第二章〜海の決闘者〜
あの摩訶不思議な体験から1週間が経った。
金曜日の夜。
やはり世の中は華金を謳歌している人たちの群れでごった返している。
裕も昼頃、社内の飲み会に誘われた。
誘ってきたのは2年後輩の田口。大学ではラグビーをしていたらしく、身体はゴツイが気の優しい好青年だ。
後輩や先輩と気兼ねなく酒を楽しむ時間。近頃はそういった飲み会を嫌う若者も多いと聞くが、裕はそれ程苦に感じたことはない。
みんなが楽しそうにしているところを見るのは好きだったし、なにより気を許せる相手と何気ない会話をすると気分が上がる。
いつもは画面に向かって喋っているが、たまには生身の人間に言葉をぶつけるのもいいものだ。
しかし、そんな魅力的な誘いを裕は断った。
田口はもうすでに裕は来るものだと思い込んでいたらしく、目をぱちくりさせながら彼女できたんですか!?と声を上げた。
「んなわけないだろ!」
と、否定するのもなんだか違う気がしながら田口の肩を小突く。
大袈裟に痛がりながらも田口はまぁ色々ありますもんねと言いながら自分の机に戻って行った。
業後、田口が再び裕の元へやってきて気が変わっていないか確認しにきたが、裕の態度が変わることはない。
なぜなら今日はあの金曜日なのだ。
先週、目が覚めたら土曜日の朝だった。
見慣れた布団の中で、着潰してクタクタになったいつものパジャマで。
夢を見たんだ。
そう思うほどに今日まで何も起こらなかった。
変わらず働いて変わらず配信をして過ごした。
配信ではこの話をしていない。
荒唐無稽すぎて話す気にすらならなかった。自分以外の配信者ならばこの話を視聴者に投げかけただろうか。
何よりも数字にこだわる世界で生きる覚悟のある人たちならそうしたのかもしれないが、裕にはついぞそれができなかった。
自分の小心者さに嫌気もさすが、まぁそれも俺なのかと裕は心の中でククッと笑った。
帰宅後いつも通り配信をつける。
今週はドリーム3の調子も絶好調で、クリアとはいかなかったがリーチが3回も出た。
もしかしたらクリアも近いのかもしれない。
そう思いながら配信を消した午後10時。
「今週はなかなか頑張ったじゃない」
配信が終わればいつも裕を待ってくれている寝床は、本来の主人ではない者に侵略されていた。
しかも裕をさらに憤慨させたのは、彼が配信後に食べようと思っていたアイスクリームをその侵略者が貪り食っていることだった。
「おいそれ俺の…!!」
メィリオは自分の左手に持っていたアイスクリームをじっと見つめた後、裕に視線を戻す。
「いいじゃないケチくさいわね!アタシは女神なんだから供物だと思いなさいよ。く・も・つ!それにアンタこの前の転移でアタシの加護がなかったら死んでたんだから感謝しなさいよほんとに」
「はぁ?」
裕は思い返してみるが、自分が命を落としかけた記憶はなかった。
「ローロロとかいう奴いたでしょ?」
メィリオは顔を歪める。
「あいつ、何者かアタシにもわからないのよ。というか任海堂自体どこから紛れ込んだのかわからないのよね」
「そうだよ!なんで向こうに任海堂があるんだ?」
「だからわかんないの!とにかく、最後の戦いの時ローロロは仲間を殺した後、アンタも殺そうとした。誰にも見えない速さでね。もし加護が無かったらアンタの首は今頃くっついてなかったんだから」
あの時だ。
裕は背筋に悪寒が走った。
ローロロは確かに自分を見て笑っていた。
あの時自分は死んでいたかもしれない。そう思うと途端に恐怖が襲う。
裕は自分の首を右手で摩る。
伝ってきた汗が右手に触れる。
そんな裕を見かねてか、メィリオは最後の一口を食べ終えると、立ち上がり裕に向き合う。
「さて、今回も行ってもらうわよ」
「…拒否権はないんだよな」
「当たり前でしょ。まぁアドバイスがあるとすれば今回のキーは運よ!」
「うん?」
「行ったらわかるわ。それじゃ、頼んだわよ」
前回と同じく白い光が身を包む。
今回はどんな出会いがあるだろうか。
カトレアたちとは出会えるのだろうか。
ローロロは。
色々な思いが交錯する胸中を沈めながら、ナシトゲは静かに身を任せた。
「頼んだわよ裕、いやナシトゲ。あんたにかかってんだから」
女神の言葉を聞く者は、もうこの部屋にはいなかった。




