底辺おっさん戦士、『大器晩成』スキルが覚醒して最強に成り上がる!
ゴブリン退治だのコボルト退治だのというものは、古来より新人冒険者が賄うべき仕事とされており、必然、きゃつらの巣穴へ飛び込むのは、若者たちということになる。
だが、何事においても、例外というのはありうるもの……。
さる農村から依頼されたゴブリン退治の現場において、結成されて間もないだろう若手冒険者一党の中に、その例外を見い出すことができた。
鎧は、明らかに中古屋で見繕っている貧弱な皮製。
武器は、始めて闘技場に立たされた闘士が持つような、粗雑極まりない小剣。
盾もまた、どれだけ使い込んできたのだか知れぬガタがきたもの……。
総じて、見習い冒険者の見本と呼ぶべき身なりなのであるが、これをまとっている中身の方は、三十代も後半に突入しているだろう枯れた男なのだ。
体質なのか、髪の毛は一本も残ることなく、綺麗に抜け落ちており……。
顔立ちは整っているものの、どこか疲れというものを感じさせる雰囲気であり、剃りきれていない無精髭も、渋さではなくだらしなさを生み出している。
つまりは、くたびれ果てたおっさんの……戦士。
そのような男が、踏み込んだ洞窟内で、群がってくるゴブリン共の攻撃をどうにかしのいでいるのであった。
「ギイッ!」
「ガアッ!」
人語を介さぬ下等生物らが、石で作られた斧や槍をデタラメに振り回し、襲いかかってくる……。
だが、魔物としては最下級に位置付けられる種族なだけはあり、動作の一つ一つが――遅い。
しかも、皮装具でも十分に衝撃を受け止められるだろう石器で向かってきているのだから、これは、一人前と言わずとも、多少なりとも武器の使い方に慣れてきた戦士ならば、恐れることなく立ち向かい、たやすく倒しているはずだ。
なら、人生も佳境に達しているだろうこの戦士は、なんなのか……?
「――っ!?
ああっ! くそっ!」
額に青筋を浮かべ、両手は盾と小剣を必死に振り回して、ゴブリン共に立ち向かう。
いや、これは立ち向かっているというより、追い払おうとしているのか?
戦神の加護を受けているとは思えぬノロマな動きで、小剣も盾も遮二無二振り回しているだけなのだ。
相手が三匹ばかりのゴブリンだからこそ、戦いとして成立していた。
このおっさん戦士が壁役として攻撃を引き付け、癒し手の少女がいつでも介入できるよう精神集中し、攻撃術師の少年が頭上に火球を生み出し、膨れ上がらせる……。
一応、冒険者として典型的な戦法を実現している形である。
やがて、攻撃術師の少年が、力強く叫んだ。
「しゃあっ!
ぶちかますぜ!」
そのまま、頭上に浮かび上がらせていた火球を、ゴブリンたちに向かって撃ち放つ。
だが、こやつらはおっさん戦士が立ち向かっている最中であり、そんなことをすれば、当然……。
「――うおおおおおっ!?」
……敵のド真ん中で炸裂した火球の爆発に巻き込まれるような形で、おっさん戦士まで吹き飛ばされるのであった。
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「……ジェイソンさん、大丈夫ですか?」
焚き火の明かりに照らされ、戦士ジェイソンに向けて癒しの光を放ちながら、癒し手の少女ユナはそう問いかける。
癒し手というものは、あくまで治癒系スキルの発現によって任される役割であり、別段、神職である必要はない。
だが、他者の傷を癒すという性質から、戦神の使徒である冒険者内でもとりわけ神々に近い存在であると目されており、そういった文化からくる慣例により、彼女も尼さんの格好をしていた。
桃色の髪を二房の三つ編みにした彼女は、いかにも十代の少女らしい可憐さであり、何から何まで、自分とは対照的であると思わされるジェイソンである。
彼女の背後では、すでにゴブリン共を全滅させた巣穴が、ぽっかりと闇を広げていた。
依頼は、無事完了。
ただ一人の犠牲者も出していないし、巣のゴブリンを逃さず皆殺しにしたことは、確認済みだ。
おおよそ、完璧な仕事ぶりであるといってよい。
……仲間が、半ば同士討ちめいた形で全身に火傷を負ってさえいなければ。
「ああ、大丈夫だ。
そんなに心配するほどじゃない」
上半身裸となってユナの治療を受けていたジェイソンが、そう言いながら、くたびれた装備を装着し直した。
「そうだぜ。
大げさに吹っ飛んでたけど、大した火傷じゃねえさ」
焚き火を挟んだ反対側で、治療の様子を見ていた攻撃術師エレクが、肩をすくめてみせる。
ジェイソンが火傷を負ったのはエレクの放った火球が原因であることを思えば、なかなかにふてぶてしい態度だ。
あるいは、イキがっているという表現がふさわしいか。
わざわざ髪を赤く染めて逆立てたその様は、少しでも自分を大きく、強く見せようという威嚇じみた虚栄心の表れと思えた。
もっとも、そんなものを抱けるだけ、枯れたおっさんよりはマシであるに違いないが。
「エレク!
そんなこと言って! あなたが巻き添えにしなければ、ジェイソンさんだって火傷しなくて済んだのよ!」
「ユナ、いいんだ。
実際、あれでゴブリン野郎共を仕留めることができた」
この一党で依頼をこなすのはこれが三度目であり、心優しき癒し手がチンピラじみた攻撃術師に食ってかかるのも、これで三度目。
いい加減、慣れた想いで癒し手の娘を制する。
実際、この一党では決定打を放てるのはエレクだけであり、その判断を攻めるべきか否かは、難しいところであった。
何しろ……。
「――ハッ!
おっさんは自分の立場ってもんが分かってんじゃねえか!
まあ、その歳にもなって、なんのスキルも発現してねええ能無し戦士なんじゃ、しょうがねえよなあ!」
自分より弱い者をなじるというのは、よほどに楽しいものなのだろう。
地面にあぐらをかいて座ったエレクが、とても嬉しそうに口を開く。
「普通は、戦神様に誓いを立てて冒険者になった時点で、一つはスキルを授かるもんだ。
オレが火球を扱えるようになって、ユナが癒し手になれたみたいになあ。
それが、誓いを立てた当時に何も授かれなかったばかりか、今でもスキルが目覚めないなんてなあ?
あーあ、オレ、ちゃんとスキルが目覚めてんっとーによかったわあ」
「エレク!」
これは、例えるならば、生まれつき身体に不具合がある人間の特徴をあざ笑うようなもの……。
精神の醜悪さが垣間見える行為を咎めようとしたユナに、ジェイソンは片手を軽く上げた。
「いいんだ。
おおむね、エレクが言っている通りさ。
お前たちに拾ってもらえなければ、おれはまだ単独で薬草採取でもしている。
それにさっきのことだが、確かにおれは傷を負ったが、逆に考えれば、スキルで治療可能な程度の負傷しかしていない。
冒険というものは、基本的に無傷で済まないものだ。
だから、エレクの判断が間違っているかどうかというのは、簡単に決められることじゃないのさ」
「ハッ! 万年薬草拾いのおっさんが、熟練冒険者みたいなこと言うじゃねえか!
せいぜい、ありがたく思えよな。
オレらのおかげで、冒険者らしいことができてるんだからさあ?
ま、それも、オレたちが依頼を重ねて、ギルドランクを上げるまでの繋ぎだけどな!
こっちとしても、ちゃんとスキル持った有能な前衛が欲しいからよお」
ユナが、何か言いたそうな顔でこちらを見るが……。
ジェイソンは、何も返さない。
おおむね、その通りであると認識していた。
「へへ……というわけで、次の依頼はもうちょい手強いのを選ぼうぜ。
いい加減、コボルトやゴブリンの相手をするのも、飽きてきたからなあ。
なあ、いいだろ?
使ってるうちにオレの火球もユナの癒しも、少しずつ力が増してきてるしよお」
「それは……そうかも」
ユナが、今度ばかりはエレクに同意する。
ここまで、この一党がこなしてきたのは、なるほどゴブリンとコボルトの退治依頼だけだ。
この辺で、もう少し上等な依頼をこなすというのは、よく聞く話だった。
「分かった」
だから、ギルドに在籍してきた期間だけは長いジェイソンも、これに同意したのである。
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「な、なんだよ、こいつは……。
こんなの……こんなの聞いてねえぞ……っ!」
腰を抜かしたエレクの金切り声を、ジェイソンは血に倒れ伏しながら聞くこととなった。
まるで、全身が灼熱を帯びたかのようであり……。
体中から痛みの感覚が発せられている結果、激痛というものを感じているはずなのに、かえって意識はハッキリしてしまっている。
まあ、意識があったところで、今置かれている状況が絶体絶命であることは、なんら変わりないのであるが……。
「ゴッフ……」
一体、体の内側にどのような傷を負ったのだろうか?
うつ伏せに倒れた状態のまま、口から血を吐き出す。
もはや、指一本動かせない。
巣穴の奥で待ち受けていた強敵の蹴りを食らったジェイソンは、鞠のように地面を転がって洞窟の壁面へ激突。
完全に戦闘不能状態となっていたのだ。
「あ……ああ……」
それでも、目は動かすことができる。
視線の先では、地面にへたり込みながら震えるユナの後ろ姿があった。
彼女が見上げているモノ……。
それは、得意げに「キキッ」と笑っている数匹のゴブリン共と、それを従える君主の姿だ。
そう、君主である。
小鬼という別名から察せられる通り、通常、ゴブリンという魔物は、子供と同程度の背丈しかない。
だが、一部の特別な個体は異なった。
成人と同等か、それ以上の巨体に成長するのである。
巨体と生半可な戦士以上の怪力を備えるようになると、その個体はホブと呼ばれるようになった。
では、ジェイソンを蹴り飛ばした個体はそのホブであるのか?
……いや、単なる力自慢を指して、君主と呼びはしない。
そいつの背丈は、ジェイソンと同等程度。
どこでどうやって調達したのか、大きさこそやや合わないものの、金属製の全身鎧を装着し、腰にはいまだ抜かれていない長剣を帯びていた。
そして、何よりの特徴として……ボロ布とはいえマントをまとい、頭には動物の骨で作られた冠まで被っているのだ。
ゆえに、戦士でも剣士でもなく、君主。
この特異な個体をどう呼称するか、ジェイソンは知識として知っている。
すなわち……。
「ゴブリンロード……」
「ろ、ロードだあっ!?
依頼は、ホブが作った群れの殲滅だろおっ!?」
ジェイソンのつぶやきを聞き取ったか、エレクがまたも甲高い声で叫んだ。
その様が、気に触ったのか……。
「ケケーッ!」
「キキーッ!」
取り巻き根性を発揮し、ロードの背後にいた雑魚ゴブリン共は、重症のジェイソンでも女のユナでもなく、エレクを標的にした。
「――ガッ!?
ギャア……!?」
精神の動揺は、火球を生み出すことすら許さなかったか……。
ゴブリンたちにのしかかられ、ひたすらに石器で打ち据えられたエレクが、痛々しい悲鳴を上げる。
だが、すぐにそれは聞こえなくなり……。
「ケーッ!」
代わって、勝ち誇るゴブリンの雄叫びが洞窟内に反響した。
「ク……ソが……」
ジェイソンはその様子を、血に這いつくばりながら眺めるだけだ。
これで、ノコノコと洞窟に踏み込んできた冒険者は残り二人。
だが、ジェイソンはこの通り死に体であり、ユナもまた、呆然と座り込むだけである。
悔しかった。
胸中では、激しいと形容することすら生温いほどの怒りが猛り狂っていた。
なんに対する怒りか?
自分を痛めつけたゴブリンロードに対する怒りでも、仲間――そう仲間だ――を殺った手下のゴブリン共に対する怒りでもない。
ただ、自分自身への怒りがそこにある。
自分はこんな所で無様に這いつくばって、何をしているというのか?
せめて、ユナだけでも逃げられるよう盾となるのが、戦士として果たすべき役割ではないのか?
ジェイソンがもっとまともな戦士だったならば……。
スキルを発現さえしていれば……。
せめて、若者二人を逃がすくらいのことはできたのではないか?
そうであれば、この絶望的な状況も、もう少しマシなものとして受け入れられたに違いないのだ。
「ふざけ……やがって……!」
この口汚い言葉は、何者に対して向けられたものか?
あるいはそれは、運命と呼ぶべきものであったのかもしれない。
ならば、これは最高に皮肉な結果だろう。
罵倒を向けられたその瞬間に、ようやく枯れ果てた戦士へ祝福をもたらしたのだから……。
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――エレクが死んだ。
――次はジェイソンさんが殺される。
――そして、自分はおぞましいことをされることになる。
恐怖と怯えにより地面へへたり込んだユナは、同時にそのような思考を巡らせていた。
ゴブリンのような人型をしたモンスターが、いかような獣性を潜ませているかなど、冒険者でなくとも知っていることだ。
それを避けたいならば、速やかな自決が望ましい。
だが、それをするだけの決断力も勇気も、ユナには不足していたのである。
だから、震えながら目を閉じて待つ。
ロードの指図を受け、背後で倒れるジェイソンに向かっていった手下のゴブリンたちが、彼にトドメを刺すのを……。
その後、自分に訪れる絶望の時を……。
だが、背後から響いたのはジェイソンが漏らす苦悶の声でも、ましてや断末魔でもない。
「ゲァーッ!?」
「ギィーッ!?」
彼を殺そうとしていたはずのゴブリンらが発する悲鳴であったのだ。
いや、そればかりではない……。
「グルル……!」
自分を見下ろしていたロードが、明らかに警戒した眼差しで背後を見ているのであった。
「――っ!」
ユナを振り向かせたのは、冒険者の本能というより、わずかな希望も見逃さない生物としての本能である。
果たして、そこに立っていた者……。
それは、ゴブリンから奪った石斧を手にしたジェイソンであったのだ。
相手が最下級の魔物であるとはいえ、なんという早技か。
彼を殺そうとしていたはずのゴブリンたちは、ことごとくが頭をかち割られ、あるいはどうやったのか首の骨をへし折られ……。
致命傷を与えられ、地面に倒れていた。
「ジェイソン……さん……?」
疑問の念が含まれた声で聞いてしまったのは、戦士の姿が、明らかに先ほどまでのものではなかったからだ。
姿かたちが変わったわけではない。
しかし、全身を構成する肉片の一つに至るまで殺気が満ち満ちており、ギルドで見かける他の熟練戦士と比べてもそん色ない……。
いや、それ以上のスキの無さなのである。
「……かかってこい」
ジェイソンが、ゴブリンロードを手招きした。
余分な口をきかないのもまた、スゴ味が感じられるところである。
「――ガアッ!」
対して、叫び声で返してしまうのは、特別な個体とはいえ、しょせんゴブリンはゴブリンということか……。
ロードが、腰の剣を引き抜いてジェイソンに襲いかかった。
「……ふん」
そこからジェイソンが見せた動きの、なんというキレだろうか。
遮二無二に振られたロードの斬撃は、いずれもが寸でのところで見切られ、回避される。
一方、ジェイソンは攻撃の回避に専念しながらも、腰のベルトを解いて引き抜いており……。
また斬撃を避けたところで、そのベルトが鞭のようにしなり、ロードの両目を引っぱたく。
「――ギアッ!?」
戦闘中に目を閉じるとは自殺行為だが、こうも強烈な一撃を受けては、たまらない。
ロードが片手で両目を抑え込む。
「――しっ!」
そこを見逃すジェイソンではない。
踊り子もかくやという華麗なひねりを加えての跳躍から、叩き落すような蹴りをロードに見舞ったのだ。
それは、ロードの脳天を叩き割るように直撃し、先ほどまでは洞窟の主がごときだった魔物を地に這いつくばらせる。
「――ふん!」
だが、ジェイソンの攻撃はそれで終わらない。
倒れたロードと対照的に美しい着地を果たした彼は、手下のゴブリンから奪った石斧を振り下ろしたのだ。
――ガッ!
……という、鈍い音が響く。
それで、ゴブリンロードは動かなくなった。
なんという、鮮やかな手際……。
あれだけ強大に思えたゴブリンの君主が、赤子扱いだ。
「ふん……」
鼻を鳴らしたジェイソンが、手にした石斧を放り捨てる。
それで、ようやくユナも正気に戻ることができた。
「ジェイソンさん。
今のは……?」
「どうも、遅まきながらスキルが芽生えたらしい……。
戦神様が告げていったところによると、『大器晩成』というスキルだ」
湧き上がった力が信じられなかったか……。
ジェイソンは、自分の手を見ながらそう語ったのである。
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貴重な村の貨幣をかき集め、一縷の望みを託す……。
冒険者ギルドへ依頼に来る農村部の若者たちというのは、おおよそそういった境遇を経ているものであり、で、あるからには、ギルドにたむろしているのが少しでも強そうな冒険者であるようにと祈るのは、当然のことであろう。
「おい、見ろよ……。
おっさんの戦士だ……」
「ああ……。
普通、あんなに年を食っちまったら、引退するもんだろ?」
「ここのギルド、外れじゃねえのか?」
だから、自分たちの依頼も貼られている掲示板の前に、一人のくたびれた――それもハゲている中年戦士が立ち止まった時、ギルドの片隅で見守っている若者たちがヒソヒソ話を始めてしまったのは、無理もない。
怪物を倒せる冒険者ならば、誰でもいい。
逆に言うなら、倒せない程度の人間に来られても困るのだ。
「おいおい、お前ら。
あのおっさんを知らねえのか?」
だが、そんな彼らにいかにも事情通といった冒険者が、ニヤニヤしながら話しかけたのである。
「あれが、このギルドで一番の腕利きさ。
世界一カッコイイ、遅咲きの戦士だよ」
お読み頂きありがとうございます。
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