小話その2 飛べない〇〇は
絨毯に乗って空飛んで。
星空の下、夜の女王、金の騎士を見上げてリエラ様と二人っきり。
そんなの! 絶対!! したいに決まってる!!!
「弟よ、旦那様との初乗りの前に、ちょっと練習が要るから付き合いなさい――ハリーは弟だから、初乗り相手としてはノーカン!」
俺だって本音を言えば、初乗り相手はラン姉じゃなくてリエラ様が良い。だけど、うん、まあ、危険だし、そう言われたら。
…………。
ラン姉は姉。
練習相手はノーカン!
人間には羽も無ければ翼も無い。
にょっきりと生えた二の腕、それぞれの先にあるのは五本の指。
この現状で。
人間だって飛べるよ! って言われても。
無理!!! ってノータイムで返すよ。
俺だけじゃない、誰だってそう言うはず。
なのにさぁ。
「だから、人間が飛ぶには箒か絨毯が必要なのよ」
接続詞がおかしい、「だから」の意味がわからない。
なんで箒か絨毯があったら、人間が空を飛べるのさ。ラン姉、ちょっと無茶ぶりもほどほどに……。
なーんて思った幼い頃の俺。
箒に黒ネコを乗せた女の子、月の砂漠を自由自在に飛ぶ絨毯の紙芝居で、まんまと説得されてしまった。
人間が空を飛ぼうと思ったら、箒か絨毯!
一応、重力とか浮力とか、摩擦がどうたら、速度と揚力が、みたいなふわっとした解説を聞いた。鳥が空中停止できないのも理解した。
結果、近衛魔法隊や国軍の魔術師の『長』レベルだったら使えるという『飛行』の、高等で高難易度の魔法を。
貴族の末席に腰かけてる程度の、一地方のしがない下っ端田舎貴族の俺が、なんでか使えるっていう不思議!
さておき。
俺やラン姉が当たり前と思って使ってる『飛行』は、ぜんっぜん当たり前じゃなくて。義兄さんもリエラ様も、箒と絨毯を用意しても飛べなかった。
それなら、と。
乗馬の二人乗りのノリで絨毯二人乗りをしようとした、のだけれど。
リエラ様を乗せた絨毯は、飛ばなかった。
星空デートは無期延期に。
中止じゃない、延期だ。ちょっと決行日が決まってないだけで、絶対に決行してやる。絶対にだ。
そうやって、リエラ様の両手を握って必死になって約束を取り付けたけれども。今のこの時、楽しみにしていた星空デートに出かけられないという、残酷な現実は変わらず。
おまけに、絨毯を前にがっくりと項垂れる俺に、リエラ様が気遣いつつもきっぱり言ったのが。
――旦那様とラントリアお義姉様が絨毯や箒で飛んでいるのは、高等魔法の『飛行』魔法ではありません。
古今東西、箒や絨毯で飛ぶ魔法は聞いたことが無い、と。『飛行』とよく似てはいますが、別の魔法ではありませんか、と。
気遣いを滲ませつつも、言うべきことははっかりと言うリエラ様の凛とした美しさに惚れ直した(定期)。
まあ確かに。『飛行』の魔法って、何もなしに飛ぶもんな。俺とラン姉、箒か絨毯が無いと無理だから。
言われてみたらそうだな、って腑に落ちた。
いやでも、人間が自由に空飛ぶって、どう考えても無理!
箒か絨毯が要る。
俺もラン姉も、箒か絨毯……ん-、まあ、なんか布とか板とか、足元に軽い何かが要る。
丸太はダメ、あれは重すぎて無理。
ラン姉は、箒が良くてなんで丸太はダメなのー! って叫んでいたけど、どう考えたって重すぎだろ。
聖女の最終武器は丸太なのに、って言われても困る。
さて。
リエラ様との星空デートを諦めるなんて選択肢、そんなものは存在しない。
ラン姉が、じゃーんと効果音を口にしつつ、練習用の絨毯を広げた――ラン姉も義兄さんと一緒に飛ぼうとして、飛べなかったらしい。義兄さんとの遊覧飛行は何としてでも成し遂げる、と息巻いている。
よっし、どんな苦労もどんと来い! リエラ様と二人っきりの星空デートのために、がんばるぞ!
意気込みも新たに、広げた絨毯の前方にラン姉、後方に俺がすちゃっと着席。
なお、ラン姉は生成りの布から自作した、自称「じゃーじ風」という奇抜な服での参加。
俺も、最初は次男時代の普段着を引っ張り出してたんだけど。護衛の兵士が慌てて領軍兵士の訓練着を差し出してきたから、大人しく借りてる。
自作の『じゃーじ姿』で、気合を入れたラン姉が叫ぶ。
「飛ぶわよ!」
――飛ばなかった。
「この……ただの絨毯がっ!
飛べない絨毯はただの絨毯よ!?」
ラン姉が理不尽な言いがかりをつけて何の罪も無い絨毯に拳を叩きつけるのを横目に、俺は黙って絨毯を降りた。
横に立って、黙って待つ。
「……飛ぶわね?」
落ち着いたラン姉が、いささか勢いを無くした声で宣言した。そして絨毯はふわりと浮いて――飛んだ。
俺の膝ぐらいの高さでふよふよと浮かぶ絨毯。
「んー……ハリー、ちょっと絨毯に飛び乗ってみて」
「おっけー」
地面をちょっと蹴って、絨毯の上に着地!
踏まれた絨毯はラン姉と一緒に地面に落ちた!
「……『飛行』も対象は術者本人限定だし、これは想定内よ、想定内」
実験というのは検証作業から入るものなの、と早口で言い訳のように口にするラン姉。
「で、次は、ハリーも『飛行』して絨毯に乗ってみて。たぶんだけど、浮くし飛べると思うのよね」
――飛んだ。
ふわっとした浮遊感と共に、膝の高さぐらいに浮いてゆらゆらする絨毯。二人乗りで絨毯に前と後ろ、前にラン姉、後ろに俺…………これはノーカン!
本番は~、俺が前に座って~、後ろにリエラ様が優雅にお座りになられて~……銀と金の月を二人で見上げるんだ!!!
「弟は無効よ無効、これは旦那様とのデートの第一歩――よし、次よ次、ハリーは『飛行』を切って。アタシは維持するから」
そうやって色々と試してみて。
結論。
俺たちがボロい絨毯で飛んでるのは、『飛行』じゃなくて『浮遊』と『念動』の同時発動の合わせ技、アレンジっぽい魔法、らしい。
まず『浮遊』で自分だけ浮いて。
同時に、『念動』で絨毯を動かして。
動かしている絨毯に、浮いた自分を接触させることで、まるで絨毯に乗って飛行している状態みたいになっている、らしい。
つまりは、『浮遊』と『念動』の魔法をダブルで維持してるだけ、だそうだ。
うん、小さい頃からの疑問が氷解した。
ゆっくり飛ぶ時は絨毯、早く飛ぶ時は箒。箒だと、手で掴めるから。絨毯でスピード出すと、転がり落ちるのはなんで? って思ってたけど。静止摩擦係数オーバーで転がり落ちてたんだ、なるほどな。
うん、ここは要工夫、万が一にもリエラ様を落としたくない。そうだ、絨毯に取っ手を付けようかな。それか、安全ベルト。
魔法の『念動』は、手で持てる程度の重さぐらいしか動かせない。「絨毯」だけなら動かせても、「絨毯ともう一人」分の重さは対象外、だから魔法は発動しなくて――動かない。
当然、丸太は無理。ラン姉、あきらめようよ。
簡易な便利魔法の『浮遊』、あれもただ単にゆっくり浮くだけ。それか、ゆっくり落ちるだけ。
しかも、あくまでも自分限定。
誰かを宙に浮かす魔法じゃない。
……リエラ様との星空デートが遠い!
続きます。
延々と浮遊の魔法を検証しているだけの今話……言い訳をさせていただけると、星空デートという目的のためです。だからジャンルは異世界恋愛!
一応、次で進展あります。
ちなみに、この時の絨毯はぼろっぼろでほつれまくった練習用の絨毯です。




