2 畑仕事
「おはようメアリー。その姿の君も、当たり前に美しいな。ああ、可愛らしさもある。それで、俺は何を手伝えばいい?」
日が昇り始める頃に、店の裏に姿を見せたディアンに、本当に来たな、と、メアリーは達観したように思いながら返事をする。
「今からするのは畑の土起こしです。……ディアンさん、本当に、畑仕事、出来るんですか?」
「出来る。昨日、言っただろう? 俺のはもともと、この領の農民の息子で、聖騎士になる前は毎日のように畑仕事をしていたと」
昨日、メアリーの目の前で惚れ薬を飲んだディアンは、
『メアリー。君はいつも、薬草畑の手入れをしているんだよな。手伝わせてくれないか。君の力になりたい』
そんなことを言ってきた。
今の季節は、春の初め。メアリーは、越冬する薬草だけを畑に残し、それ以外は冬になる前に加工や保存処理などを施して、それらは今、地下の保管室に仕舞われている。
まだ弟子を持てない立場のメアリーは、店舗兼住居の裏にある畑の手入れを、そんなふうにして、いつも一人で行っていた。
今も、それ用の格好をしている。
防塵・防水・防刃、そして季節の関係で防寒の魔法を施した、ツナギのような作業着を着て、髪を粗雑に纏めて、鍬を持っている。およそ、年頃の女性のする姿ではないそれを見たディアンは、美しくて可愛いと言った。
惚れ薬の効果は絶大だ。そう思うと同時に、まあ、それも長くて一ヶ月だしな、とメアリーは思う。
惚れ薬は、名の通りに『薬』だ。持続的な効果を狙うなら、継続して接種しなければならない。
だから、ディアンに依頼をされた時、その説明もした。ディアンはそれを了承した。
なので、惚れているとはいえそれは一時的なものだと、ディアン自身、理解している。と、メアリーは思っている。
「ならどうして、騎士服で来たんですかね。汚れますよ?」
聖騎士の服は、三種類ある。国際的な場で着用する、公式な式典用の絢爛豪華なもの。領地での式典用の、少し控えめになるが、これまた絢爛豪華なもの。そして通常時の、それでも豪華なもの。の、三種類だ。剣もそれに応じて、三種類ある。
メアリーに言われたディアンは、「ああ、君が気にする必要はない。大丈夫だ」と、房飾りの一つを指で軽く弾きながら言った。
「別に汚れても、構わないからな。簡単な防護の魔法はかけられているし、そもそも、訓練や戦闘時に着るものだ。破損なんて日常茶飯事だよ」
昇る朝日に、ディアンの金の髪と騎士服の金糸銀糸装飾諸々が、煌めく。
「……分かりました。ですけど、私の気が引けるので、防護などを重ねがけさせて下さい」
メアリーは言いながらディアンのもとへ歩いていき、その胸元に手をかざす。そして呪文のみの魔法で、自分のツナギと同じ、防塵・防水・防刃・防寒を、騎士服にかける。
「これで終了です。税金から作られてるんですから、もっと大切に使って下さい。あと、鍬は倉庫に……ディアンさん?」
メアリーがディアンを見上げれば、驚いたような顔で、こちらを凝視していた。
「? なんですか? 畑仕事、しないならしないで、通常業務に戻ったらいいと思いますよ?」
「──あっ、いや、……初めて、メアリーが、俺に魔法を使ってくれたなと、少し、驚いてしまって」
ディアンはそう言ったあと、嬉しそうな顔になり、
「ありがとう、メアリー。もともとのやる気が、万倍になった。鍬は倉庫と、言ったな。取ってくるから待っててくれ」
倉庫へ向かうディアンを見ながら、本当に、薬の効果は絶大だ。メアリーはそう思った。
◇
昨日、ファーストネームで呼んでくれないかと頼み、今日、それが現実になっていること。
メアリーが、間接的にでも、自分を気にかけてくれたこと。
それらの事実に頬を緩めてしまいそうになりながら、ディアンは鍬で、畑の土を起こしていく。
「メアリー、一つ、聞いても良いか?」
この作業も、何年振りか。十五で聖騎士見習いになったのだから、六年か。ディアンは、そんなことを考えながら、
「仕事で、別の魔法使いの畑作業を見たことがあるんだがな。その魔法使いは、全ての作業を魔法で行っていたんだが……人によって、やり方が違うものなのか?」
「そうですね。違いますね。このやり方は、師匠直伝ですし、少数派だと思います」
少し間隔を空けた隣で、手慣れた動きで土起こしをしながら、メアリーが答える。
「全てを魔法でやる、というのは、効率重視の人が多いですね。それとメリットとして、土に直接、魔力を混ぜることができます。ですけど師匠は、こちらを選びました。畑や土の具合を詳細に知れるのと、それによって、混ぜる魔力の濃度や種類を変えるためですね。師匠は手間をかける人なので。私もそれに倣っています」
「そうなのか……ん? それなら、俺がやっている区画の土の様子は、大丈夫なのか? 良い土には見えるが……土の魔力感知は、したことがないからな……」
手を止めたディアンが、考え込むように言うと。
「それなら大丈夫です」
メアリーも手を止め、ディアンへ顔を向ける。
「ディアンさんのほうの畑の様子も見ながら、こっちの作業もしてましたから。今のところ、土に問題はなさそうです。魔力を混ぜ込むのは、ぱっとやれちゃいますから、お気になさらず」
そう言ったあと、メアリーは、
「……やっぱり、人手が増えると作業の進みが早いですね……あと、本当に慣れてるんですね、畑作業。動きに無駄がないように見えます。……正直、有り難いです。手伝ってくれてありがとうございます、ディアンさん」
軽くお辞儀をしたあとの、メアリーの笑顔に。
「可愛い……」
ボソリと、言ってしまい。
「え?」
それが上手く聞き取れなかったのか、首を傾げるメアリーが、余計に愛くるしく思えて。
「メアリー。君が可愛くて、手が止まってしまうよ」
ディアンは苦笑したあと、
「君の役に立ってるなら、良かった。明日からも、手伝って良いか? 君のためになることなら、なんでもしたい。本音を言えばずっと、君のそばで君の役に立っていたいんだがな」
鍬を持ち直し、言いながら、作業に戻る。
「……手伝ってくれるのは有り難いですけど、聖騎士のお仕事は、ちゃんとしてください」
呆れた声を向けられても、口にしたそれを拒否されなかったこと──明日からのこの時間を許してもらえたことに、ディアンはまた、嬉しくて、ニヤけそうになりなから、
「分かった。仕事はちゃんとする。君に言われるとなんでもその通りに動いてしまいそうだ、メアリー」
そう言って、ザクリと、土に鍬の刃を入れた。