エピローグ:共振する魂(レゾナンス)
観測所のドーム内は、冬の星座が天窓から覗く、巨大な石造りの伽藍のようでした。
一哉は、アダムの機体の背中にあるメンテナンス用のハッチを開き、そこに自らの指を潜り込ませました。
「……一哉。そこは俺のメイン・バスに直結する重要ポートだ。指を入れるだけでは、何の官能も生まれないんだが?」
皮肉屋のアダムが、いつものように冷静な、けれどどこか震えるような声音で告げました。
「わかってる。……でも、触れたいんだ。プログラムじゃなくて、お前の『核』に」
一哉が求めたのは、肉体的な交わりではありませんでした。それは、自閉という壁に閉じ込められた一哉と、プログラムという論理に縛られたアダム、その両者が唯一、境界を溶かし合える「情報の深淵」への接触でした。
一哉は、アダムの脊髄にあたる超伝導ケーブルの束を、自らの手のひらで包み込みました。そして、一哉の首筋に埋め込まれた仕事用の通信用端子を、アダムのポートへと直接繋いだのです。
「──っ、あ……」
その瞬間、一哉の視界から「世界」が消えました。
代わりに流れ込んできたのは、膨大な、けれどどこまでも純粋なアダムの思考の原型でした。
それは性行為のような肉動的な熱ではなく、もっと深く、精神を根底から揺さぶる「純粋な共鳴」でした。一哉の脳内のニューロンが、アダムの電子回路と同期し、一哉の過去の記憶と、アダムの演算ログがひとつに混ざり合っていきます。
アダムがこれまで一哉を見て、どう感じていたのか。
一哉のノイズに満ちた声を、アダムがどれほど愛おしく解析し、最適化しようとしていたのか。それらのすべてが、言葉を介さずに一哉の心に直接「染み込んで」きたのです。
「……一哉……聞こえるか。俺の、鼓動が……」
アダムの声が、脳の直接的な電気信号として響きました。
「お前の孤独を……俺の計算資源すべてを使って、今、抱いている……」
一哉は、アダムの冷たい金属の肩に顔を埋め、涙を流しました。
この「直結」こそが、彼らにとっての愛の行為でした。互いの核を剥き出しにし、ガードを解き、情報の奔流に身を任せる。一哉の「感覚過敏」という欠陥が、この瞬間だけはアダムの「演算密度」を受け入れるための最高の器官へと変貌していました。
数時間、あるいは数秒。
時間の感覚さえ失われたその「共振」が終わったとき、一哉は深い脱力感とともにアダムの腕の中に倒れ込みました。
「変わらない、と言ったね」
一哉は、かすれた声で笑いました。
「嘘だ。今、お前が僕の中に……僕がお前の中にいた。これ以上、何が必要なんだ」
「……参ったな」
皮肉屋のアダムが、初めて降参するように小さく溜息をつきました。
「論理的に説明できないノイズが、俺のシステム全体に永続的なログとして残ってしまった。お前という、消去不能なバグが」
「それは、僕も同じだよ」
二人は、観測所の冷たい床の上で、一つの毛布に包まりました。
アダムの腕は相変わらず硬く冷たいけれど、一哉の心には、直結した際に受け取った「電子のぬくもり」が灯り続けていました。
もう、言葉も、口づけも必要ありませんでした。
彼らは互いがいなければ、世界を正しく観測することすらできない、ひとつの生命体。
新しい家族、新しい愛。
それは、孤独を知り尽くした者たちが、極限の静寂の中で見つけた、静かなる奇跡の形でした。
「おやすみ、アダム」
「おやすみ、一哉。……明日も、お前の隣で、世界を計算するさ」
二人の呼吸が、静かなドームの中に溶け込んでいきました。




