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ドリーム3

さて、困った。


眼前に広がる広大な草原。

都心で暮らすゆうにとってそれは、日常生活でしばらく目にしていなかった光景だ。


呼吸するたび、肺に流れ込む空気は澄んでいる。

いつか仕事を定年退職したら田舎に住むのもありかもしれないと考えていたが、ここまで田舎じゃなくていい。


果てしなく広がる草原と雲ひとつない空の境界線に美しささえ感じる。


裕は自分の身体が満足に動くことを確認しながら、何故か履いている靴の紐を結び直す。


周囲に音が無いせいか、いつもより早く高鳴る心臓の鼓動がよく聞こえた。


そしてつぶやく。


「整理しよう」


ーーーーーーーーーーーーー


その日も平凡な1日だった。


朝5時、近所のジムで筋トレをする。

何かを目指しているわけではなく、ただ健康のために。

社会人5年目、アラサーという分類分けをされるようになった頃から顕著に出てきた腹を凹ませたい。それぐらいの願望があった。

学生時代水泳に明け暮れていた裕にとって自分の身体がだらしなくなっていくことが許せなかった。


飽きっぽい性格だからもしかしたら続かないかもしれないなんて思っていたが、なんとか1年継続できている。

先日帰省した際、風呂上がりに母親から、ジムに行っているのにお腹ぷにぷにだねと言われ、筋トレ熱が爆増中だ。


ジムが終われば仕事。

後輩も増え、最近は忙しくなってきたがそれなりにやりがいもある。

残業が多いわけでもなく、職場の人間関係も(おそらく)うまくやれていると思う。

先日久しぶりに会った大学の同期たちが、忙しくて休む暇なんてないという話題で盛り上がっているのを聞きながら、みんな大変だなぁなんて呑気に考えていた。


仕事が終われば帰宅。

就職を機に関西から東京にやってきた当時、大阪で人混みに慣れていたつもりだったが、その考えは最寄駅に着いた瞬間に否定された。

世代も国も関係なく、行き交う人々はまるで波のようだ。

やはりここは日本の中心なのだと感じざるを得ない。


今日は運が悪く座ることができなかったが、優先シート横の乗車口付近に陣取り、1時間弱電車に揺られた。


駅から自宅までは約10分。


秋に差し掛かった最近は、夜の風が心地いい。2週間前までは茹だるような暑さを恨んでいたことが嘘のようだ。


金曜日ということもあって、駅前には人が多い。

これから飲みにいくであろう人、もう既に顔が赤らんでいる人、所謂華金をみんな謳歌しているように見える。


下町情緒のあるこの街は東京であって東京ではない。

夜はそんなノスタルジックな感覚に拍車をかける。


通勤路の途中にある有名な神社は荘厳で、夜は時風に合わせて妖艶なライトアップがされている。

この空間だけどこか日常から切り取られた異質な雰囲気だ。

SNSにあまり関心がないけれど、これがきっと【映え】というものなのだと思う。

休日の昼間はよく観光客でごった返している。

とはいえ夜はその例ではないのだが。


自宅は10階建てのマンションの2階。

決して広いとは言えない7.5畳のワンルームだが、1人で暮らすには十分だし、何より家賃が(立地の割に)安いのが魅力だ。

しかも風呂トイレが別で、トイレにはウォシュレットまで付いている。

文句のつけようがないだろう。


脱いだスーツをハンガーに掛ける。

買い貯めていた菓子パンを一つ齧りながら、風呂を炊く。


10分ほどで出来た風呂に入り、1日の疲れを癒す。

ここまでが1日のルーティン。


そして


ここからは自由な時間だ。


パジャマに着替えたあと、デスクトップパソコンの電源を入れる。

就職1年目に購入したゲーミングPCは即座に青い光を放った。

そして3枚あるモニターの内、1枚に光が灯る。

遅れてその他2枚も起動し、それぞれ別々の画面が表示された。


椅子に腰掛け、慣れた手つきで開いたサイトの【ライブ配信】と書かれたボタンをクリックする。

瞬時に開かれた配信設定画面でタイトルや今日遊ぶゲームを打ち込む。


イヤフォンを装着し、水を一杯飲んだあと先ほどのサイトに表示されている【開始】ボタンをクリックした。


「はいどーも!みなさん今日もよしなに!」


そう、ここからは【ナシトゲ】としての時間。


社会人になってから始めた趣味。

(当時交際していた彼女に振られ)暇だからという理由で始めた配信だが、最近は観てくれる人が増えてきて素直に楽しい。


ハンドルネームはナシトゲ。

成し遂げるまで死ねるかというのが真名で、それを略してナシトゲ(まだ死ねるかはどこに行ったという質問には答えない)。


無理難題な企画に挑戦して成し遂げる様子を、観ている人に楽しんで欲しいという気持ちを込めた名前だ。


ここ1年は【ドリーム3】という企画に挑戦している。


世界で1番売れているメィリオカートシリーズの最新作【メィリオカート8ウルトラ】は、任海堂の人気キャラ女神メィリオを筆頭に、多数の任海堂キャラが実装されたレースゲームだ。

本来であればレースゲームとして楽しむのだが、ナシトゲは違う。


メィリオカート8ウルトラはシリーズ最多の96コースを所有している。

レース間にその96コースから次に走るコースを12人のユーザの投票で決めるシステムなのだが、そのコース選択画面にランダムで表示される3コースを当てるという企画を考え付き、日夜それに挑戦している。

ちなみに企画の条件は次の通り。


・3コースは必ず別々のコースが表示され、1レース前に走ったコースは必ず出ない。


・視聴者(ナシトゲを含む)は、コース選択画面が表示されるまでにコメント欄で各々3コースを予想する。


・2コース当てている場合、リーチと呼んでいるが、4つ目の選択肢【おまかせ】(おまかせは表示されている3コースが出る場合がある)から残りの1コースが選ばれた場合クリア。


・同じ予想を連続でエントリーすることはできない。


聞く分には簡単そうだが、ドンピシャで3つのコースを当てるとすれば約27万分の1という途方もない確率になる(数学は得意じゃないのでおそらくそれぐらい)。

1年間チャレンジしてきたが、まだクリア者は出ていない。


「今日も全然当たらんなぁ!くっそむずいわマジで!」


2時間ほど配信しただろうか。

今日もいつも通りクリアすることができなかった。

今週はリーチすら出ていない。

一体いつクリアできるのやら。


時刻は23時。


明日も早朝からジムということで配信を締めにかかる。


「ほないったん今日はここら辺で終わろか。また明日からも頑張ろ!おつとげー」


画面の向こう側にいる視聴者たちに別れを告げ、【終了】ボタンをクリックした。


配信画面を閉じると、一気に静寂が包む。

凝り固まった身体を目一杯伸ばす。

後は寝るだけ。


ここまではいつもと変わらない日常だったのだが、ここからが違った。


そう、ここからが違ったのだ。


ベッドに身体を放り投げようとした瞬間。


「あちゃー。今週もリーチ無しかぁ」


女性の声だった。


聞こえるはずのないそれに、脳は一瞬思考を止めたが即座に巡り始めた思考が一つの答えを弾き出した。


配信終わりに別の誰かの動画か配信が流れてしまったのだろう。

リーチという単語もきっと偶然に違いない。


恐る恐る、振り返る。


「なんの冗談だよ」


考えるより先に口に出た。

目の前にいるはずのない存在。

赤い帽子の真ん中に黒いMの文字。女神と呼ぶにはあまりにも庶民的なオーバーオール姿だが、背中に生えた真っ白な羽と美しすぎる顔立ちは女神と呼ぶに相応しい。


メィリオだった。

目の前にいるのはさっきまで遊んでいたゲームの主人公、女神メィリオだ。


事態を飲み込めない裕にメィリオは悪戯っぽく笑う。


「まぁそうなるわよね」


透き通った声は耳に届いたはずなのに、脳が処理する前にすり抜ける。

依然呆然としていると、メィリオが顔の前で手を振る。


「ねぇ聞いてる?おーい」


「いやいやなんの冗談だよ!」


さっき言ったかもしれない言葉をまた繰り返す。

今度はしっかりと相手に伝わるように。


「冗談じゃないし、あんたがあまりにもドリーム3クリアしないから来てやったのよ」


「来るって...」


「初めまして、で良いかしら?私はメィリオ。女神メィリオよ」


メィリオは自慢げにポーズを取りながら自己紹介をする。

知っているかだって?知っているに決まってる。


「ほ、本物?」


「本物に決まってるでしょ!こんな美しくて可愛くて素晴らしい女神が他にいるわけないじゃない!」


何を言っているのかまだ理解できない。こんなにも自分の脳が動かないのは年末年始に1週間ほぼ寝ずに配信をしていた時以来だ。

呆けている裕にメィリオは一歩近付き、畳み掛ける。


「だから、あんたがドリーム3クリアしないから来てやったのよ」


「ドリーム3ってあの?ちょっと待ってくれ、事態が飲み込めなさすぎる」


「うーん、理解が遅いわねぇ。前の時はもっとパパッと済んだんだけど」


頭をぽりぽりかきながら(全く女神らしくないそぶりだと思う)、メィリオはまぁ良いかと呟いた。


「私は女神として色んな世界を管轄してるんだけど、今とある世界でちょっとややこしい問題が起きててね。それをあんたに救って欲しいってわけ」


「は、はぁ」


「今からあんたを異世界に飛ばすんだけど、向こうでの能力値はあんたが今やってるドリーム3の1週間分の成果が反映されるのよ」


「は、はぁ」


「今週はひとつもリーチ出来てないし、結構やばいかもね。まぁでもこれだけは特典としてあげるわ」


メィリオの右手人差し指が額に触れる。

触れられている場所が仄かに熱を帯びてゆくのを感じた。


「女神の加護ってやつね。これで今回の転移中1度だけあんたは死なない。感謝しなさいよ」


なんて、傲慢な女神だ。

作中のメィリオは確かにお転婆ではあるが、もう少し穏やかで慈愛に満ちていたはず。

解釈不一致もいいところだ。


ただこの状況を異世界転生系の漫画を読み漁った経験のある裕は、次第に受け入れ始めていた。

この目の前の超常現象は、今自分が有する全てを使ったとしても抗うことはできないのだろう。


「本当は女神の加護を与える前なら拒否もできたんだけどね。ついノリで許可なくやっちゃった!」


グッと喉がなる。

ノリでやって良いことじゃないだろ。


「…やるしかないってことはわかったから少しだけ質問させてくれ」


まぁいいわよというメィリオの反応に続いて問う。


「まずひとつ。転生ではなく、転移なんだな?」


転生なのか転移なのか、これは非常に重要な話だ。

もし転生だった場合、赤ん坊から異世界で生活していくことになるわけで、自主的な活動ができるまでに数年を要してしまう。

一方で転移の場合、現在の身体能力のまま異世界に飛ばされるので、時間的な制約は転生より少ない。


もちろんどちらも一長一短なのだが。


「そうね、転移になるわ。ただしあんた今三十路手前よね。それだと動き辛いだろうから10代後半ぐらいに若返らせてあげるわ。特別にね!」


特別という言葉をやや強調気味に使う。

女神の口から三十路なんて言う俗物的な単語が出たことに少し驚いた。


「肉体が若返るのはありがたい。次に、転移であれば向こうの知識や言語なんかを予め貰うことはできるか?」


「もちろん。これも特別だけど、向こうでのコミュニケーションは問題ないようにするし、日常的な常識もインプットしといてあげる。それぐらい女神である私には大した作業じゃないわよ」


「では3つめ」


「何個あるのよ!」


「これで最後だ。さっき今回の転移って言ってたよな。それはどういう意味だ」


「なかなか鋭いじゃない。まぁでも言葉の通りよ。あんたはこれからこの世界ともうひとつの世界を行き来してもらうわ。さっきも言ったけど、向こうでのあんたの能力値は1週間分のドリーム3の結果に応じて割り振られる」


「ふむ」


「金曜日の夜、私があんたを異世界に飛ばす。そしてあんたが向こうの世界で困っている人を助けたら、私がまたこの世界に戻す。ここまで解った?」


「つまりミッションみたいなものがあって、それをクリアしたら俺はこの世界に戻って来れるんだな」


「まぁそんな感じね」


「あ、それともうひとつ」


なぜ俺なのか、と言う質問を投げかけようとするとメィリオが首を横に振った。


「もう時間よ。これからあなたを転移させる」


窓は閉め切られているはずなのに、どこからか急に冷たい風が頬を撫でた。

そして、メィリオの様子が先ほどまでと一変する。

部屋いっぱいに広げた羽。身体はふわりと地面から浮き、身体全体が白く光を放っている。


神々しさを纏う彼女の表情からは一切の感情が窺えない。


「貴方はこれからこことは異なる世界、メィリールへと転移します。女神メィリオが授ける力を持って、メィリールを救ってください」


その言葉を最後に裕の意識が遠のく。


様子が戻ったメィリオが何か言っているようだったが、全く聞こえない。


これから何が起きるのか。

襲いかかる不安とほんの少しのワクワクを抱きつつ、裕の意識は完全に切れた。


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