雨の中で、名前を知らない出会い
※この物語は、日常と非日常の境界が曖昧な世界の話です。
最初は、ただの学園ラブコメに見えるかもしれません。
でももし、どこか「違和感」を感じたなら――
それは、きっと気のせいではありません。
朝、目を覚ますと、いつもと変わらない自分の部屋がそこにあった。
カーテン越しに聞こえるのは、今日も止まない雨音。
今日が高校の入学式だという事実を除けば、特別なことは何もない――はずだった。
軽くストレッチをして、身体と頭を起こす。
こういう小さな習慣がないと、心まで鈍ってしまいそうで。
階段を降りると、料理の匂いが鼻をくすぐった。
「フリお兄ちゃん、早く降りてきて。朝ごはんできてるよ」
そう声をかけてきたのは、長い黒灰色の髪に、紫色の瞳をした少女だった。
夢。
「はいはい、今行く」
席に着くと、ユメは当然のように僕の隣に座る。
「ねえフリお兄ちゃん。高校のデビュー、緊張してる?」
「……少しは。でも、僕が立ち止まったら、ユメが心配するだろ」
そう答えると、彼女はじっと僕の目を見つめた。
「本当に? 目、ちゃんと緊張してるよ」
図星だった。
拳を軽く握りしめる。
次の瞬間、ユメは何も言わずに僕を抱きしめた。
「無理しなくていいんだよ。私は、ずっと一緒だから」
言葉が出なかった。
代わりに、彼女の頭をそっと撫でる。
――それでいい気がした。
家を出て、分かれ道に差しかかる。
「ここでお別れだね、フリお兄ちゃん」
「ああ。気をつけて」
ユメは手を振り、雨の向こうへと消えていった。
……気づけば、そこには誰もいなかった。
無事に学校へ到着し、教室に入る。
そのときだった。
黒髪、赤い瞳。
整った顔立ちで、どこか近寄りがたい雰囲気の少女。
男子たちが「姫」だと囁く理由も分かる。
彼女と目が合った。
一瞬だけ、微笑んだ気がした。
慌てて視線を逸らす。
(落ち着け……偶然だ。ただ目が合っただけだ)
もう一度見ると、彼女は前を向いていた。
次に入ってきたのは、茶色の寝癖頭に灰色の目をした男子だった。
――いや、正確には。
彼は、黒板でも机でもなく、
こちら側を見ていた。
まるで、読者や語り手そのものを。
右目は単純な三角形。
左目は、重なり合った複数の三角。
彼は僕の前の席に座り、欠伸を一つ。
その直後、柔らかな雰囲気の女性が教室に入ってくる。
視線が一瞬、僕のところで止まった。
そして前の席の隣に座り、振り返って微笑む。
「こんにちは。セラよ。……あなた、ずっと隠れなくていいのよ」
そう言って、さっきの少女――彼女をちらりと見る。
(……なにを、知ってる?)
動揺する僕の前で、さっきの男子が口を開いた。
「今は言わなくていいよ。明日でも、いつかでも……あるいは、永遠に言わなくても」
「ちなみに、僕はヨヨ。よろしく」
「……ありがとう。こちらこそ」
そこへ、若く整った男性教師が入ってきた。
「矢導だ。ヤドと呼んでくれ。担任と、社会科を担当する」
教室がざわつく中、過剰に反応しない数人がいた。
――僕、セラ、ヨヨ、そしてあの少女。
出席を取り始める。
「……ユナ」
「はい」
その名前を聞いた瞬間、胸が微かにざわついた。
――懐かしい。
理由は分からないのに。
こうして、
僕の高校生活は始まった。
何も知らないまま。
それでも、もう戻れない場所へ。
第一話、ここまで読んでくださってありがとうございます。
これは「始まり」の話です。
まだ説明されないこと、意味の分からない言葉、
そして――いないはずの誰か。
すべては、少しずつ明らかになります。
次回も、よろしくお願いします。




