わたしはフンであることに甘んじて、今まで彼に近づくために必死になるとか、彼にふさわしいひとになるために自分を磨いてみるとか、そんなことを怠ってきたのです。わたしを体育館裏に連れ出した女の子たち、あの子たちはきっと、わたしなんかよりずっと「女の子」です……褒められることじゃあないかもしれませんが、あの子たちがわたしを恨むのも当然。『あんたなんて彼にふさわしくない』『幼馴染みだからってねぇ』以下略、なんて性格が悪いんでしょう、と心の中で舌を出していたけれど、わたしのほうが救いようのないおばかさんです。恥ずかしい。恥ずかしい、もうしにたい。
彼の頭に軽めの隕石でもぶつかってしまえばいいのに。そしてさっきの告白をなかったことに……
容量の少ない頭でそんなことをぐるぐる考えながら、彼を階段の上から突き落としてみる、寝ている彼の耳元でこくはくなんてされてないこくはくなんてされてないと暗示をしてみる、建設的でない思考にまで身が落としかけたところで、遠くのほうでガラガラと扉を閉める音を聞きました。
し、しまったぁぁぁぁぁ!
窓の外は先程よりもオレンジ色が陰り始めています。施錠、閉じ込められた!どうしよう、と一瞬のうちに血が引いていきましたが、ギィギィギィギィという音とともに、誰かが走ってくる音が聞こえてきました。第三校舎の廊下は板張りで古く、走るとそういう音がするのです、そのギィギィの音がふいに止まりました。
知らず知らずのうちに息を止めていました。今出て行って、その誰かと遭遇してしまえば、「え?何でいるの?」「どこから来たの?」といういたたまれない空気にさらされるかもしれませんし(第三校舎は使用頻度がかなり低く、放課後の遅い時間には誰も来ないような場所なのです)、かといってこのままというわけにもいきません。
どうしようか、オーバーヒート気味の頭で考え始めたとき、
「どこにいるの?キリ」
少し大きな声で発されたその言葉に、ひときわ高くわたしの心臓が鳴り響いたのが分かりました。