第5話「学園祭とヒロインの大暴走」
学園祭――それは、貴族の社交デビューであり、才能を披露する舞台であり、そして何より“騒動”が起きやすいイベントです。
フィオナにとってはもちろん、「恋の奇跡が起こる日♡」に他なりません。
常識? 台本? 許可?
そんなものは彼女の辞書にはありません。
氷の公爵令嬢リュシエンヌが、かつてないほど頭を抱える第5話、どうぞお楽しみください。
王立アルセリオ学園における年に一度の一大行事――学園祭。
貴族子女たちが日ごろの成果を披露し、王族や領主の視察も入るこの催しは、格式と伝統に満ちた“社交の試練”でもある。
けれど。
「きゃー! フィオナちゃん、こっち向いて~♡」 「すごい可愛い……ヒロインみたい……いや、ヒロインか……」
今年の学園祭には、かつてない“新風”が吹いていた。
「えへへ~♡ わたし、実行委員にお願いして“恋する喫茶フィオナ♡”って名前の店、やらせてもらってるの!」
「……実行委員の許可?」
「うん、ノリで通しちゃった♪」
――まさかの、非公認恋愛カフェ開店である。
内装は全力で乙女ゲーム風、
衣装はピンク系メイド服(勝手に持参)、
店内には、「ご主人様と運命の出会いを♡」という非常に不穏な手書き看板。
当然ながら、生徒会も教師陣もざわついていた。
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その日、リュシエンヌは視察に訪れた王太子殿下に随行していた。
「……リュシエンヌ嬢、今年の祭は……なにやら騒がしいようですね」
「わたくしの監視下から、たった一日離れただけの結果です。愚かでした」
王太子の視線の先では、フィオナが“ピンクのティアラ”を頭に乗せて、客席の男子生徒に向かって手を振っている。
「運命のお茶会へようこそ~♡ 本日わたしは、恋の妖精フィオナです♡」
(恋の妖精など、二度と名乗らせない)
リュシエンヌの氷の瞳が一瞬鋭く光る。
「リュシー! 来てくれたの!? ね、ね、一緒にツーショットどう!?」
「断固拒否します。というより、それを撮影する道具をどこから入手したのですか。持ち込み禁止です」
「へへ、前世の知識ってやつ~!」
フィオナが掲げたのは、まさかの魔力駆動式携帯撮影鏡。
しかも、ちゃっかり“背景エフェクト”付きで、ハートが浮いていた。
「……即刻、使用をやめなさい。没収します」
「えー!? 思い出に残したいのにぃ~!」
「この騒ぎが“思い出”になるのは、わたくしとしては甚だ迷惑です」
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しかし問題はそれだけでは終わらなかった。
「リュシーっ、次のショー、見に来てほしいの! フィオナの“恋の歌劇”、見てくれる?」
「……それは、台本などの審査を経た正式な出し物でしょうか?」
「許可がないけど大丈夫! 愛があれば、何でも許されるんだよっ♡」
「許されません。少なくとも、この学園では」
実際、ショーの内容は――
フィオナが王子役(生徒役員を強引に巻き込み)と即興で恋愛劇を繰り広げ、最後は観客に「わたしの運命の人、どこかな~?」と問いかけるという、
観客巻き込み型の騒動誘発型演劇であった。
リュシエンヌは舞台袖で額を押さえていた。
(なぜ誰も彼女を止めなかったのか)
……止めようとした人々は、目をうるうるさせながら微笑む彼女の前に言葉を失い、見事に押し切られたらしい。
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学園祭閉会後。
「リュシー! ねぇねぇ、今日どうだった? わたし、輝いてた?」
「ええ。迷惑の意味で、学園の頂点に立っていました。実に目立っていましたとも」
「わあ♡ 褒められた!」
「褒めていません」
けれど、その口調はいつもより、ほんの少しだけ柔らかかった。
騒がしくて、面倒で、手間がかかって。
それでも、目を離すとすぐどこかへ駆け出してしまう彼女を、なぜか――置いていけない。
リュシエンヌはふと、自分でもよく分からない感情を紅茶に沈めた。
今回もご覧いただきありがとうございました。
ついにフィオナ、お花畑を飛び越えて“恋の精霊”に進化(?)しました。
魔法仕掛けの撮影鏡、即興演劇、そして謎のピンクメイド服。すべて彼女の仕業です。
これまで冷静沈着だったリュシエンヌも、思わず「無言の怒り」を見せるほど、今回の学園祭はかつてない混沌に包まれました。
とはいえ、そのすべてを受け止めてしまうあたり――やはり彼女は、**唯一無二の“親友”**なのでしょうね。
次回は、王子様まで巻き込まれていく予感。
どうぞ引き続き、お付き合いくださいませ。