髪
風呂場に、誰のか分からない髪の毛があった。
私の髪の毛ではない。
手袋と何枚ものテッシュで
ゴミ袋へ入れるつもりで手を伸ばした。
驚いた。
長い。長すぎる。
数十本かと思ったら、
私の身長よりも長い髪が一本だけ。
美しい。
なめらかな手触り。
艶もハリもある。
誰の髪なのか。
何でここにあったのか。
排水口から上がって来たにしては、ツヤがあり美しい。
誰かが家に入って来たのか。
しかし、こんな髪の人が近所にいたら、すぐに気付く。
残された可能性は一つしかなかった。
子供の頃、私は
幽霊が見えていた。
成長するにつれて
自然と見えなくなった。
しかし時々、気配は感じていた。
いつしか私は、
その髪の美しさに魅入られていた。
触れていると、
目の前で、
髪は次第に色が薄くなり、消えた。
朝、眠りから覚めると、
ベッドの上から床まで、一本の美しい髪の毛が伸びていた。
仄かに、梅の花のような香りがした。
私は、髪を指で、そっと摘み引き寄せた。
私の紅い頬に触れた。
私は、髪の主に憧れ、
惹かれていた。
ある日、街中で
着物を着た後ろ姿の女性を見た。
あの美しい髪が穏やかな光に輝き、揺れていた。
私は彼女を追いかけた。
指に髪の先が触れ、
彼女は気付き、
振り返った。
今まで見たことがない程
美しい人だった。
でもどこか、私の母に似ていた。
祖母にも。
そして、
ほんの少しだけ私にも似ていた。
彼女も、それに気付いたようだった。
私の何百年も前のご先祖様は、
優しい笑顔を見せて、
夢のように消えていった。
涙がこぼれた。
憧れに少しでも近づこうと
私は、
髪を伸ばそうと思った。




