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第4話「お花畑、婚約者に手を出す(未遂)」

婚約者のいる男子に無自覚で接近――

それは、乙女ゲームで最も“修羅場”を呼びやすい展開ですが、当の本人にその気がまったくなければ、逆に恐ろしい事態を引き起こします。


本日は、お花畑ヒロイン・フィオナが、ついに「貴族社会の地雷原」に片足を踏み込みかけるお話です。


冷酷無比な公爵令嬢が、今日も“火消し”に追われます。


王立アルセリオ学園では、昼食の時間になると中庭やテラス、廊下の窓辺に至るまで、生徒たちの社交の輪が広がっていく。


そして今日もまた、事件の中心地は――中庭の片隅だった。


「リュシー、お弁当の卵焼き、ちょーだい♡」


「……あなたの分、入っていなかったのですか?」


「入ってるけど、リュシーのが美味しそうで! ね? ねっ?」


「……一切れだけ」


「うふふ、ありがと~っ! 今日も氷の女神さまに祝福されました~!」


そんなピンクの嵐を浴びながらも、リュシエンヌ=フォン=アルセリオは表情一つ変えずに茶を啜っていた。


それが、日常。


……だったのだが。


「……ん? あれって、もしかしてフィオナ嬢じゃない?」


「……あの相手、マルセル侯爵家の嫡男よね? 確か、婚約者いたはず……」


午後、廊下の奥にて――。


フィオナ=ルミエールは、学園きっての才色兼備・マルセル家の若き当主候補に、ものすごく自然に話しかけていた。


「こんにちは~っ! その紅い髪、とっても素敵ですねっ!」


「……は? あ、ああ、ありがとう……?」


「私、前世で一度“紅の剣士”と恋をした夢を見たことがあるんですっ! なんだか、それを思い出しちゃって……」


「えっ……それって……俺のこと……?」


「ふふっ、運命って、あると思いませんか?」


完全に恋の始まり風の台詞だった。


ただし、彼には正式な婚約者がいる。


周囲の女子生徒の表情が、みるみるうちに青ざめる。


「まさか……あの子……!?」


「また“恋愛勘違い劇場”が始まった……! 婚約者がいるって知らないの!?」


いや、知っている。

知っていながら、**本人は完全に悪気ゼロの“乙女発言”**を連発しているだけである。


まさに天然の脅威。


そして――その場に、またしても颯爽と現れたのが。


「……フィオナ」


静かに廊下の空気が変わった。


銀髪に氷の瞳、冷たい風を連れてくるかのように、リュシエンヌが姿を現す。


「あ、リュシー! 紹介するね、この人――」


「その方は、昨年婚約を発表されたマルセル侯爵家の嫡男。公的な交際者がいる方に、曖昧な言葉を向けるべきではありません」


「えっ……あっ、そうなの? でも前世の夢の話だし、運命だし……」


「夢と運命と無神経を混同するのは、そろそろやめなさい。あなたの“乙女フィルター”では隠しきれない社会的被害が出ています」


「し、社会的……ひぃ、ごめんなさいぃっ!」


まるで反省しているようで、次の瞬間には「でもね、リュシーが迎えに来てくれたの、ちょっと嬉しいかも♡」と照れていた。


「誤解です。……あなたの“対人災害”に関して、被害拡大を防いだだけです」


「でもでも、リュシーの冷たい声って安心する~!」


「もう少しだけ、羞恥という感情を育てていただけると、わたくしとしても楽なのですが……」



---


その夜、寮の部屋。


リュシエンヌは紅茶を淹れながら、ふとため息をつく。


(今日もまた、学園の婚約者ネットワークを無自覚に撹乱した……)


フィオナの行動が、ただの“お花畑的な好意”であり、まったく恋愛対象としての自覚がないことはリュシエンヌが一番よく知っている。


だが、周囲には伝わらない。


(ほんの少しでも、本人に自覚があれば……いや、逆に面倒が増えるか)


「リュシー、入っていい? 怖い夢見たの……一緒に寝てもいいかな?」


「……今日だけです。あくまで、夢から覚めて騒がれても困るので」


「わ~い♡ リュシー、大好き~!」


「……まったく」


ふと見せたリュシエンヌの微笑みは、誰にも見られない場所でだけ咲く、儚い氷の花だった。


今回もご覧いただきありがとうございました。


フィオナの天然恋愛妄想力は、ついに婚約者のいる男子にまで炸裂しました。

……が、本人にまったく悪意がない分、対応がいっそう厄介という状況に、リュシエンヌの胃に氷が刺さるような毎日です。


それにしても、フィオナの“好き”と“ときめき”は、どこまでも自由で破壊的。

しかしそれに眉をひそめつつも、必ず迎えに行くリュシエンヌは、やはり彼女にとって唯一の“絶対領域”なのかもしれません。


次回はいよいよ学園祭。

トラブルの匂いしかしない舞台の幕が上がります。


どうぞ次回も、よろしくお願いいたします。


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