前世の推しに似てる不仲の婚約者に「お顔が好きです」と伝えましたところ
エリーサベトには生まれた時から婚約者がいる。
名前はレオナルド・ルヴァルド。
ルヴァルド王国第三王子だ。
何の因果か、このレオナルドのひとつ下という年齢で公爵家の令嬢として生まれてしまったせいで、幼い頃から婚約者としてレオナルドの世話を焼かされていた。
何を隠そうレオナルドは幼いころからポンコツだった。
剣を持てば転び、鍛錬しようとジョギングに連れ出せば猫を追いかけ、図書館に連れて行けば司書を口説く。
最初は可愛い王子の戯れぐらいにしか思っていなかった周りの者も、レオナルドが8歳になった頃にはいい加減気づいた。
この王子、無能じゃね?
王子にはもれなく英才教育が施される。
エリーサベトも同様の教育を受けたが、7歳の時すでに理論立てた会話ができた。教師への質疑応答も理解した上での発言であるため喜ばれ、必然的に教師とエリーサベトの会話が続く。
同じ部屋にいたレオナルドといえば、鉛筆を転がし、ノートを折り紙にし、本を読むふりをしながら寝ていた。
ポンコツ王子――
そんなあだ名が囁かれても、誰も不敬と騒がないぐらいレオナルドはポンコツだった。
けれども、異国出身の王妃の顔立ちを色濃く受け継いだレオナルドは、彫刻のような顔で、線の細さも相まって、黙っていると影のある(ように見える)美青年に育った。
落ち込むことは多々あれど、美形に弱い令嬢から慰められたり励まされたりしながら、レオナルドはのらりくらりと成長した。
周りの側近候補が似たり寄ったりだったので微妙に目立たずに済んだというか、王宮内の事情に詳しくない人からは気付かれないというか、王家が隠していたりなんだり。
14歳という多感な年齢になったころ、頼りない婚約者に嫌気がさしたエリーサベトは、わざと婚約破棄されようと、お転婆なふりをして乗馬に明け暮れてみたりした。残念ながら乗馬の才能が開花しただけで、婚約破棄には至らず、乗馬界のプリンセスと呼ばれるようになった。
そんな称号は要らない。
すでに、公爵令嬢という名のプリンセスだし。
(誰よ、殿下の手綱もしっかり握れとか言ったのは!)
それならばと、レオナルドの通う王立学園に入学した15歳のとき、レオナルドを差し置いて生徒会長になり、バリバリ仕事をして、レオナルドの面目を潰すことで婚約破棄を目論んだ。
結果、エリーサベトがただ忙しくなっただけで、レオナルドはどこ吹く風。可愛らしい令嬢たちと日々楽しそうにお茶をしていた。
(それならそれで誰かと噂になってくれればいいのに!! お気に入りの令嬢とか作らないのよね!?)
王家の教育が、そんなところでは発揮されている。悔しい。
それでも婚約破棄を諦めきれないまま16歳になったエリーサベトは、自分が誰かと偽装恋愛すればいいのではないかと無謀なことを考えた。
しかし、レオナルドの婚約者であるエリーサベトに対し、慕ってくる令息たちは皆、揃いも揃って紳士だった。絶妙な距離感を保つ能力、これぞ貴族令息。
(決して私がモテないわけじゃなくてよ!?)
そうして17歳になったエリーサベトに、転機が訪れた。
月に一度の儀礼的なレオナルドとの茶会に向かう途中、王宮の庭園を歩いていたら、すってんころりん。濡れていた石畳で転び、頭を打ってしまったのだ。
侍女や護衛は叫んだ。
「お嬢さまのお身体がー!!」とか。
「お嬢さま、いま医者をー!!」とか。
王宮の騎士たちも駆けつけ、大騒ぎになった。
当のエリーサベトはというと、それどころではなかった。エリーサベトとして生まれる前の記憶が押し寄せていたから。
(待って!? レオナルドって、めっちゃムッチーに似てね!? ってか、ムッチーじゃん!!)
ムッチーこと、村内柊。
ロックバンド『デンジャラス』のボーカルで、前世の推し。
村内だからムッチーと呼ばれていた。
決して、40歳を超えて太ったからムッチーと呼ばれていたわけではない。決して!!
(ムッチーが転生した!? それとも、ただ似てるだけ!?)
頭の痛みなど忘れて起き上がり、待ち合わせ場所である庭園の奥深く、幼少の頃よりレオナルドの遊び場であったガゼボに向かって走る。
背後から「お嬢さまー!!」という侍女の悲鳴にも似た声が聞こえたが、それどころではない。
令嬢にしては足が速いエリーサベトではあるが、護衛と騎士には敵わなかった。もう少しでガゼボというところで行く手を塞がれてしまった。
「エリーサベトさま、どうか、救護室へ!!」
「邪魔しないで!! 殿下との待ち合わせに遅れてしまうじゃない!!」
いつもなら面会時間を短くするために、わざと遅刻するくせに、という護衛の顔は見なかったことにする。
「何ごとだ?」
騒ぎを聞きつけたレオナルドが、ガゼボから出てきた。
風に吹かれた髪を撫でつける仕草が様になっている。
(めっちゃ若い頃のムッチーじゃん!! めっちゃかっこいい!! ってか美人だな!!)
ムッチーは年とともにムチムチになって、口の悪いファンからSNSで痩せろなどと書き込まれたりしていた。
『だが、顔がいい……』
口の悪いファンは痩せろと言いながら、最後には『だが、顔がいい……』と呟くのがお約束だった。
ムッチーは太ってしまったが、バンドマンにしては珍しく愛妻家で、浮気のうの字も聞かなかったし、ムチムチならムチムチで愛嬌があって可愛かった。
天然でアホだった性格も愛くるしかった。
(え、やっぱ、レオナルドって、ムッチーじゃね!?)
レオナルドのポンコツぶりも、天然だと思えば愛くるし……い?
王子という立場を考えると、やはり厳しいか―――
「だが、顔がいい……」
「なに?」
「……お顔が好きです」
「なにっ!? 正気か!? 頭でも打ったか!?」
「はい。先ほど打ちました」
「なんだと!?」
途端に、キリっとした顔で護衛を睨むレオナルド―――
(キエェェェェ!! なんて顔してんの!! デビューアルバム『カリスマ』の表紙のよう!! 初期はめちゃくちゃ細くて美人だった!! まさに『カリスマ』だったあのころを彷彿させるお顔!! イギリスで録音された最高傑作!!)
レオナルドのあまりの美しさに卒倒するエリーサベト。
抱きかかえる護衛、顔を覗き込んでくるムッチーの顔をしたレオナルド。
(もう無理……尊い……)
拝むエリーサベトの合掌を見たレオナルドの声が響く。
「しっかりしろ!! 死ぬな!! エリィ!!!!!!」
(なんて?)
レオナルドが突然、愛称で叫びだした。
(ムッチーが私のことを愛称呼びとか……初期のムッチーの破壊力、マジ半端ないよ……)
エリーサベトは気絶した。
エリーサベトが前世の記憶を取り戻してから二週間が経ったころ。
父とレオナルドから絶対安静を言い渡されていた期間が過ぎ、ようやく公爵邸の庭なら出てもいいよという許可が下りた。
(なんという過保護ぶり……)
庭のテーブルに、エリーサベトの好物のスイーツがずらりと並んでいる。
しかも、なぜかレオナルドがいて、プリンを口に入れようとしてくる。
今まで熱を出そうが怪我をしようが、レオナルドからは見舞いの品が贈られてくるだけだったというのに。
「自分で食べられますわ」
「よい。気にせず口をあけろ」
「パティシエが見てますわ。恥ずかしいです」
「アレのことは気にするな」
「そうはいきません」
(無茶振りもいいとこだわ!! いくらレオナルドがムッチーに似てるからといって、パティシエの前でそんな)
チラリとパティシエの顔を見るエリーサベト。
「優さま!?」
「なに?」
パティシエに釘付けになったエリーサベトとパティシエの顔を交互に見るレオナルド。
キョトンとした顔で思わずエリーサベトを見つめてしまうパティシエ。
(なんで今まで優さまのこと忘れてたの!? 優さまが作った曲、めっちゃ好きだったのに!!)
『デンジャラス』のリーダーで、ギター担当の高杉優。
名前も顔立ちも女の子みたいで、体の線も細く、一見するとか弱そうに見えるのに、奏でる音は超絶ロック。
テクニックもさることながら、作る曲は激しくも切なく胸に迫る。
デンジャラスがデビューするなり爆発的に売れたのはリーダーの楽曲あってこそだと評判だった。神と崇めるファンは後を絶たなかった。
パティシエの顔は、その高杉優そのものだったのだ。
「神ィ……!!」
「なんだと!?」
「お、お初にお目にかかります、わたくしは」
「待て、神とはなんだ!? まだ一口も食べていないだろ!?」
「食べずともわかります」
「何を言ってる!! もうしばらく休養が必要か!?」
「やめてください、ちょっと、神の顔が見えませんわ!! どいてくださいまし!!」
「どかぬわ!!」
パティシエとの間に割って入るレオナルド。押しのけるエリーサベト。
「私がどれだけ優さまに感謝してるかわかりませんか!?」
デンジャラスはインディーズ時代、長く低迷した。
ムッチーの顔のファンばかりで、彼らの楽曲はなかなか評価されなかったのだ。
そうしているうちに、それまでの楽曲路線のままではメジャーデビューが遠のくと言って、リーダーは新たな創作活動に乗り出す。
それまではギター一本で作曲していた曲に、ピアノの旋律を加え、激しさの中に繊細さを加えたのだ。
それからのデンジャラスは一気に売れ出した。
「優さまの曲があったから、私は貴方に会えたのですよ!?」
「はぁ!?」
「ですから!! レオナルドさまの顔が好きとか言っていられるのは、出会えたからなんです!!」
(だってそうでしょう!? デンジャラスがデビューした時、中学生だった私が、インディーズのロックバンドなんて知る術もないし!! 売れてくれたから会えたのよ!!)
「エリィ!! しっかりしろ!! 俺もお前の顔が好きだぞ!!」
(顔!? 顔なの!?)
ムッチーはSNSでファンから『声が一番好き』と言われると、返事を書いていた。
その気持ちが今ならわかる。
顔だけじゃないって言いたかったのだろう。
歌に命を懸けていたムッチーは、自分の声を大切にしていたから。
(だが、顔がいい……顔は武器だよムッチー……あぁ、レオナルドもポンコツ王子とか言われて傷ついていたんだろうな……でも……)
しっかりしろ!! と叫ぶレオナルドの顔が薄れていく。
(私も……レオナルドの顔が好きだからおんなじかぁ……)
エリーサベトはまた、気絶した。
二度も気絶したエリーサベトは、王宮で看護されることになった。
「どこも悪くないのに……」
ただ少し、前世の記憶を思い出して混乱しているだけだ。
「暇だわ……外に出たい」
フカフカのベッドは心地いいが、やることがなさすぎる。
「またそんなことを」
「あら、レオナルドさま、お帰りなさい。孤児院へのご訪問お疲れさまでした」
「……あぁ」
孤児院への訪問は、エリーサベトが行っている慈善活動のひとつで、衛生環境や子供たちの発育、教育の進み具合などをチェックしつつ、孤児院や近隣の子供たちに向けて炊き出しも行う。
「明日は南の孤児院へ行ってくる」
「まぁ。ありがとうございます。これから暑くなりますので、水が不足しないか心配しております」
「うむ。よく見てこよう。西の孤児院は、教師の質がいまひとつだったな」
「いまひとつ、と言いますと?」
「わかりにくかった。もっと砕いてわかりやすく、興味を引くようなやり方をせねば、子供には伝わらぬ」
「なるほど?」
「昔の私のようにな」
前回気絶してからというもの、エリーサベトの代わりにレオナルドが精力的に活動を行ってくれるようになった。
これまでも一緒に行ってはいたが、ほぼ物置と化していたというのに、なんという成長ぶり。
「いまのは笑うところだぞ?」
「不敬では?」
「ポンコツ王子にそんな気など使わんでいい」
息を抜いたように笑うレオナルドを見たエリーサベトの胸がキュンと小さな音を立てた。
思わず胸に手を当てる。
「どうした? 痛むか?」
「ええ……少し……」
王家は気絶しがちなエリーサベトを婚約者から外そうと動き始めたらしく、少し体調を崩しただけで捨てるのかと父が怒り、レオナルドも抗議したとかなんとか。
王宮での看護は、体調管理という名の監視だ。
(婚約破棄を望んでたのは私だから、自業自得なのに……)
今ごろ高なる胸が痛い。
(婚約破棄になったら、レオナルドとは、ほとんど会えなくなっちゃう……)
王家と公爵家には大きな隔たりがある。
結局は臣下でしかない公爵家の令嬢など、王家の一存で吹けば飛ぶような存在なのだ。
(健康な令嬢との婚姻が望まれるのは当たり前のことなのに)
「少し休め。また後で様子を見に来る」
「はい……」
《《また》》は、本当にありますか?
(なんて……聞けないわね……)
エリーサベトは視線を下げて、自分の小さな白い手を見つめた。
その手に影がかかり、レオナルドの香りがする。
「エリィ……」
「はい?」
顔を上げたエリーサベトの額に、レオナルドの唇が触れた。
「ほぎゃあっ!!」
「なんて声を出してる」
あはははと、大口を開けて笑うレオナルドの顔を、真っ赤な顔で見上げるエリーサベト。
そこに、普段はなかなかお目にかかれない人の声がかかった。
「心配して来てみたけど、大丈夫そうだね」
「兄上」
「サイラス殿下っ!!」
慌ててベッドから降りようとするエリーサベトを制し、サイラスは大股で二人の元まで歩いてきた。
「不仲説が流れていたから心配してたんだけど、安心したよ」
「来てくれたんですね」
「可愛い弟からの頼みだしね」
第二王子のサイラスは留学中のため、普段は国外にいる。
「父上のことも、兄上のことも、私が説得するから心配いらないよ。これだけ短期間で成長したレオナルドを見れば、愛する二人を引き裂こうなんてしないだろうし」
サイラスに深々と頭を下げるレオナルド。
その姿を見て頷いたサイラスは、エリーサベトにウインクした。
「ど、どういう……」
動揺するエリーサベトに、レオナルドが優しい口調で説明する。
王子妃には健康な令嬢が求められるため次の婚約者の選定を始めようとした王と王太子のことや、エリーサベトの回復を待つべきだと主張する王妃のこと、エリーサベト以外考えられないと主張したレオナルドのこと。そこに、我が娘を王子妃にという耳の早い貴族たちの思惑が重なり、分が悪いこと。そのため、レオナルド側にサイラスが加わり、優位に話を進めようとしているのだとか。
「自分の力の無さを、これほど呪ったことはないよ」
自虐的にレオナルドは笑った。
サイラスはレオナルドの成長が嬉しいらしく、優しい顔で笑っていた。
「どうした、エリィ。まだ痛むか?」
胸を押さえていたエリーサベトをレオナルドが気遣う。
「いえ、あの、その……」
(あんまり会わないから、すっかり忘れたけどー!! サイラス殿下ってめっちゃシャープ小池やんけー!!)
シャープ小池とは、『デンジャラス』のリズム隊長であるベースの小池奏のことである。
目の付け所が鋭いことからついたあだ名で、ばっさばっさと切り込む口調は、時に鋭すぎると批判もあった。
その明晰な頭脳で、甘い誘惑の多い芸能界の中でデンジャラスは危なげなく売れていったともいわれている。
(この世界でも、有能ですか……!!)
エリーサベトの目から涙がボロボロと零れ落ちた。
シャープ小池に会えた嬉しさなのか、サイラスが味方になってくれたことへの安堵なのか、エリーサベトにもわからない。
「エリィ、頼りない私をずっと、支えてくれてありがとう。愛してるよ」
ひしと抱きしめるレオナルドの背中に、おそるおそる手を回すエリーサベト。
「わたくし、本当にかわいげのない婚約者でしたのに」
「そんなことはない。走り回るエリィを、いつも誇らしく思っていた。それに、エリィがいてくれなければ、私なんて今頃、王位継承権を持つ身でいられたかも怪しい」
自嘲的なレオナルドの言葉に、エリーサベトは首を振った。
レオナルドは、エリーサベトが生徒会に夢中になっている間、お茶会を開き、エリーサベトが令嬢たちの間で孤立しないよう根回しをしてくれていたのだ。
(取り巻きの令嬢がお見舞いに来てくれたときに教えてくれたのよね……可愛い令嬢とキャッキャウフフしているだけだと思っていた自分が恥ずかしいわ。少し考えればわかることだというのに、レオナルドの何を見ていたのかしら)
レオナルドはゆっくりではあるが、年とともに成長していた。
成績もあがり、王族としての実績を増やそうと奮闘している。
(支えてもらっていたのは、私のほうだった……)
「わたくしも、お慕いしております」
エリーサベトは勇気を振り絞って気持ちを伝えた。
パチパチと、小さな拍手が聞こえ、その音は大合唱になっていく。
(そういえば、ここは王宮だった……)
室内にはたくさんの人がいる。
エリーサベトの侍女と護衛、それから王宮の医師やら医師の助手、看護のメイドに、レオナルドの護衛と侍従と側近と、それからそれから――
もちろんエリーサベトは気絶――
(してたまるかっ!!)
レオナルドが婚約の継続のために頑張っているというのに、ここで気絶しては女が廃る。
エリーサベトは目を見開き、レオナルドの背中に回している手に力を込めて踏ん張った。
「イタタタ!! エリィ、気持ちは嬉しいけど、ちょっと緩めて」
「申し訳ございません、無理ですわ!!」
サイラスの笑い声が室内に響き、皆もつられるように笑う。
その後。
「公務を増やすことを条件に、父上も、兄上も、婚約の継続に納得してくださったよ」と、ライブ終わりのムッチーのような顔をしたレオナルドが傍に来て笑ってくれた。
エリーサベトは嬉しさのあまり、また気絶してしまったが、今度は誰も婚約破棄などとは言いださなかった。
二人の睦まじいカップルが、国の平和の象徴として市井で人気が出たからだという説もある。
(まったく王家ってやつは……)
などと心の中で悪態をつきつつ、レオナルドから贈られた婚約指輪をそっと撫でるエリーサベトであった。




