ランニング
朝6時20分。いつも通り玄関を出る。
タイムを計りようやく左足からスタート。
いつも通り。この安心感がたまらない。
決まった行動をやることに幸せを感じるのだ。
緩やかな下り道を過ぎ、電柱から左折。
後は直進で太ももを少し高く上げながら走る。
前方、酒屋サカキの近くに何かが蠢いている……
なんだ?もう少し近くに行かないと。
ん?人?サカキの手前で歩を緩める。
見た目20代くらいの女性が、腹を抱えて青白い顔が強ばっていた。
―――選択①―――
知らない人だな。
今の世の中、下手に近づかないほうが身のためだ。そのまま予定通りランニングに戻り素早く通り過ぎた。
いつも通り。これが1番。
その後もいつも通り1人で決まったルーティンを守り、50代後半に気づく。
オレの人生に色がない。
―――選択②―――
うわっ!これはかなり具合悪そうだ。
救急車呼んであげよう。
「大丈夫ですか?救急車呼びましょうか?」
「うっ……大丈夫です……」
「顔色悪いですよ?」
「大丈夫ですからほっといてください!」
「……(なんだよこいつ)わかりました。」
その後ランニングに戻り、その日1日イライラしてしまった。
下手に親切心を出すんじゃなかった。
他人とは完璧な距離を置こう。
5年後、いつも通りランニングに出た男は、コース途中で車に轢かれる。
目撃者はいなかったが、通り過ぎる人からも助けられず、願い通り完璧な距離を置かれた。
―――選択③―――
うわっ大変だ!病気かなんかだろうな。
救急車呼ぼう。
「大丈夫ですか?今救急車呼んだので安心してください!」
「……大丈夫です……」
「どこが大丈夫なんですか!そんな青白い顔して!立てないんでしょ?」
「……すいません。」
「大丈夫!一緒にいますから!」
その後救急車に一緒に乗りこみ、病院まで付き添った為、会社には少し遅れてしまったが、それまで持てたことが無かった達成感?なのかわからないが、今まで感じたことがない感情が男を戸惑わせた。
翌月、いつも通り朝のランニングに出た男の前にあの日の女性が待ち構えていた。
「あの……」
「ああ。良くなりましたか?」
「あの時はホントにありがとうございました。」
「いえ、元気になられて良かったです。」
「良かったら今度お礼にご飯でも」
「え?そんないいですよ!」
「いえこちらの気が済みませんのでお礼させて下さい!」
「……(涙目で言う顔……昔飼ってた柴犬のタロに似とるなー可愛いなあ)わかりました。じゃ、連絡先交換しましょう。」と、笑いながら番号を教え合う2人。
その後、2人はあーだこーだありながら、結婚し、2人の子供と柴犬を飼い、50代後半、
「あの時助けてほんとに良かった。」と、家族の前で笑い、安い発泡酒を飲みながら下っ腹の肉を揺らすのであった。