7 揺れる思いと変わらない想い
ディアンが惚れ薬を飲んで、二十日目。その朝。
今日も顔を出さないな、と思いながら、メアリーは一人で、起こし終えた土に植えた苗の様子や、蒔いた種から出てきた芽の様子を確認するなどの畑仕事をしていた。
約三十年ぶりに出現した、冥界の化け物への対応に聖職者や聖騎士たちは追われ、ディアンもその仕事を放る訳にもいかず、
『すまない。暫くは、畑仕事を手伝えなくなってしまった。通常時になったら、また、手伝わせて貰っても良いだろうか?』
メアリーはそれに、はい、と答えたけれど。
「……そろそろ、薬の効果、切れ始める頃だし……」
メアリーは、呟くように言う。
惚れ薬の効果が切れて、ディアンが正気に戻ったら、もう一緒に、畑仕事は出来ない。
そう、思ってしまう自分がいて、それが情けなくて。
「ディアンさん……あ、呼び方も、もとに戻るのかな……」
それに気付いて、嫌だと思う自分がいて。
「……名前くらいなら……許してくれるかな……」
メアリーは呟くように言いながら、着けている髪留めに触れた。
それから、三日が経って。
「おはよう、メアリー」
聞こえたその声に、メアリーは振り向いて、
「すまない、ずっと顔を出せなくて。やっと、通常運転に戻ったんだ。……畑仕事、手伝っても良いだろうか」
少しだけ、以前の雰囲気を取り戻しているディアンが、申し訳なさそうな顔をして立っているのを見て、
「……ディアンさんが、良いなら」
残りは、長くても、あと一週間だけれど。
そう思いながら、メアリーは微笑む。
「……メアリー……」
騎士服姿のディアンは、困ったような顔をして、
「だから、そういう顔を、……今は俺だけだから、良いか……」
こっちに歩いてきながら、そんなことを言うから。
「そうですね。今は私とディアンさんだけなので。けど、他に人がいたら、気を付けます」
メアリーはディアンへ笑顔を向けて、そう言った。
◇
効果は長くて、一ヶ月。
その薬を飲んで、今日が、三十日目。
切れているのか、どうなのか。自分ではよく分からないと思いながら、ディアンは聖堂で、祝詞を暗誦する。
最近のメアリーは、どこか、寂しさのある顔を見せてくる。
今朝だって、そうだ。
『……体調、どうですか?』
そう聞かれて、変わりないと答えた。
そうしたら、メアリーは、
『……そうですか……そろそろ、の筈なので、そうなったら教えて下さいね』
と、寂しそうな笑顔を見せた。
今も変わらず愛してると、その場で伝えたけれど。
『まあ、はい』
メアリーは一瞬、複雑な表情をして、
『ありがとうございます。ディアンさん』
また、寂しそうに笑った。
「──聖騎士たる者、いついかなる時も、主神を、そして誇りを、忘るる事勿れ」
祝詞を終えて、聖堂を満たすように放っていたイエディミナルを弱めていく。
「ディアン。どうよ? 今日で一ヶ月だよな?」
仲間の一人が、聞いてくる。
「一ヶ月だが……いまいち、分からない」
「何がどう分からないんだ?」
また別の仲間に聞かれて、
「メアリーを好きなのは変わってない。愛しいと思う。だが、薬の効果がどうなってるのかは、分からない。もう、切れているのか、まだ残っているのか……」
ディアンはうつむきがちに、両手を握ったり開いたりしながら、言う。
「雰囲気は大体戻ってるな」
「そうだな。戻ってる。けど、名前で呼んでるし、フツーに愛しいとか言ってるし」
「こう、混ざったんじゃねぇか? 今までのお前と、惚れ薬を飲んでからのお前がさ」
仲間たちに言われ、
「混ざった……なるほど……」
ディアンの、納得がいったというような反応に。
「……うん、マジで戻ってるな」
「こっからが踏ん張りどころだな」
「頑張って口説けよ」
「今度こそ射止めろよ」
「頑張れよ」
「頑張りまくれよ」
仲間たちはまた、頑張れ頑張れと、ディアンに言った。