第10話「ふたりの夜と、すれ違いの心」
すれ違いの末に交わされなかった言葉。
怒りでもなく、嫌いでもなく――ただ、寂しさと拗らせた気持ちが、心の距離をつくっていた。
今回は、そんなふたりが初めて「本音」で向き合う夜。
涙と後悔、そして少しの勇気が、凍っていた心をそっと溶かしていきます。
第1章、静かな夜に幕を下ろす、第10話をどうぞ。
夜の帳が下り、静まり返った学園の寮棟。
明かりを落としたままのリュシエンヌの部屋では、淡い月光だけが、床をやさしく照らしていた。
本を読むふりをしながら、リュシエンヌはページを一向に進められずにいた。
(……言いすぎた)
誰かに失望した、と言ったのは、生まれて初めてだった。
だがあの言葉は、怒りでもなければ、嫌悪でもない。
――ただ、彼女の“笑顔が自分にだけ向けられない”ことに、胸がざわついた。
(私は何を、期待していたのかしら)
扉の向こうに、足音が立ち止まる気配がした。
……コン。
小さなノック。
そして、微かな声が続く。
「リュシー……いますか……?」
その声は、どこか怯えていて、けれど必死で。
「話したいことが、あります」
リュシエンヌは、数秒の沈黙のあと――
「入りなさい」
ゆっくりと扉が開かれた。
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入ってきたフィオナは、いつものふんわりした笑顔ではなかった。
目元には泣いた跡。手にはぎゅっと握ったハンカチ。
「この前……ごめんなさい」
「……」
「私、今までずっと、自分のことばっかりだった。ときめいたら嬉しくて、好きって言ってくれたら舞い上がって、リュシーが困ってても……ちゃんと、考えられてなかった」
リュシエンヌは黙って彼女を見つめていた。
「アレクシスさんにも、ひどいこと言っちゃった。リュシーの名前を出して、断っちゃったのに、悪気もなくて……」
「……それが、あなたの一番悪いところです」
「うん……わかってる。でもね」
フィオナは、胸の前で手を握りしめた。
「“リュシーのことが、一番好き”っていう気持ちは、ずっと嘘じゃないよ」
「……」
「誰かに好かれても、褒められても、ときめいても――
でも最後に思い出すのは、リュシーの顔なんだ」
「フィオナ」
「私、リュシーがいなくなるのが一番怖いの。だから、これからはちゃんと考える。ちゃんと、見て、感じて、謝って、伝える。わがままな親友じゃなくて……ちゃんと、“大切にできる親友”になりたい」
その言葉に、リュシエンヌの胸がふっと緩んだ。
無意識に張り詰めていた感情が、ほどけていくようだった。
「……あなたという人は、ほんとうに不器用で、迷惑で……でも、どうしてか放っておけない」
「それ、褒めてる?」
「けなしています」
「でも……声が、ちょっと優しい」
「気のせいです」
ふたりは、目を見合わせて、ふっと笑った。
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その夜、フィオナはリュシエンヌの隣で眠った。
いつも通り、いや、いつも以上にぴったりとくっついて。
「リュシーって、ほんとに温かいね……氷姫なのに」
「黙って寝なさい。でなければ、明日の紅茶は抜きです」
「……それは嫌っ!」
「なら、寝なさい」
「うん……おやすみ、リュシー……大好きだよ」
「……おやすみなさい。お花畑ヒロインさん」
その声は小さく、けれど確かに、
ほんの少しだけ――甘さを帯びていた。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
無邪気すぎるフィオナと、冷静すぎるリュシエンヌ――
正反対だからこそ、言葉にしなければすれ違ってしまう。
そんなふたりの“最初の本音”が交わされた、節目の回でした。
不器用で、遠回りで、でも確かに繋がっていく彼女たちの友情は、これから新しいステージへ。




