第6話「王子様の勘違いと、氷姫の沈黙」
王子様とヒロイン――
誰もが憧れるような絵面ですが、そのヒロインが“距離感ゼロの天然お花畑”だった場合、話は大きく変わってきます。
今宵の学園は、そんな乙女ゲームのような構図を、本気で誤解し始めた王子様の思考と、冷徹公爵令嬢の沈黙でお送りします。
それでは、甘さゼロの“恋愛勘違い劇場”、第6話をどうぞ。
学園祭の余韻が冷めやらぬ月曜の朝――。
王立アルセリオ学園では、ある一人の青年が静かに考え込んでいた。
彼の名は、セドリック=アルフォンス=リオネス。
この国の第一王子にして、生徒会長、そして学園内人気ナンバーワンの正統派王子様である。
そんな完璧な彼が、祭の後からずっと悩んでいること――
「……まさか、ルミエール嬢が、私に……?」
先日の学園祭、“恋する喫茶フィオナ♡”で、彼はほんの軽い挨拶のつもりで「お似合いですね」と声をかけた。
フィオナは瞳を輝かせて、 「きゃ~♡ 王子様って、やっぱりそういう運命なんですねっ♡」 と返してきた。
……その時の笑顔が、妙に眩しくて忘れられない。
「いや……待て。これはきっと、そういう演出だったのだ……」
「いいえ、殿下。あれは本気でしたよ」
「やめろ、クロード」
呆れ顔で背後から現れたのは、側近にして冷静な助言役、クロード=ヴァン=カリスタ。
「殿下は勘違いされる側ではなく、“勘違いさせられてる側”です。よくあるテンプレというやつです」
「……テンプレとは、何だ?」
「異世界転生者の持ち込み概念です。最近は文化干渉の影響で、この学園でも流行しているようです」
「異世界……? まさか、ルミエール嬢は……?」
「その可能性は“高確率”と目されています。なんせ、昼休みに空へ向かって“マジカルパワー充填完了!”と叫んでいたそうなので」
「……すごいな。何がとは言わんが」
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その昼休み。
当の本人はというと――
「リュシー、あのねっ、今日もセドリック殿下に会ったの!」
「……でしょうね。あちらが避けようとしているにも関わらず、全力で突撃していましたから」
「ふふっ、やっぱり恋の導きって、止められないのよね~♡」
「その導き、妄想と図々しさでできていると思います」
「でもね、リュシー? たとえ私が王子様と結ばれても、リュシーとの親友契約は永遠不滅だよ!」
「まず“親友契約”など結んだ覚えはありませんし、そもそもあなたは何を目指しているのですか」
「世界平和と、恋愛成就!」
「それ、だいたいの乙女ゲームの最終目標ですね……」
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その日の放課後。
生徒会室で、セドリックはもう一度考えていた。
(ルミエール嬢……あの人は、何を考えているのだろう)
普通の女子生徒であれば、自分と接するときはどこか緊張するものだ。
だがフィオナは、むしろ距離を詰めてくる側だった。
しかもまったく悪気がなく、むしろ善意とときめきに満ちている。
(まさか、本当に……?)
「リュシエンヌ嬢。少し、話ができるだろうか」
そこに現れたのは、氷の公爵令嬢――リュシエンヌ・フォン・アルセリオ。
「殿下。何か問題でも?」
「ルミエール嬢についてだ。あの子は……私に、恋をしているのだろうか?」
リュシエンヌは、しばし無言。
そして、紅茶を一口飲み干したあと、ゆっくりと口を開いた。
「――恋、ですか」
「うむ」
「……フィオナの中での恋の定義は、相手が笑ってくれたかどうかで決まるもののようです」
「……え?」
「つまり、殿下が微笑んだだけで、彼女にとっては“運命の証明”なのです」
「そんな馬鹿な……」
「ええ、わたくしもそう思います。毎日思っています」
沈黙が流れる。
セドリックは頬を押さえ、軽く目を伏せて呟いた。
「……ルミエール嬢。あの子は、恐ろしい子だな」
「殿下、そのセリフ、今朝も教師が言っていました。流行っているのですか?」
「いや、つい……言いたくなるのだ」
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その日の夜。
「リュシー、今日ね、セドリック様が私の目を見て話してくれたの!」
「それは“お願いだから早くどいてくれ”という目でした」
「でも目が合ったのは事実っ♡ やっぱり運命なのよねぇ~♡」
「あなた、明日には婚約の噂を広めかねないわね……」
「じゃあ、婚約者ごっこしちゃおっか♡」
「……やめなさい。本当に怒りますよ」
今回もご覧いただきありがとうございました。
とうとう王太子殿下まで、フィオナの“天然無自覚乙女パワー”に巻き込まれてしまいました。
当のフィオナはまったく気づかず、相変わらずの恋愛モード全開。
そしてリュシエンヌは、またしても“火消し役”として疲弊していく日々を送っています。
しかし、フィオナが他人に“ときめき”を向けるたび、わずかに変化し始めるリュシエンヌの心。
その静かな揺らぎこそが、今後の鍵となるかもしれません。
次回は、氷のような彼女に、小さな“嫉妬”が芽生える瞬間――
どうぞ、お楽しみに。