第9話「告白騒動と氷姫の審判」
天然無自覚なお花畑ヒロインと、冷静沈着な氷の公爵令嬢。
その関係は、どこか不思議な均衡で保たれていました。
けれど――
他人の「本気の想い」が交差する場面に、無邪気な言葉が突き刺さるとき、
氷のように静かな怒りが、初めて“心の奥”から溢れ出す。
今回は、ふたりの絆にひびが入る、大きな“すれ違い”の回です。
季節は春の終わり、学園では“恋の芽吹き”という名の錯覚が至る所で発生していた。
その日もまた、王立アルセリオ学園の中庭には、生徒たちが「それっぽい雰囲気」の告白劇場を繰り広げていた――
「ルミエール嬢! よければお付き合いを前提に、親しく……!」
「えっ?」
そう声をかけたのは、侯爵家の三男・アレクシス=ヘイル。
勉学優秀・騎士候補・ルックスも申し分なし――という、いわゆる「攻略対象になりそうな男子」である。
「僕は、あなたが学園祭で演じていた“恋の精霊”に、心を奪われまして……!」
「……えへへ、ありがとう? でもそれって、役のこと? わたし本人? それとも妄想のなかの何か?」
「……そ、それを含めて! すべて、君の魅力です!」
「えぇぇ~~~~っ!?!? ど、どど、どうしよう、リュシーっ!」
突然、傍観者から相談者へと名指しされた氷の公爵令嬢――リュシエンヌは、たまたま通りかかったはずの足をぴたりと止めた。
(……面倒な場面に遭遇しました)
周囲はざわめいていた。
「まさかあのフィオナ嬢に本気の告白!?」「しかも見てるのはリュシエンヌ様……!」「今……空気、凍ったよね……?」
「えっと……アレクシスさん?」
「は、はいっ!」
「わたし、今まで“告白”ってされる側だったことないから、ちょっと嬉しい……ような、恥ずかしいような……」
「そ、それはっ、光栄の極みですっ!」
「でもね、わたし……“ときめくかどうか”で判断しちゃうんだ」
「……はい?」
「アレクシスさんのこと、素敵だな~って思うけど……たぶん、“リュシーほど”じゃないの……」
沈黙が走った。
告白された相手の目の前で、別の女の子の名前を出すという天然地雷発言。
しかもその“別の女の子”が当のリュシエンヌ本人という、最大級の地雷原を華麗に踏み抜いた瞬間だった。
「っ……あ、そ、そう……でしたか……!」
アレクシスの顔が青ざめたまま、すうっとその場から下がっていく。
「……え、えっ!? なんで!? 私、なんか変なこと言った!?」
「フィオナ」
静かな声が響く。
リュシエンヌは彼女の前に立ち、じっとその瞳を見つめた。
「あなたは……他人の心を、踏みつけにしていると気づいていますか?」
「……えっ?」
「あなたは、悪気なく言葉を放つ。でもそれが、誰かの“想い”を、どれだけ壊しているか、考えたことはありますか?」
フィオナは初めて見るリュシエンヌの厳しい目に、思わず声を失った。
「ときめき、夢、運命――あなたの口癖でしょう。けれど、それが他人の真剣な想いを、“遊び”のようにしてしまっていることに、気づいて」
「……リュシー、そんなに怒らないで……」
「怒っていません。――ただ、失望しただけです」
言い終えると、リュシエンヌは背を向けて歩き出した。
残されたフィオナは、その場に立ち尽くし、ポツリとつぶやいた。
「……私、リュシーに、嫌われたの……?」
周囲のざわめきも聞こえない。
ただ、胸の奥で何かが“ぽろり”と崩れ落ちる音だけが――確かに聞こえた。
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その夜、寮の部屋。
ノックの音はなかった。
フィオナは扉の前で、何度も手を伸ばしては、引っ込めていた。
(謝りたい……けど、なんて言えばいいの?
私は、ただ、リュシーに……)
頬を濡らす涙が、初めて“後悔”の形をしていた。
今回もご覧いただきありがとうございました。
とうとう、フィオナの無邪気さが“人を傷つける”結果を生み、
そしてリュシエンヌの胸の内にあったものが、言葉として姿を現しました。
厳しい言葉を口にしたリュシエンヌも、また苦しんでいる。
言葉の意味を受け止めきれなかったフィオナも、今はただ戸惑っている。
ふたりの心の距離が、もっとも離れた回だったかもしれません。
けれど、それは決して壊れたわけではなく――本音を知るための“通過点”。
次回は、静かな夜を背景に、それぞれが抱える想いが交差するお話です。
どうぞ最後まで見届けていただければ幸いです。