第一章〜成すべきこと〜
夜は更け、窓から月明かりが差す。
この世界も月は一つで、散りばめられた星の中一際大きな存在感を示しているのは現実世界と変わらない。
大柄の男とその隣に赤茶色髪が特徴的な美しい女性が、テーブルを挟んだ向かいに座り、ナシトゲの隣には同じく赤茶色の髪を三つ編みにした女性が座っている。
テーブルには水の入ったグラスが4つ置かれているだけだ。
「信じらんない…」
いつの間にか合流していたカトレアが驚嘆の言葉を述べる。
店内の片付けが終わったマリサも、言葉こそなかったが目を丸くしていた。
2人もアケボノと同じく今回のターゲットだった。
セイジンによると、この世界の住人と会話することにより、その人物の解析が可能となるのだそうだ。
この世界に来たタイミングでセイジンが何も知らなかったのはそう言う理由らしい。
ナシトゲの話を聞き終えると、アケボノが席から立ち見下ろす。
「事情はわかった。カトレア、明日ナシトゲを冒険者ギルドに連れて行け。パラティマなら何かわかるだろう」
「えー!私が連れてくの!?」
冒険者ギルドと聞いて、カトレアは顔を歪ませる。
冒険者だと言うのに所属ギルドが苦手だとでも言うのか。
そんな娘の表情を見てもアケボノは態度を変える様子はなかった。
カトレアはうぅと低い唸り声をあげながら奥にある自分の部屋に向かう。
「ナシトゲ、今日はうちに泊まって行け。残念ながら空き部屋はないからソファでも使ってくれ」
「ありがとうございます、助かります」
感謝を述べると、アケボノは渋い顔をした。
その様子を不思議がっていると、アケボノが口を開く。
「…あー後な、お前のその丁寧な口調、むず痒いからやめてくれ。というか一般常識を女神さんから貰ったんならわかるだろ。そんな喋り方するのはお貴族様だけだ」
女神は“さん”で、貴族は“様”という発言から、彼は女神信者ではなさそうだ。
言われた通り、確かにこの世界で言葉遣いはさほど重要視されていない。
世界的に教育レベルが高いわけではなく、教育機関で子供の頃から学べるのは貴族ぐらい。
特に冒険者業界で丁寧な口調は逆に下に見られるため敬遠されているぐらいだ。
現実世界では上にも下にも敬語を使うことが(ハラスメント的な観点でも)身に染みている。
中々抜け出すことはできないかもしれないが、郷に入ったら郷に従えだ。
「わかった」
たどたどしいタメ口にアケボノは満足したように頷くと、明日の仕込みがあるからと一階に降りて行った。
誰もいなくなったリビング。
寝転がると、ソファは自分の体重で心地よく沈む。
すると、ナシトゲは急激な眠気と疲労に襲われた。
自分の中でも一、二を争うレベルの激動の1日。
明日のことや、今後の身の振り方をセイジンに相談しようと思ったのだが、睡魔に打ち勝つことはできなかった。
瞼が勝手に閉じる。
まぁ明日の事は明日考えればいい。
素性を打ち明けた事で緊張感がほぐれたからか、思考があまりにも楽観的だった。
きっと明日も何か起こる。
それでも…と思ったところでナシトゲは意識を保っていた手綱を手放した。
ーーーーーーーーーーーーー
「事情はわかったが…」
金髪碧眼。
見るからに重量がありそうな鎧を纏っている男は、ソファに座りながらこちらを見ている。
左の壁に立てかけられた、おそらく彼の相棒であろう大剣が威光を放つ。
相対するソファに座りながら、ナシトゲの隣で背筋を伸ばしているカトレア。
「あの…ギルドマスター。このことは内密にするようにってお父さんが…」
おずおずとカトレアが喋る。
昨夜の快活さはどこへ行ったのやら。
「ふん、当たり前だ。こんな話をしたところで誰が信じる。俺もアケボノの娘であるお前が言うから信じてるんだ」
冒険者ギルドマスター、若かりし頃は最強の冒険者として世界中に名を轟かせた男。
冒険者ギルドに向かう道中、カトレアはくれぐれも粗相の無いようにと釘を刺しながらパラティマの人物像を教えてくれた。
ギルドに着くと受付嬢2人がカトレアを歓迎し、5分ほど女子特有の何気ない雑談を交わした後、ナシトゲ自身も軽く挨拶をした。
カトレアがギルドマスターに会いたい旨を伝えると、受付嬢のピンク髪の方(もう一方は緑だ)がちょっと待ってねと言った直後、手のひらから光る鳥が現れて二階へと飛んでいった。
この世界で初めて魔法を目の当たりにして驚いていると、『ワタシはあんなに大層にしなくてもコミュニケーションできますが』とセイジンが謎の対抗意識を燃やしはじめ、笑いを堪えるのに必死だった。
しばらくするとピンク髪の元へ光る鳥が帰ってきた。
光る鳥はスッと主人の体の中へ溶け込んでいき、諸々の情報が伝わったのか、ピンク髪はカトレアの目を見てニコリと笑う。
「カトレア、ギルドマスター大丈夫だって」
了解と伝えたカトレアは徐に髪の毛を整え始める。
あんたもしなさいという意志のこもった視線を感じ、ナシトゲもそれに倣う。
二階へと向かい、そこそこ長めの廊下の奥に構えられた大層なドアの前でカトレアは姿勢を正すとドアをノックした。
間をおかずにドアの奥から低めの声で「入れ」と聞こえる。
ソファに座るパラティマを確認し、即座にセイジンに交信をする。
『セイジン、彼はどう?』
『どう?というのは些か抽象的ですが、この世界における彼の信頼度についてであれば、彼にあなたの出自を伝えても問題ないでしょう』
嫌味ったらしい言い方に若干ナシトゲの心はざわついたが、彼はAIなのだから仕方ない。
それに、抽象的な質問でもこの状況から判断して答えてくれるあたりは実際助かっているのだし。
そして、パラティマにナシトゲ自身の経緯を説明した。
会話の節々でカトレアが、お父さんが信頼してるだの、お父さんがよろしくって言っていただの補足した。
当のパラティマはアケボノと同じく、静かに聞いて、話が終わるやいなやふぅと大きく息を吐く。
「まさか、女神の加護を受けた奴を拝める日が来るだなんてな」
パラティマが立ち上がる。
立てかけられた大剣の横にある、彼の背丈ほどの本棚から一冊の本を取り出してきた。
「これは約千年前、かつてこの世界を救ったとされる英雄の物語だ」
受け取った本はそこそこな重量があった。
肌触りの良い表紙には【ファラオ伝説】と書かれている。
メィリオにもらった一般常識の中にこのファラオは登場する。
この世界をかつて救ったとされる英雄ファラオの物語を、子どもたちは絵本で学ぶ。
内容は確か…
「異なる世界から来たファラオは、女神から授かりし力で世界に平穏をもたらしたみたいな話よね。こんな分厚い本があるなんて知らなかったわ」
「ほとんどの奴は絵本以上のことを知らんからな。だがこの本はファラオについて興味深いことが書かれている」
「興味深いこと?」
「あぁ。この本はファラオと共に旅した仲間が書き記したものなのだが…すまんちょっと貸してくれ。えーと…」
パラティマは本をペラペラとめくる。
お目当てのページを見つけたのか、本を開いたまま、また渡してきた。
「ファラオは何か事件を解決すると、急にどこかへと姿を消すのだそうだ。そして次の章でまた突然現れて事件を解決する。絵本の内容だから俺も今の今まで気にしていなかったが、もしかするとこれはナシトゲと同じく、転移を繰り返していただけなのかもしれないな」
「え!?じゃあナシトゲって英雄様なの!?」
飛び上がるようにソファから腰を上げたカトレアは、目を丸くしてナシトゲの方を見る。
「いや、英雄なんて大層なもんじゃないよ」
否定したものの疑いの目は晴れない。
先程までと打って変わって品定めするようなカトレアの視線。
パラティマになんとかしてくれと視線で救援信号を出すと、カトレアの頭にチョップした。
グェッとカエルを潰したかのような音を出すカトレア。その光景を呆然と見つめるナシトゲ。
「カトレア、いったんお前は下がっていろ」
頭を摩りながら渋るカトレアに、パラティマは最終警告かのように顎をドアの方に振った。
カトレアは立ち上がると、後で詳しく聞かせなさいよとナシトゲに耳打ちして退出した。
その後ろ姿を見届けて、改めてパラティマの方へ向き直る。
「さて、ナシトゲ。お前が女神の遣いなのだとすれば、一つ頼みがある」
「というと?」
「カトレアのことを救ってやってくれないか」
「カトレアを?」
「あぁ。ここ最近、あいつのクエスト達成率が著しく悪い。腕が落ちているわけじゃねえ。この前タイマンで俺に一撃当てたぐらいだからな。だからこそおかしいんだ。運が無いというかなんというか」
「運が無いってそれはどうしようもないんじゃ…」
「だからこそ頼むって話だ。もちろんギルドとしても調査はしているが、なかなか解決せん。なんとかしてやってくれ」
なんとかしてやってくれと言われても…。
ナシトゲは困惑した。あまりにも手がかりが無さすぎるからだ。
当たり前だが現実世界で探偵業務に就いた事はないし、頭の回転が早い方でもない。
しかし、この明確な依頼にナシトゲの頭の中に一つの答えが浮かび上がる。
そして確認のために、ナシトゲは相棒に問いかけた。
『どう思う?』
『どうもこうもこれが今回の貴方のクエストのようですね。カトレアという力のある冒険者を救う事で、この世界の一助になります』
『だよなぁ…』
この世界には現実世界では考えられないような力が存在する。
平和ボケしたThe現代日本人であるナシトゲがどこまで立ち回れるか。
「やってくれるか?」
とはいえ、断る道理もなかった。
解決しなければあの女神に何を言われるか分かったもんじゃない。
ナシトゲはパラティマの目を見つめ、口を開く。
「善処するよ」
そう応えると、そうかそうか!と言いながら立ち上がり、座っていたナシトゲの両肩を掴み無理矢理立ち上がらせると、パラティマは嬉々として続ける。
「これまでの詳しい話やギルドとしての見解は受付の奴らに聞いてくれ。俺から聞いたと言えば詳細がわかるはずだ」
肩の自由を取り戻し(酷くジンジンする)、ナシトゲが部屋を出ようとすると、背中から頼んだぜと聞こえた。
それに応えるように頷き、部屋を後にする。
部屋を出ると、カトレアが廊下の突き当たり、階段の近くで待ち構えていた。
「なんの話してたのよ」
普段通りの声色で探りを入れてくる彼女に「君を助けるみたいだよ」と伝えると、はぁ?と声をあげ、続け様に「あんたが?あたしを??」「どうやって?」など言葉を浴びせられたが、それがわかれば苦労しない。
止まらない機関銃に体良く相槌を打ちながら、ナシトゲたちは受付を目指し階段を降りていった。
ーーーーーーーーーーーーー
一階に戻るとピンク髪の女性が受付で待ち構えていた。
彼女の肩には光る鳥が止まっている。
なるほどもう情報共有済みか。仕事が早い。
ピンク髪はこちらをみて微笑むと、奥の部屋へ行くよう指示してきた。
カトレアの後をついて行く形で、受付カウンター横の通路から奥の部屋へと向かう。
カトレアはノックもせずドアノブを手に取り、押した。
すると、部屋の中には緑髪の受付嬢がソファに座っていた。
彼女の目の前にある膝ぐらいの高さのテーブルには、さまざまな紙が置かれている。
促され、ソファに座ると緑髪が口を開く。
「いやぁあなたも大変な仕事だわね!」
非常に甲高い声だ。
とはいえ不快感はなく、アニメ声に近い。
肩まで伸びた髪を耳にかけながら、緑髪はこちらの応答を待たず、まだ続ける。
「ギルマスとうさから聞いてるだわね。カトレアのこと調べるんでしょ…って、あー!」
なんだ、何が起こったんだ。
あまりの大声にナシトゲは構える。
「自己紹介がまだだっただわね!アタシの名前はウサ!もう1人のメガネボブピンク髪が“うさ“!ひと呼んでギルドの美人ウサちゃんズ!!」
圧倒。
まさに圧倒。
ナシトゲたちに割り込む隙を見せず、彼女はまだまだ止まる気配がない。
「それでこれはカトレアについての調査記録だわね!ギルドとしてもAランク冒険者の不調は解決したいだわね」
隣で黙って聞いていたカトレアがテーブルから紙(資料と読んだ方が良い)を1部手に取り読み始めたので、ナシトゲも倣う様に手に取る。
そこにはカトレアのクエストの記録や、失敗した理由、それから考えられる可能性などなど細々したデータが記載されていた。
確かにある一点から急にクエストの失敗が続いている。
「単刀直入に言うだわね。カトレア、あんたおそらく呪われてるだわね」
「呪い?私が呪われてるって?」
カトレアの眉がピクリと動いた。
魔法がある世界だ、呪いだってあるだろう。
「そうだわね。あんたのクエストが失敗し始めた時期の一つ前のクエスト、これだわね。このクエストであんたが捕まえた犯罪者集団、覚えてるだわね?」
「任海堂…」
「任海堂だって!?」
ナシトゲは思わず立ち上がった。
そんなまさか、メィリオシリーズを手がけた任海堂の名前が何故この世界で使われているんだ。
「なに?あんた任海堂知ってんの?」
カトレアが訝しむような目で見つめる。
「いや、知ってるというかなんというか…」
現実世界では誰しもから愛される大企業。
その一挙手一投足に世界中のゲーマーは心を踊らせる。
そんな任海堂とは全く異なるこちらの世界の任海堂。
まさかな、と思いつつファラオが転移者であるかもしれないという可能性を考慮すると…
「知ってるんだけど知らないというか…ごめん、頭がぐちゃぐちゃだ」
結局、歯切れの悪い回答になってしまった。
カトレアは何かしら期待していたのだろう、明らかな失意の眼差しをナシトゲに向けている。
ナシトゲは助けを求めるようにウサの方に目をやると、彼女は何かを感じ取ってくれたらしく、ふふんと鼻を鳴らした。
「任海堂はあらゆる手段で目標を排除する暗殺者組織だわね。毒殺、暗殺お手のもの。もちろん、呪殺もだわね」
カトレアは手に持っていた資料を机の上に置くと、低く唸った。
右手の人差し指でこめかみ付近を触りながら、口を開く。
「呪いだとして、解呪方法はわかってるの?」
心中穏やかではないはずなのに、言葉に意志の力を感じる。
シンプルな言葉の裏に、この事態を自分の手で終わらせるのだという意志を。
曇りのない瞳で見つめられたウサは、にこりと笑った。
「わかんないだわね!それがわかってたら事件解決だわね!」
ウサのあまりにもあっけらかんとした回答に、部屋の空気が止まる。
流石Aランク冒険者。凄む表情が様になっている。
そんな覇気を一身に向けられながらもウサは笑顔を絶やさない。
わからないことはわからないのだ、自分は何も悪くない。だから早く調べてこいと言わんばかりの態度を見て、先に折れたのはカトレアだった。
深い深いため息が部屋に響く。
心中お察しします。
口には出さなかった。口に出すと先ほどの覇気がこちらに向けられてしまう。
手持ち無沙汰に資料を捲りながら、ソファの背もたれに体重をかける。
外はもう昼頃だろうか。昨夜食べたチキンライスのことを思い出して、腹が鳴った。
聞こえていたかもしれないが、誰も反応しなかったことに安堵する。
やらなければいけないことはわかった。
今回のクエストは【カトレアを救え】だ。
さて、どう動いたものか。




