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第一章〜衝突〜


「ところでナシトゲ」


ウサとの話を終え、部屋から出るとカトレアは唐突にナシトゲに声をかける。

カトレアは顎に手を当てながら品定めするように見つめ、そしてニヤリと笑う。


「あんたのその冒険者になりたてみたいな服、どうにかしないとね」


確かにギルドにいる冒険者たちは、カトレアも含めそれぞれがおそらく戦闘スタイルに合わせているであろう装備を着込んでいる。


ナシトゲは自身の格好を振り返る。

確かに自分と同じ休日のお散歩ファッションといった格好をした者は誰1人いない。


顔が熱くなってゆくのを感じて、カトレアから視線を外すナシトゲ。

ぶつける宛のない不満は今までだんまりを決め込んでいたAIに向けられる。


『おい、メィリオに苦情を言っといてくれ。赤っ恥じゃないか!』


『その対応を取ることはできません』


なんとbotのようなことか!

もしここが現実世界ならこのAIの開発者に問い合わせしてもおかしくない。

もっと寄り添ってくれよ!!悶えるナシトゲの肩をカトレアが叩く。


「もしかしてセイジン…だっけ?と話してるの?」


ナシトゲはこれまでの経緯を話す中で、もちろんセイジンのこともカトレアには伝えていた。

ただ、この世界の人々がAIなど知るはずもなく、説明は非常に困難を極めたため、聞いたらなんでも答えてくれる便利な精霊だとナシトゲは伝えている。


「残念ながら欲しい答えはもらえなかったけどね」


「ふーん。でもいいわよね精霊。この世界にも精霊使いはいるけど、かなり珍しいのよ…ってそんなことより!装備買いに行くわよ!」


ナシトゲの同意も取らず、カトレアはナシトゲの右手を引っ張り、2人はギルドを後にする。

ギルド前の大通りを猪の如く猛進するカトレアと、引きずられるナシトゲ。

行き交う人々の視線があまりにも痛い。


「か、カトレア!一旦ストップ!」


緊急度の高い声を上げる。

そうでなくてはカトレアは止まらないと判断した。

案の定カトレアは歩みを止める。


「まず手を離してくれ!そんなに急がなくても店は逃げないだろ。後このまま引きずられたら店に着く頃に俺が死ぬ」


あら?とカトレアは手を離し、ボロボロになったナシトゲを見下ろす。


「勇者様はこんなことで死なないわよ。それに…」


一瞬困惑した表情を浮かべ、カトレアは続ける。


「早くこの呪い、どうにかしたいんだもん」


潤んだ瞳に見つめられ、言葉に詰まる。

整った容姿も相まってか、カトレアが世界から切り取られたまるで絵画のようだ。


ナシトゲは立ち上がると、服の汚れを払いながら、照れ隠しついでに頬を掻く。

カトレアの目を見ることが出来ず、手持ち無沙汰になった視線は空に泳いだ。


「そ、それより今から行く店ってどんなところなんだ?」


あからさまな話題変換だったろうか。

だが、そうでもしないとこの空気に対処する方法をナシトゲは知らない。

どこぞのAIが頭の中でため息をついた気がしたが、無視された。


カトレアはあからんだ目をそのままに再び歩き出すと、着いてからでも良いんだけどねと前置きした上で話し始める。


「この街きっての名工、ミノシさんとこよ。この街というかこの世界かも。とにかくあの人の店なら必要なものは全部揃うわ。ただ…」


「ただ?」


「ちょっとまぁ、独特というかなんというか」


ナシトゲはやたらと言葉尻を濁すカトレアに疑問を抱く。

やはり職人というものは頑固なイメージがあるから、もしかしたらミノシもその類なのかもしれない、と理解する事にした。


とはいえ異世界転生ものの定石として、偏屈頑固な職人はなんだかんだで優しいしなんだかんだで世話を焼いてくれるものだ。

そんな楽観的な思考がナシトゲの脳内に浮かぶ。


『ちなみにセイジン、ミノシって知っているか』


カトレアとの会話も途切れたところで、ナシトゲは気づかれないように精霊に昇格(?)したセイジンに問いかける。


『はい。ミノシはこの世界で16しかない“人”の称号を持つ職人です。彼の作品は全てミノシリーズと呼ばれ、冒険者のみならず愛好家も多数存在し、一説によると国が傾くほどの金銭のやり取りがあるそうです』


“人“の称号?

ナシトゲの知識にそれらの単語はない。

この世界の一般常識ではないということだろうか。

他にも気になるワードがいくつか出てきたが、それよりもナシトゲには早急に解決しなければならない事案が思い浮かんでいた。


「あの…カトレアさん。俺、お金…」


何を隠そうこの世界の金銭を持っていないのだ。

あけぼの亭での食事も今振り返れば無銭飲食未遂だった。

なし崩し的にアケボノやカトレアとの会話になったためなんとかなったが、もし無銭飲食なんてしたらアケボノの怒りの鉄槌を食らっていたに違いない。

想像すると、ナシトゲは背筋に寒い物を感じた。


「精霊に何か聞いたの?まぁそこは心配しなくて良いわ…って着いたわよ」



あけぼの亭と同じく商業地区に佇むその建物は外観が蔦に覆われ、わずかな隙間から見える外壁は手入れがされていないのか黒ずんでいる。


とはいえここは商業地区。

職人たちは自分の腕の研鑽を最大の目的とし、他の要因はどうでも良いのだろう。

あけぼの亭が異様なだけなのかもしれない。


建物の外観に目を奪われていると、カトレアがドアらしき箇所の蔦を引きちぎる。

ナシトゲはそのあまりにも豪快な光景をただ見守るしか出来なかったが、暫くして姿を現したドアノブを彼女は握る。

バリっというおよそドアを開く時に聞かない、何かが破れるような音をたてながら、カトレアにより強引にドアは開かれた。


「じいちゃん!いる!?」


ドアから見える家の中は灯りが付いておらず薄暗い。

行き場のなかった淀んだ空気がドアから一気に外の世界へ放出された。

強烈な一撃に、ナシトゲは顔をしかめた。


暫くするとカトレアの呼びかけに、奥から「入れ」と低い男性の声が聞こえてきた。

どうやらもう一つ部屋があり、そこにこの家の主人がいるようだ。


カトレアが敷居を跨いだあと、続いてナシトゲも家の中に入る。

棚らしきもの、テーブルらしきもの、椅子らしきもの、キッチンだと思われる場所、本当にここに人が住んでいるとは到底思えない。

テレビなどでよく見る廃墟となった家の中そのものといった雰囲気だ。


テーブルらしきものの近くにあった椅子らしきものにカトレアが座る。

座らないの?と問われたナシトゲは、ひとまず棚らしき物の近くに立つことを選択した。


暫くすると奥の部屋から1人の男が現れた。


「おぉ、カトレアじゃないか。久しぶりじゃの。やぽ!」


ナシトゲたちの腰ぐらいの背丈しかない老人は、頭に被っていた帽子を脱ぎ、ゴーグル型の眼鏡を首までおろす。


そして老人は【ライト】と唱えた。

すると、老人の手のひらから現れた光球は意志を持ったようにふわりと浮かび上がり、環状蛍光灯の如く天井から部屋全体を照らした。


その光景にナシトゲは魔法だ、と感動する。

ギルドで見た光の鳥に続き2度目の魔法体験は現代人にとって新鮮なものだ。


明かりが灯された部屋の全体をナシトゲは見渡す。

やはり汚い。

埃が舞っている空間に耐えられず、ナシトゲは近くにあった窓を開けた。


そんなナシトゲ見て、顔が煤だらけで黒ずんだ老人がカトレアに話しかける。


「なんじゃこの男は」


「じいちゃんのお客さん」


カトレアはどこか楽しんでいるように答える。


「ほう、お主…」


老人はナシトゲの全身を舐め回すように確認する。

後方に回り込んだと思ったらまた前方に戻ってくるなど忙しない。


小さな体躯を目一杯使って確認を終えると、老人は満足げにニヤリと笑った。


「これもまた数奇な運命かのぅ」


カトレアに目線を向けると、彼女も意味がわからないらしく首を横に振った。

老人はナシトゲに対し、右手を差し出し握手を求めてきた。

ナシトゲは少し屈みながらその手を取る。

握った手は岩のように硬く分厚い。これが職人の手なのかと思う。


「すでにカトレアから聞いておるじゃろう。ワシはミノシ。好き勝手に物を造るジジイじゃ。よろしくな」


「はじめましてナシトゲです」


こりゃご丁寧にとミノシに言われ、ナシトゲは敬語を使っていた事に気付く。

やはり現世で染みついたものは中々抜けないものである。


「じいちゃん、早速なんだけどナシトゲに装備一式作ってくれない?」


カトレアは椅子らしきものに座ったまま、ミノシに問いかける。


「ふむぅ…無理じゃな」


「無理!?」


予想だにしなかったのか、カトレアが素っ頓狂な声を上げる。

そして、あまりに強引に声を出した影響からか、咽せた後「なんで無理なのよ」と詰め寄ったが、ミノシは全く意に介さない。


「無理というのは語弊があるかもしれんが、こやつに装備などいらん。ナシトゲ、お主“夢追人“じゃな」


ナシトゲは身構える。

今回の転移のキーパーソンには自分の事は話したが、ミノシにはまだ何も言っていない。


さらに言うとステータスについては誰にも見せていない。

この世界ではステータスは個人情報と同列の類だ。

家族の間でもステータスを知らないなんて事は往々にしてある。

ナシトゲもそれに倣う形で今まで誰にも開示していない。

それなのに何故この老人は夢追人という固有スキルを知っているのだろうか。


数秒の沈黙を破ったのは、手持ち無沙汰に双剣をクルクルと回していたカトレアだった。


「この街の人間はみんな何かしら夢追ってるわよ。商売で1発当てたい商人とか、英雄になりたい冒険者とか」


カトレアはチラリとこちらを見る。


「で、ミノシじいちゃん。なんでナシトゲに装備がいらないのよ」


「ふむぅ、まぁ勘じゃな。勘。とはいえ、せっかく来たんじゃ。見てくれだけでも良くしてやるかの…」


夢追人という言葉はただの偶然だったのだろうか。

真意はわからないが、ナシトゲは考えてもわからない事柄だと判断する。


ミノシは机らしき物の下に潜り込み、何やらゴソゴソと探る。

その様子をカトレアとナシトゲは見守った。


「おー、これじゃ!ええもんがあったわい。ほれ!」


机から出てきたミノシの右手には四角い箱が握られていた。


「なんだこの箱」


ナシトゲは問う。


「ただの箱じゃない。亜空間ボックスじゃ。おっと、これをやるわけではないぞ。これ一つで国が傾くレベルの代物じゃからな」


確かにそんな便利なものがあったら世界の常識が変わるかもしれない。

だが何故そんな大事なものが手入れされていないゴミ屋敷に埋もれているのだとナシトゲはいぶかしむ。


ミノシはそんな事はつゆ知らず、箱を開けて左腕を突っ込んだ。

ミノシは箱の中から何かを取り出すと、机の上に置き、そしてまた箱の中に手を突っ込んでは何かを出し机の上に並べる、といった作業を繰り返した。

そしていつのまにか机の上には黒のロングコート、胸当てや膝当て、ブーツにポーチが置かれた。


「胸当てやら膝当て、ブーツとポーチはまぁ特段大した物ではない。とはいえワシがこしらえた物じゃから、そこら辺の物よりは良いものじゃがな。そしてこの黒のコート。これは…ワシもよくわからん。かっこええからやるわい!」


カッカッカッと気前よく笑うミノシ。

ナシトゲは机に向き合うと、並べられた装備品を手に取る。


胸当てや膝当てはレザー製で肌触りが良く、ブーツを履いてみたところサイズはぴったりな上に長年履いていたかのような安心感がある。


続いて黒のロングコートに袖を通す。

これまたサイズはぴったりで、着ているのがわからないほどに軽い。

現世では三十路近いナシトゲも、この装備には興奮おさまらない。


「こんな良いものを…ありがとう!」


目を輝かせるナシトゲを見て、ミノシはまたカッカッカッと笑う。


「男ってほんとよくわかんない。まぁ武器は無いけどミノシじいちゃんがいらないって言うんだからそうなんでしょ。じゃあじいちゃん、ありがとね!」


双剣をホルダーに格納しながら、カトレアは店を出ようとする。

ナシトゲもミノシに一礼してそれに続いた。


その後ろ姿を見ながらミノシは目を細めて呟く。


「ファラオよ。お主…」


その声を聞く者はいない。


店の外に出たナシトゲは、身体いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。

そして振り向くと、店は既に蔦に覆われ、先ほど出てきた扉はもう見えなくなっていた。


「ほらナシトゲ!何してんの!?いくわよ!」


先行して歩いていたカトレアが、ナシトゲに呼びかける。

目の前で起こった不可思議な現象はまるで日常のようだ。

道ゆく人々も何も気にしていない。


「わかったよ!」


そう答えながら、ナシトゲはカトレアを追いかけた。



ーーーーーーーーーーーーーーー


ミノシの店を出て数時間。

夕暮れに街が赤く染まる頃合いになっていた。


ナシトゲとカトレアは街中で任海堂に関する情報を集めていた。

しかし、めぼしい情報はこれと言って無い状況だ。


「これからどうする?明日仕切り直すか?」


「そうね。人通りも少なくなってきたし…一回ギルドに寄ってから明日仕切り直しましょうか」


カトレアは両腕を天に上げる形で伸びをする。

カトレアの様子があまりにも普通すぎて、本当に呪われているのかと疑いたくなる。


ナシトゲが読破してきた異世界転生漫画のどれも、呪いを受けた本人たちは昏睡し苦しんでいた。


『セイジン』


『何でしょうか』


『本当にカトレアは呪われているのか?それに呪いがあるって事は解呪魔法とかないもんなのか?』


『解呪魔法は存在します。しかし、カトレアにかけられている呪いは特殊な術であるため、この世界の解呪魔法では解けません』


『そうなのか』


アテが外れたナシトゲは落胆のため息をつく。


『ちなみにですが、今回アナタはドリーム3のリーチすら出せずこの世界に来ています。そのためステータスの運は0』


『…改めて言うことでもないだろ』


『いえ、もし今回アナタの運が良ければこの問題はもっとすんなり解決できていたはずです。これもまた一つの呪いのようなものですね』


まさか、こんなところでドリーム3の結果が絡んでくるとは…。ナシトゲはカトレアの方を見ながら心の中で謝罪した。


その時だった。


「ぎゃあああああ!!!」


男の声。

悲鳴と呼ぶに相応しい声が、静まりかけていた街に響く。


「なんだ!?」


「ナシトゲ!こっち!!」


ナシトゲが辺りを見回している一方、カトレアは直ぐに声に反応し、走り出していた。

ナシトゲはカトレアを追う。


数百メートルほど走った後、カトレアは路地に入る。

路地は狭く薄暗いが、まるで猫のようにしなやかに障害物を避けるカトレア。


ナシトゲも続こうとするが、障害物につまづいてなかなか思うように進まない。


なんとか路地を抜けて、カトレアに追いつくと彼女の足元に何かが落ちていた。


「カトレア…って、うわぁぁ!」


カトレアに近づいたナシトゲは叫声を上げながら尻餅をつく。


死体だった。

冒険者らしき格好をした男の身体は、四肢がありえない方向に捻じ曲がっている。

辺りに広がる血溜まりが街灯の光を反射し、異臭で鼻が曲がりそうだ。


鮮魚店の店頭に並ぶ魚たちの光を失った目のように、倒れた男の目は虚空を見つめる。


現実世界で見た事のない、明らかに悪意に犯された人間の死体。

そのあまりの衝撃的な光景に、ナシトゲは目の前の景色が歪むような感覚に陥った。


心臓の鼓動は速くなり、頭痛が襲う。

息を吸えているのかもわからない。出来うる限りの深呼吸をして肺に酸素を送る。

こんな非日常は望んでいない。


カトレアは周囲を確認して、犯人と思われる人間がいないか警戒するが、誰もいない。

何かを見つけたカトレアが建物の壁に近づいた。


ナシトゲは依然硬直したまま、カトレアの行先を目で追った。


血で描かれた顔文字。

笑っているような顔文字を見てカトレアが呟く。


「スタンパーズ…」


何を言っているかナシトゲには理解できなかったが、刹那、脳内にセイジンの声が響く。


『警告。カトレアに危険が迫っています』


ナシトゲの脳はもはや処理をすることを諦めていた。

しかし、精一杯の声を絞り出す。


「カトレア!」


その震えた声を聞いたカトレアは瞬時に意を汲み取り身を翻す。

先程までカトレアが立っていた場所に全身を黒のマントのようなもので身を包み、頭にはフードを被った何者かが立っている。

カトレアの頭があった場所の壁には、襲撃者が握るダガーナイフが突き立てられていた。


カトレアが避けなければ、あのダガーナイフは容赦なくカトレアの頭部を捉えていただろう。


カトレアは身を翻すと同時に双剣を抜き、襲撃者に相対す。

ナシトゲはその背中をただ見つめることしかできなかった。


カトレアと目の前の襲撃者はお互いに一歩も動かない。


数分、もしかしたら数秒だったのかもしれないがナシトゲにはそう感じられた時間が経過する。


そんな重苦しい空気を壊し、先に動いたのは襲撃者だった。

予想に反し構えを解くと、ナシトゲたちに背を向け闇に去って行った。


去り際、フードの中の白髪と燃える炎のような赤い瞳をナシトゲは見た。


騒ぎを聞いて野次馬がだんだんと増えていた。

ある者は恐怖に怯えながら、ある者は好奇心から事件が起きた現場を遠巻きに眺めていた。


カトレアは襲撃者が去った方向をじっと見つめたまま動かない。


ほどなくして、騒ぎを聞きつけたのかパラティマがやってきた。傍にはギルドの職員らしき男が2人いた。

パラティマの姿を見て、やはり大事なのだと野次馬のざわめきはさらにヒートアップしている。

その野次馬をギルド職員たちは宥めながら、ここから離れるように指示を出している。


「ナシトゲ!カトレア!無事か!?何があった!」


駆けつけたパラティマは交互に2人を見て、大きな怪我がないことを確認すると安堵の表情を浮かべた。


「フードを被った奴にいきなり襲われたんだ。多分そこに倒れてる人を殺した奴だと思う」


ナシトゲは死体に目を向けず、報告する。

パラティマは一度死体の方を確認し、職員たちに死体を運ぶよう指示を出した。


男たちは手際良く死体に布をかける。

そして、1人の男が何やら唱えると地面から生えてきた樹木が担架のような形になった。

出来上がった担架に死体を乗せ、パラティマに一礼すると男たちは立ち去って行った。


「奴らよ」


小さく、しかし力のこもった声でカトレアが呟く。

そして視線を外すことなく右手をスッと上げ、あの壁の方を指差した。


パラティマはカトレアの指の先を追う。

そして、例の顔文字を見つけるとパラティマの顔に怒りの色が浮かんだ。


「スタンパーズか…。チッ、任海堂め」


「スタンパーズって?」


「ナシトゲは知らんだろうな。この世界でも知っている奴は少ない。街の奴らが知ったところで恐怖を広めてしまうだけだからな」


パラティマは続ける。


「スタンパーズってのは任海堂の実行部隊だ。奴らは自分たちが起こした事件現場に必ず被害者の血であんな風に顔文字を描く。これが何を意味しているのかは不明だが、いつからか俺たちはそうやって顔文字スタンプを残す者たちをスタンパーズと名付けたんだ」


「そして、私がこの前任海堂を追い詰めた時、奴らスタンパーズが任海堂のメンバーということがわかったの」


やっとこちらに向き直ったカトレア。

警戒状態では無くなったのか、先ほどまで纏っていた殺気は消え、いつも通りの快活な喋り口調に戻っている。


群がっていた野次馬たちは、すでに事態が収束したことを察してか散り散りになっていった。


その後ナシトゲとカトレアは、事件の詳細を共有するためパラティマと共にギルドへと戻った。


結果的にこの事件についてはギルドが調査し、ナシトゲたちはそのままカトレアの件に対処することで決着がついた。


ギルドから出ると、すっかり夜は更けていた。

あんな凄惨な事件が起こったなんて思えないほどの静寂だった。


ナシトゲは自分自身の気が昂っていることを感じていたが、疲れのせいか頭が回らない。


あけぼの亭に戻ると、アケボノが色々と質問してきたが、カトレアにその場を任せナシトゲは2階のソファに身を預けた。

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