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小話その4 とある一河川伯からの書簡


 一通の書簡が差し出された。

 題して「国境防衛における航空戦力の有用性について」。


 戴冠式が近づくにつれ、巧言令色(こうげんれいしょく)てんこ盛りの祝辞、阿諛追従(あゆついしょう)に塗れた書状が積みあがっていく。

 仕分けをする直属の文官たちの目が虚ろを通り越し始めた頃、それは届いた。祝状とは一線を画す、形式だけは整えられた意見具申書。

 今や名高い河川三伯の、それも主格と目される年若い伯爵から。


 その書簡は内容に比して、いたって簡素であった。清々しいまでに要件の一点張り。形式上に乗っとった最低限の礼儀はあるも、虚飾のための美辞麗句は一切無し。

 受取人は、この国の王太子。二年後の戴冠式ではその頭上に王冠を戴くことが決まっている、現国王の長子であり継嗣である。


 書簡は封が切られぬまま、文官から即座に王太子直属筆頭補佐官へと渡った。受け取った筆頭補佐官は難しい表情を浮かべて魔法類の安全確認だけすると、書簡をそのまま直接、主たる王太子へと手渡した。

 受け取ったベニスィー国の次期国王は、一度、言葉を発することなく最後まで読み切った。そして読み終わった後、もう一度最初から読み直し始め、を繰り返すこと三度、四度、五度。



 航空戦力

 空軍による制空権の確立

 対地と対空

 索敵と射程

 アウトレンジからの――


 僭越ながら、語句説明を付記

 航空とは、箒や絨毯などの道具を用いて飛行すること

 空軍とは、航空を主とする部隊

 制空権とは――



 書状に目を落としたまま沈黙する王太子に、筆頭補佐が気遣わし気な視線を向けていると。

 突然、王太子が大きな口を開けて笑い出した。

 執務室に響く大笑に、規律正しく隅に控えていた護衛の表情が警戒と驚愕に崩れる。


「大事ない……先だって、あの者は水棲魔獣駆逐は我が国の悲願、しかるに天然の防壁の消失はいかに、と問うてきたが。その本人が、答えを差し出してきたぞ! これを笑わずにどうする!」


 言って、止まらぬ笑いを何とか一旦は納めることに成功するも、書簡が目に入ればまた笑い出すこと暫し。

 ようやく落ち着いて話すことができるようになると、王太子は筆頭補佐官に申し付けた。


「元帥と国軍大将軍、近衛大将を呼べ……ああ、その前に」


 王太子は執務室を見回し、筆頭補佐官と、執務室内を警護する王宮警備の十名の顔を確認した。全員と視線を合わせ、重々しい声で宣言する。


「これから行うことは他言無用である。血の鎖ではなく、国と王家に(こうべ)を垂れよ。誓えぬ者は即刻、部屋を出よ――罰しはせぬ。部屋の外にて、定められた警護の役目を果たすがよい」


 問われた十名の兵士は一度、自らの心の内に問いかけるように目を伏せ、その後ゆっくりと顔を上げた。

 

「誓います」


 真っ直ぐ逸らされることのない眼差しに、王太子は頷きを返した。


「よかろう。では、この中で念動の得意な者はいるか」

「はい。念動であれば、自分が」


 呼びかけに、一人が進み出た。

 魔法が得意かと問われれば、魔法兵には劣るも、王宮警備、それも王太子の執務室の警備に抜擢されるぐらいには得意だと申告する。


「魔法兵に劣る……では当然、『飛行』はできないとして。この旗を浮かべてみせよ」


 王太子が壁に掛けてある王家の旗を外し、床に広げるように落とした。兵士は喉の奥で悲鳴を上げ、慌てて念動にて旗を持ち上げる。

 まるで四隅に持ち手がいるかのように、ふわりと浮く旗。


「よし、では次だが」


 王太子が旗をもう一度広げて、床に敷いた。

 全員がとんでもない不敬に小さく悲鳴を上げるも、実行しているのが次期国王たる王太子である。


「この旗の上に乗れ」

「殿下……殿下、そこまでです、それ以上は」


 筆頭補佐官が、ようようの態で止めた。

 王太子が顔を向けると、王家の旗に乗るよう言われた兵士は真っ青な顔で、壊れた羅針盤のように首を横に振っている。


「ふむ……では、私が乗ろう」


 広げた旗の、王家の紋章が描かれたそのど真ん中に、王太子はどっかりと座り込んだ。


「先と同じく、旗を浮かせよ」


 命じられた兵士は、一瞬ひゅっと呼吸を止めた後――


「殿下、恐れながら。念動で生き物を動かす場合、下手をすると首がへし折れる場合がございます。実際に蔵に紛れ込んだ子ネズミを、子供の自分が覚えたての念動で摘まみ上げようとした時、こう……こきゅっ、と。

 この度の御命令は殿下ではなく旗ではありますが、生き物が絡む場合は危険です。まずは甲冑で試しましょう」


 真剣な表情で進言した。


 物理で首がかかっている会話がなされている間に、筆頭補佐官は自分が羽織っている文官用長衣を脱いだ。黙って粛々と、王家の旗に鎮座ましましている王太子のすぐ横に広げ、その上に、中身の入ってない甲冑をどすんと置いた。


「これでいいだろう、やってくれ」

「はい、補佐官様!」


 兵士はやっと、首を縦に動かすことができた。

 一般的に、念動の魔法は手で持てる程度のものしか動かせない。だが、かの兵士は普通以上に得意であった。故郷では荷車をぬかるみから脱出させ、軍では重たい凧盾(カイトシールド)を宙に浮かせて手元に引き寄せることができた。

 そして、今。


 筆頭補佐官の文官用長衣は、真ん中に重たい甲冑を乗せたまま宙に浮いた。バランスを崩した甲冑が倒れるも、長衣が落ちることはない。

 甲冑を乗せたまま、右へ左へとふよふよと『飛行』する長衣。


「飛んだな」

「飛びましたね……なるほど、これで人が乗れば……いや、しかし、それだと念動の」

「念動使い本人が乗るのだ。『高等魔法の飛行』が使えずとも、これを『飛行』と言わずしてなんと言う」


 晴れ晴れとした表情で語る王太子に、執務室にいた全員が黙り込む。


「伯爵によれば、念動と浮遊を同時並行できれば尚良しとある……なるほど、本人は浮遊、絨毯は念動で……うむ、確かにそれだと念動特化でなくとも『飛行』ができるな。魔法兵であれば可能であろう」


 書簡を嬉々(きき)として眺める王太子の口が止まらない。


「戴冠式には空軍によるあくろばっと……? ふむ、説明は……なるほど、展示飛行と申すか。派手な動きで、他国への示威行為、と。いるみねえしょん……? 光明の魔法で照らす……おお、なんとも派手な」


 王太子が筆頭補佐官を――内政に通じた文の片腕を見やる。


「今まで我が国は、どれほど水に溢れ土地が豊かであろうと、いかんせん水棲魔獣によって物流が死に絶えていた。どの国も、我が国を荒廃した魔獣国家と見下し食指を動かさなかった」


 三流田舎国家の隣国(アルナシィオン国)でさえ、ちょっかいをかける程度で本気の侵略ではなかった、と皮肉気に笑う。

 筆頭補佐官も否定できず、苦々しく頷いた。


「だが、水棲魔獣駆逐の目処が立ち、これから商業国家として新しく生まれ変わる我が国は! 他国からすれば、垂涎の的となろう」


 王太子がようやく旗の上から横にずれて立ち上がり、書簡を見せびらかすように大きく掲げた。


「そこでこの空軍、だ。『高等魔法である飛行』を行使し得る高位の魔法使いが我が国にはこれほどまでにいるのだと、戴冠式で各国に示す。この高位魔法使いの集団が属する国に戦争を仕掛けるのか、と!」


「むざと負ける戦を仕掛ける国はありますまい」


 部屋にいた全員が、得心したように頷いた。

 魔法兵の、さらに言えば、高位魔法使いの数によって戦争の勝敗は左右されるといっても過言ではない。


「しかも、前代未聞の『飛空』の集団の、その戦術、有用性までもがこの書簡にある」


 王太子の掲げる書簡に、全員の視線が集まった。


「『制空権』『対地対空』、馴染みのない言葉ばかりだが付記に解説が……ふむ、推測だが、付記をつけたのは伯爵夫人だな。所変わっても才は曇らず、健在であるようだ」


「…………恐れながら。かの者は戦巧者でございますか。国軍大将がこれを知れば」


 逡巡の後、一人が他国への侵略戦争の懸念を口にした。したが、それは即座に否定された。


「無い。そのことも書状に……しっかり釘を刺しておるわ。短期で見れば戦は経済を活性化させようが――長期で見れば、それは物流の停滞、他国との軋轢、友好国との信頼の失墜。つまりは、経済の崩壊」


 王太子は一度言葉を切り、口元を面白げに吊り上げた。


「これから商業国家を目指す我が国にとって、戦は考えうる中で最も悪手だそうだ――長期などと、百年を軽く言ってくれる」


 王太子が書簡から顔を上げ、もう一度、全員の顔を見回した。

 手に国の未来(意見具申書)を握りしめ、ベニスィー国の次期国王が命令を下す。


「その方ら全員、王宮警備から近衛に所属の変更を命じる。国と王家に仕え、新設する『空軍』編成の任に当たれ――国を守る星となれ」


「拝命致しました、ベニスィーに栄光あれ!」


 諾を返す声は一糸乱れず、高らかに。

 これこそが将来、蒼き箒星(ほうきぼし)十傑と呼ばれる者たちの産声であった。



~・~・~



 旦那様とラントリアお義姉様が書き上げた書簡に、必要な解説を書き記す。お二人の間で飛び交う専門用語は独特すぎて、僭越ながら解説の付記の必要性を説いたのは、我ながら必要な進言だったと自負する。


 そして、申し出れば。

 旦那様は嬉し気にわたしに任せてくださった……(さか)しらに余計なことをするなと、声を荒げて怒鳴ることもなく。


 旦那様はわたしとの結婚のために、国を動かされた。

 その次は。

 旦那様はわたしと夜空を遊覧する、そのついでとばかりに国の安寧を守られた。


 金月を背に、迎えに来られた旦那様を思い出す――淡い光に輪郭を浮かび上がらせた、夜を纏った金の騎士。


 以前であれば。

 嫁ぎ先の領を支え治めるのは責務であり、献身はこの身に課せられた義務であった。

 今は。

 責務だけではない。

 義務だけでもない。

 あの方から差し出された手――決して離しはすまいと、心を重ねた。

これにて完結です。

お読みいただき、ありがとうございました。


まったく別のお話ですが。この蒼き箒星の百年後の姿を、異世界恋愛ミステリの「花盗人の落花~必殺!あんたこの転落をどう思う?~」の三話で少し語りました。

ミステリも嗜まれるという方、お立ち寄りいただけると嬉しいです。



以下、星空デートとはまったく別のお話。

ある家との、訪れるかもしれない結末。

題して「本編の二十年後ぐらいの~IF未来~」


 部屋は薄暗く、陽の光でさえ刺激になると言わんばかりに窓は締め切られ、わずかばかりの灯りが仄かに寝台を浮かび上がらせる。


「願いを……託させていただけること……御礼申し上げる」

「今際の際の老人の願いを退けるほど、情は捨ててはおりませんよ。陛下からも……妻からも、会うだけでもと請われましたからね」


 しゃがれ、細々と紡がれる声に力無く。20年の歳月は、老人から命令することに慣れ切った、聞く者に膝をつかせる声を奪っていた。

 それでも。


「次代グラシアノ公爵に、ひ孫のまだ15歳の少年を指名。そして、わざわざ引退した先代河川伯を養子にしてまで、その後見人に。

 20年前の因縁を知ってる者からすれば、正気の沙汰ではありませんよ」


「それでも、だ……。これでグラシアノ公爵家を立て直すことが……できる」

「ご無理なさらず。……15歳の少年に託すには、重すぎるでしょう」


「名門グラシアノ公爵家で……あるぞ。幼くとも、血を誇らずして……何が貴族か。それに、20年前に、騙ったのは……その方であるぞ。『国に在る、遍く貴族の融和』、ふふっ……ぐっ」

「ああっ、もう、だから無理をするなとっ。

 わかった、わかりました、ちゃんと面倒を見ますから!」


 人を従わせる声は失われても、それでも、人を意のままに操る術は失われておらず。

 自らの命を対価に、老人は願いを叶えた。


 以上、ある老いた貴族の最期でした。

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活動報告を拝見して、慌てて再読に参りました。 こちらを拝見して本編を再読すれば、また楽しめるだなんて!! まるでひつまぶしのようですね。素敵な仕掛けにワクワクしてしまいました。
再びの書き込みお許しください 後書き欄の追加ありがとうございます!! ええ、政治闘争に負けないどころか利用しての恋の闘い、いいですよねー! 本当に嬉しゅうございました、感謝感激です! これからも応援し…
大変面白かったです! 本編も繰り返し読んでおり、続き、とても楽しませていただきました。 何度も繰り返される惚れ直し案件、これからも続くんだろうなぁ 一つだけ物足りないというか、本編の後日談ならば、感…
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