4 デートの誘い
「メアリー。次の定休日は、何か予定があったりするのだろうか?」
ディアンが惚れ薬を飲んで、一週間。今日も来たな、とメアリーは思いながら、ディアンと畑仕事をして、それを終えて、作業場に入って。
毎日何かしらくれるディアンから、今度はネックレスを貰ってしまったと思っていたメアリーは、
「はい? どういうことです?」
その質問の意図が読めずに、作業台でケースを開け、見つめてしまっていたネックレスから顔を上げて、ディアンへ顔を向け首を傾げた。
「いや、何も予定がなければ、だが。君をデートに誘いたいと思ってな。ああ。ちゃんと休暇の申請はする。予定があるならあるで、それが俺にも手伝えることなら、ぜひ、手伝わせて貰いたいが」
「はあ、そういう……え? デート?」
「そう、デートだ。君を振り向かせるための」
目を丸くしたメアリーに、ディアンは微笑みながら、真剣な眼差しを向けてくる。
デートなど、生まれてこのかた、一度も経験がない。……ではなく。
「……えー……すみませんが、ディアンさん。午前中は予定があります、ので」
ディアンに、着けてくれないかと言われて、しょうがないから、と、髪を一房編んで、貰った髪留めで留めているメアリーは、目を泳がせる。
「どんな予定だろうか。それと、午前中だけなら、午後は空いているのか?」
全く引いてくれないどころか、少し距離を詰めて聞いてくるディアンに、メアリーは狼狽えそうになりながら、
「午前中の、予定はですね……発注した荷物が届く予定なので、それを受け取って、中身を確認して、などの作業です。午後は、……今のところ、空いてますが……」
「なら、午前中はその手伝いをして、午後にデート、というプランはどうだろうか」
「えー……手伝ってくれるのは有り難いですが……その、デート……は、具体的に……?」
オロオロしているメアリーを可愛いと思っているディアンに、そして、午前も午後も一緒に居られるかも知れないという期待に胸を踊らせているディアンに、メアリーは、気付かない。
「デートはな、色々と候補を考えていたんだ。午後ということなら、メアリー。君は劇が好きだと、記憶しているが。劇団に興味は、あるだろうか」
「劇団?」
「ああ。ムルメア劇団という名前なんだがな。今は隣の街にいて、定休日の前日に、その劇団がアンドレアスに来る予定なんだ。劇を観て、お茶をして、というのを考えの一つに入れていたんだが、どうだろうか?」
ディアンが言った通り、メアリーは劇が好きだ。去年も、一度だけだが、別の劇団がアンドレアスに来た時に、観に行った。
「それは、どのような演目で……ぁ」
興味をそそられてしまい、ぽろりと零れたその言葉に、メアリーは、しまったと思う。
「今、演ってるのは『トゥルペの姫騎士物語』らしい。だから、時期からしても、同じものを演ると思う」
その演目は、以前にメアリーが、小さい頃に観て好きになったと、ディアンや周りに話したことのあるもので。
「……では……お言葉に甘えて……」
また観たい、という気持ちに押されて、おずおずと、頷いてしまう。
「良かった」
ディアンは、頷く仕草も愛おしいと思いながら。
「その日が今から待ち遠しいよ、メアリー。君と初めてのデートだからな。しっかりエスコートする」
「ど、どうも……」
◇
「もう、どうすればいいと思いますか?!」
デートの誘いを受けてしまった、その昼。
店のカウンターで頭を抱えるメアリーに、
「デート、普通に楽しめば良いんじゃない?」
椅子に座って、カウンターに頬杖をつきながら、友人のベラは言う。
ベラは、今年で十八歳になる、大衆食堂の一人娘であり、メアリーの友人であり、常連客だ。
「受けてしまったからには! 当日頑張りますけど! それ以前にディアンさんの振る舞いが! 心臓に悪いんですよ! 自分が招いたことですけど!」
「んー……まあねぇ……」
半分当たりで、半分間違いかな、と、ベラは思う。
そんなベラが、この状態のメアリーをどうしようかと軽く頭を振り、その拍子に、後ろで高く結わえている茶色の髪が揺れた。
ベラは、ディアンがメアリーに惚れているのを知っている。惚れ薬を飲む前から、惚れていたのを。
ベラに限らず、店に通う人間は皆、それを把握しているし、アンドレアスの住民たちも、下手をすれば半分以上が知っている。
ディアンが堅物なのは有名な話だったし、そのディアンが一目惚れした、という話は、あっという間に広まった。
その相手がメアリーだということも、半分セットのように広まった訳だが。
あのディアンのことだし、下手に手を出すと逆に引っ込むだろうから静観しよう、というのが、皆の意見としてあった。のが、ディアンが惚れ薬を飲む、ということにまで発展した原因の一つでもある。
「ていうか、劇団来るの、知らなかったな。私も誘って観に行こうかな」
ベラには婚約者が居て、今年の秋に結婚式を挙げる予定だ。その婚約者は、ベラの食堂で料理人として働いていて、食堂の後を継ぐことになっている。
「それは良いと思います! でも、その、で、デート……! デートって、何をどうすれば良いんですか?! 着ていくものすら分からないんです!」
真っ赤な顔をして、涙目で訴えてくるメアリーに、
「おめかし。めかしこめ。可愛い格好をするの」
「可愛い格好てどんなのですか?!」
こりゃ駄目だ、と思ったベラは、
「私、まだ時間あるし。服とか見繕ってあげる」
と、椅子から立ち上がった。
誤字修正しました。報告ありがとうございます。