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サボテンのひとりごと

作者:

サボテンは恋をしました。

それは、小さくて大きな恋です。

**


*2014年11月7日*

サボテンのひとりごと(#1)


《サボテンのひとりごと》は、7つのエピソード限定のポッドキャストです。

なんとも小さな番組ではありますが、ぜひ、お楽しみください。

《サボテンのひとりごと》この番組は名前の通り、私サボテンがひとりごとのように、自身の記憶を語るという内容です。

以下、一人称は私を省きサボテンとさせてもらいます。

それでは、初回の収録です。

エピソードタイトル、サボテンと文化祭。


**


サボテンは小さな田舎町に生まれ、何不自由なく平凡な家庭で育ちます。サボテンという人間には、個性と誇れるほどの突出した特性がありません。勉学においても、運動や芸術においても凡庸であり、言わば地味な学生でした。

高校生になると、中学まで仲の良かった気の知れた幼馴染とは離ればなれとなり、人見知りのサボテンは、クラスで孤立してしまいます。

しかし、高校2年生の文化祭がキッカケで、とある女子生徒と親しくなります。

クラスで演劇をすることになり、サボテンは小道具担当に配置され、そして彼女も、同じく小道具担当でした。

8名ほどで構成された小道具担当チームと共に、小道具のひとつである短剣をアルミホイルで作製しているサボテンに、彼女は言いました。


「サボテン君、私のこと嫌い?」


あまりに突然のことでした。

これまで、彼女とサボテンは顔見知り程度の関係性であったと言えます。

彼女とは必要最低限の会話をしたことがある、くらいの記憶しかないサボテンは、その問いに思い当たる自分の発言や行動がありませんでした。

しかし、サボテンが彼女を不快に思わせる何かをしてしまったと考えるのは、ただ勘繰っているだけである可能性もありました。

そう考えると、もしかすると彼女は、問いのままの答えを求めているのかもしれない。つまり、今、サボテンは彼女のことを、好きなのか、嫌いなのか、について訊いているのだと結論づけました。

そして、サボテンは笑顔を添えることもせずに最低限の声量で答えます。


「嫌いでも、好きでもない」


今思い返すと、サボテンは当時、かなりドライなキャラクターを演じていました。

クールでありたいというわけでも無かったのですが、人見知りが故にそうなってしまったのです。

そんな人見知りを拗らせたサボテンに、彼女は言いました。


「ふーん。明日からさ、お昼ご飯一緒に食べようよ」


可笑しな展開だとは思いましたが、彼女は、サボテンを揶揄っているわけではありませんでした。

翌日。彼女と一緒に食堂で昼食を取りながら、小道具の進み具合についてなど、そんな何気ないことを話します。

そしてまた、翌日もこうして食堂へ来ることを約束するのです。

翌る日も翌る日も、文化祭が終わるまで、彼女はサボテンとお昼休憩を過ごします。

そして文化祭当日。

サボテンと彼女は役目を終えて、演劇には出演せずにクラスの活躍を見届けました。

この日、彼女と約束した最後のお昼休憩です。

サボテンはすっかり慣れた足取りで食堂へ向かい、いつもの席で彼女を待ちます。

しかし、待てど待てど彼女は現れませんでした。

最後の昼食は、温かいうどんに温玉をトッピングして、サボテンは彼女がいつも食べていたそのメニューを1人で食べました。

なぜ彼女は現れなかったのか、その理由は単純でした。

彼女は文化祭当日に、他の男子生徒から告白されたのです。

当然、と言えば当然ですが、それから彼女とサボテンは会話をすることもなくなりました。

切ない、というには大袈裟かもしれません。

ですがサボテンにとって彼女は、学生生活を豊かにしてくれる存在でした。

サボテンと彼女の関係性にあえて名前をつけるとするのなら、きっと友人ではなく、他の何かでした。


**


*2014年11月8日*

サボテンのひとりごと(#2)


《サボテンのひとりごと》DJのサボテンです。

こうして収録をしながら、冒頭の挨拶は固定した方が良いのかなと思っております。

仕事柄よくラジオは聞きますが、やはり本職の方は凄いです。

トークのリズムから、声量まで、巧みに操りリスナーの耳を掴むのです。

サボテンにそんなテクニックはありませんが、そこはご愛嬌ということで、では、今回のエピソードタイトル、大学生の彼女と社会人のサボテン。


**


高校を卒業して、サボテンが地方テレビ局のカメラアシスタントとして就職してまもない頃の話です。

初々しい社会人1年目。

サボテンにとってこの1年が、人生で最も希望に満ちていたと言っても過言ではありません。

地方テレビ局に就職したサボテンは、労力に給与が支払われるという社会の構図にやりがいを覚えて、柄にもなく張り切って仕事をします。

新しいことに戸惑いながらも、新しいことにワクワクして、日々が退屈で無くなり、まさに希望に満ちていました。

サボテンはディレクターアシスタントになりたかったのですが、大学を出ていないこともあり基礎知識が伴っておらず、カメラアシスタントから勉強することとなります。

そんなある日、会社で行われる新人の企画コンペに参加するため、ある大学の取材をすることになります。

その大学のあらゆる学科の中から、サボテンが目をつけたのは生物資源科学部です。

担当教授に話を伺うと、とても熱心に受講する生徒がいるからぜひ取材してあげてほしい、と提案がありました。

サボテンは教授に案内されて、研究室を訪れます。

そして数人いる生徒の中の1人が呼ばれました。

なんとその人は、文化祭で親しくしてくれた彼女だったのです。

彼女はサボテンを見て、すぐに気がついた様子でにっこりとした表情で言いました。


「サボテンくん!なんでここにいるのー?久しぶり!」


サボテンも、それなりに再会を喜んでいる様子で言いました。


「やあ、久しぶり。局の取材で、仕事だよ」


それから教授は席を外して、サボテンと彼女は大学の中庭で話をしました。

主に、生物資源科学部では何をしているのかを取材して、一通り終えると彼女は言いました。


「あの時はごめんね。急にそっけなくなって、最後のお昼もすっぽかして」


サボテンは気にしていないという様子で答えます。


「ああ、そんなこともあったね。気にしてない」


どうやらあの時に告白された彼は同じ学校の先輩で、当時は断る理由もないので付き合ったようです。

しかし、思いのほか束縛が激しく、サボテンのことはおろか、男子生徒と話をするなと言われていたと聞きました。

そして、彼とは彼女が高校を卒業する時に別れたそうです。

その話を聞いて、サボテンは心なしか気分がスッキリしました。

あの事は、仕方がなかったのだと分かったからです。

その日、帰り際に彼女は言いました。


「今度ご飯行こうよ。あの時のお詫びも兼ねてさ」


心が上向きなサボテンは答えます。


「お詫びでなくていい、また会いたい」


嬉しかったのです。

サボテンはこの時、彼女のことが好きであると気がつきました。


**


*2014年11月9日*

サボテンのひとりごと(#3)


こんにちは。

《サボテンのひとりごと》DJのサボテンです。

冒頭の挨拶について、色々と案を出してはみましたが、やはり、挨拶はシンプルである方が良いという決断に至りました。

最近は、ユーチューバーという職業がとても目立っています。

彼らは、納得できるサムネイルを撮るために、ある時は温かい食事が冷めるまで、またある時は本編よりも時間をかけて、その一瞬を撮影するそうです。

やはり、入り口という意味で挨拶やサムネイルは重要なことなのでしょう。

プロのこだわりや技は、もしかすると、冒頭の一瞬に詰め込まれているのかもしれません。

さて、本日は3日目の収録となります。

エピソードタイトル、2人の関係性。


**


サボテンと彼女は、連絡先を交換して食事をする関係になりました。

互いに慣れない環境で忙しい中、月に一度は時間を作ってランチをしたり、時にはディナーを共にすることもありました。

そんなある日のランチで、彼女はオムライスを頬張る口で言いました。


「私たちはさ、友達なのかな?」


その質問に、サボテンは鯖の塩焼き定食を食べながら答えます。


「その定義は難しいけれど、少なくとも僕は君が好きだよ」


それは、サボテンなりの告白でした。

彼女は冷たい水を飲んで、こう言います。


「それは告白?だとしたら、答えはオーケーだよ」


まさかとは思いましたが、サボテンは驚きを隠せずに口を開けたまま彼女を見ました。

彼女は続けて言いました。


「違うの?ごめん、恥ずかしいから忘れて」


サボテンは慌てて答えます。


「いや、そう……好きだ」


彼女が言います。


「だから?」


だから、とその意味を考えます。

そして、サボテンは持っていた箸を置き、彼女の目を見て言いました。


「付き合ってください」


彼女は微笑み、答えます。


「よろしくお願いします」


小さな定食屋での告白でした。

その日から、サボテンと彼女の関係性は明確なものとなり、名前は恋人となりました。


**


*2014年11月10日*

サボテンのひとりごと(#4)


こんにちは。

《サボテンのひとりごと》DJのサボテンです。

本日4日目の収録です。

さて、早速本日のエピソードタイトルに移りたいところですが、以前の収録に、なんとDMよりリスナーからお便りが届きました。

まさか、こんな短期間の番組にお便りを頂けるなんて、とても嬉しいです。

では、お便りを読み上げます。

ラジオネーム、ガジュマルさん。

サボテンさん、こんにちは。

前回の放送からこちらの番組を知りました。とても落ち着く語り口調で好みの番組です。

私が料理をしながら台所で《サボテンのひとりごと》を聞いていると、娘が興味を示していました。

これからは、2人で視聴しようと思います。

はい、ということで、《サボテンのひとりごと》はとても短い番組ではありますが、最後までお楽しみいただけると幸いです。

お便りありがとうございました。

そして余談ですが、ガジュマルという観葉植物は皆さんご存知だと思います。

サボテンにとって、その幸せを運ぶと言われる小さな木は、少し特別な存在です。

運命、と呼ぶには大袈裟ですが、ガジュマルさんからのお便りにはどこかそういったものを感じます。

今回のエピソードタイトル、ガジュマルとサボテン。


**


正式にお付き合いをすることになった恋人である彼女の家に、初めて訪れた日のこと。

アパートで一人暮らしをする彼女の部屋。

窓際には小さなガジュマルがありました。

サボテンは彼女に聞きました。


「観葉植物、好きなの?」


彼女は上着脱ぎながら答えます。


「というよりガジュマルが好きなの」


どうやら話を聞いていると、実家を出る際に母親から、大切に育てていた観葉植物のひとつを譲り受けたそうです。

ガジュマルは、あまり大きな変化のある植物ではありませんが、その可愛らしいフォルムと鮮やかな緑色の葉っぱが愛おしい小さな木です。

サボテンと彼女が交際して、2年の月日が経ち、同棲するという流れになります。

そして新居に引っ越した時も、彼女とガジュマルは一緒でした。

同棲が始まり1年が経つ頃、サボテンと彼女は喧嘩をしました。

別れ話が原因です。

サボテンは言いました。


「君とは日常生活の価値観が違いすぎる」


彼女はカッとなった様子で答えます。


「そんなの分かりきっていたことじゃない」


感情的な言葉がぶつかり合い、サボテンは同棲するマンションを後にして外で頭を冷やします。

その夜、遅い時間にサボテンが帰り、恐る恐る玄関を開けると、彼女はソファーに座りガジュマルを手に持っていました。

サボテンは問いかけます。


「何してるの」


落ち着いた様子の彼女が答えます。


「根腐れしちゃったみたい」


ガジュマルはまるで、サボテンと彼女の険悪な空気を吸収して力尽きるかのように、その夜枯れてしまいました。


**


*2014年11月11日*

サボテンのひとりごと(#5)


こんにちは。

《サボテンのひとりごと》DJのサボテンです。

さて、本日5日目の収録となります。

あっという間に《サボテンのひとりごと》も終わりが近づいております。

リスナーの皆さんは、どういう時にラジオやポッドキャストを聞きますか?

サボテンはいつも、朝食の後の珈琲を飲みながら聞くことが多いです。

昔はよくテレビを見ながら、朝の時間を過ごしていたのですが、どうも心が慌ただしく仕事へ出てしまいます。

いつかの情報番組で知ったことですが、脳を休めるには見たままの景色を頭の中にも浮かべることが有効であるようです。

つまり、今、この朝食を食べている。

今、この珈琲を飲んでいる。

というように、視覚の情報を映像ではなく景色に変えて、ながら作業を減らしてあげると、脳も休まり、不思議とゆとりある朝を過ごせております。

リスナーの皆さんもぜひ、試してみてはいかがでしょうか。

それでは、本日のエピソードタイトル、幸せを運ぶ小さな木。


**


サボテンと彼女は別れることになりました。

しかし、最悪な別れというわけではありません。

ガジュマルが枯れてしまったその夜、2人はゆっくり話し合いました。

彼女は20代のうちに結婚したいという目標があります。サボテンには特に人生設計というものがありません。

互いのこれからを考えると、やはり別れた方が良いという決断に至りました。

当時、サボテンは25歳です。

あらためて1人での生活が始まり、不思議と仕事も捗りました。

ですが、心のどこかでずっと彼女のことを考えてしまいます。

サボテンはなぜ、自ら別れを切り出したのか分かりません。

決して、2人の生活に大きな不満があったわけでもないのです。

価値観が違うことは、彼女が言うように分かりきっていたことでした。

炊事洗濯の共有、お金の共有、時間の共有、どれも互いの価値観を擦り合わせながら答えを出していたはずなのです。

一歩ずつ丁寧に、サボテンと彼女は同じ屋根の下、互いを理解しようと努力しました。

何が不満だったわけでもありません。

しかし、サボテンは彼女の前から去りました。

幸せを運ぶ小さな木。

あの日、ガジュマルが枯れてしまわなければ、もしかすると、サボテンと彼女にもう一度、幸せを運んでくれたのかもしれません。


**


*2014年11月12日*

サボテンのひとりごと(#6)


こんにちは。

《サボテンのひとりごと》DJのサボテンです。

すっかり秋らしくなってきました。

まだ紅葉には早いですが、空気がひやりと冷たいです。

リスナーの皆さんが住まわれる地域はいかがですか?

体調管理も忙しいほど、難しくなるかと思います。

しっかりと、栄養のある物を食べて、暖かくして乗り越えて行きましょう。

最近、冬服を押入れから出しました。

押入れの奥から感じる埃やカビの気配。

サボテンは、その時にようやく大掃除をしなければいけないのだと痛感するのです。

さて、本日6日目の収録となります。

本日のエピソードタイトル、後の悔い先に立たず。


**


彼女と別れ、ひとりになったサボテンは、彼女の記憶を忘れようと仕事に打ち込みました。

3年前の新人企画コンペでは、そこそこの成績をおさめました。

その後も、カメラアシスタントの仕事をこなしながら、映像制作や企画の勉強を続けます。

そしてようやく、念願のディレクターアシスタントになる目標が叶います。

仕事は順調でした。

しかし、彼女と別れてから一度も新しい恋愛をすることはありませんでした。

気がつくと30代になり、サボテンはある時思いつきで、観葉植物を見に行きました。

猫や犬を飼ってみようかとも考えましたが、仕事が忙しいので変わりに育てやすい植物はないかと探します。

その時、目についたのはガジュマルでした。

それを手に取って見てみると、店員がサボテンに話しかけます。


「ガジュマルは幸運の木です。可愛いですよね」


サボテンは答えます。


「ええ、とても」


そのガジュマルを、家に迎えることにしました。

それから毎朝、ガジュマルを眺めながら珈琲淹れて、仕事へ行く日々が始まります。

そんなある時、SNSで彼女が結婚したと知りました。

どうやらサボテンと別れた翌年、今の結婚相手と出会ったそうです。

流れてきた彼女と旦那さんの写真を見て、とても幸せそうだと安心しました。

サボテンはガジュマルを見ながら、今も彼女を想います。

君は僕と出会って、少しでも幸せと思えたのだろうか。


**


*2014年11月13日*

サボテンのひとりごと(#7)


こんにちは。

《サボテンのひとりごと》DJのサボテンです。

さて、今回が最終収録となりました《サボテンのひとりごと》

そして以前、DMよりお便りを頂きましたラジオネーム、ガジュマルさんより、新しいお便りです。

実は、少し予定が立て込んでいたこともありまして、まだサボテン本人もこちらのお便りに目を通しておりません。

お便りありがとうございます。

ラジオネーム、ガジュマルさん。

サボテンさん、7日間の収録お疲れさまです。

今回が最後の収録になるとのことですが、また、別タイトルでもぜひラジオDJを続けて欲しいです。

最後に、これまでのエピソードから、ぜひサボテンさんにアドバイスを頂きたいと思い、ひとつご相談があります。

私は今、結婚して娘がいます。

とても愛らしい自慢の娘です。

そんな娘が最近、サボテンを育ててみたいと言うのです。

どうやら、《サボテンのひとりごと》を一緒に聞いているうちに、興味を持ったようです。

ラジオネームであるガジュマルは、私にとって少し特別な小さな木でした。

ただ、一度枯らしてしまったこともあり、それからは観葉植物を育てていません。

サボテンさんは前回のエピソードで、ガジュマルを育てていると話していましたが、今はどうでしょうか。

もし、サボテンを育てたいという娘に一言アドバイスをするとしたら、なんと言いますか?

それでは、最後の収録も娘と一緒に楽しみにしております。

ということで、ガジュマルさんありがとうございます。

ちなみに今も、そのガジュマルは枯れずに元気です。

えーサボテンを育ててみたいという娘さんへの、アドバイス。

そうですね、植物は動物と違って、声を出したりしません。でも、同じく生命です。

こんな話があります。

陽気な音楽を聞かせて育てると、植物はスクスクと元気に育ちますが、罵るような言葉を聞かせていると、植物は枯れてしまいます。

当たり前ですが、植物も生きているのです。

本当にサボテンを育てたいのなら、毎日のように茎や土の状態を気にしてあげて、植物を育てる勉強をしてください。

それと、毎日おはよう、おやすみ、と声をかけてあげてください。

些細なことですが、その些細なことが疎かになってしまうと、植物は根腐れしてしまいます。

つまり、もう二度と元気ならないということです。

では、最後のエピソードタイトル、新しい出会い。


**


仕事で、とある町の洋食屋さんに取材へ訪れた日。

サボテンは新しい恋をしました。

その人は店員さんでした。

肩にかかるベージュの髪は、毎月美容室でカラーをしているそうです。

サボテンよりも5つ年下の彼女。

とても明るくて、柔らかな声で、優しく笑う彼女。

サボテンは恋をしました。

取材を終えて、また後日、プライベートで訪れた洋食屋さん。

サボテンはその日、エビフライ定食を注文して、それを慌てて食べました。

連絡先を渡したくて緊張していたのです。

お会計を済ませて、いざ、あらかじめ用意しておいた連絡先を書いた紙を、ポケットから取り出そうとしたその時です。

彼女はサボテンに言いました。


「また、来てくださいね」


サボテンはポケットの中で掴んだその紙を離しました。

そして答えます。


「ええ、また」


そう言って、店を出ました。

なぜ連絡先を渡さなかったのかは分かりません。

人を好きになること、それは人生の経験値です。

恋の始まりは、なんてないことがきっかけか、もしくは、運命的であるのかもしれません。

洋食屋さんの彼女とサボテン。

2人が恋人にならなかったことに、きっと理由なんてないのだと思います。

同じように、ガジュマルの彼女とサボテンが恋人になったことも、理由なんてないのです。

ただ、人生前を向いたり、下を向いたり、後ろを向いたり、寄り道をしながら、恋人であったというだけなのです。

そこに、《かけがえのない》が追いかけてくるのです。

《出会い》と、《かけがえのない》が何度もすれ違い、人はまた恋をします。

いつか、《かけがえのない》と《出会い》が巡り会うまで、サボテンもまた恋をします。

ただ、今は少しだけ、休憩していたいのです。

サボテンは、深く後悔しています。

ガジュマルの葉っぱに水を吹きかけ、土が乾燥していないかを気にかけて、おはよう、おやすみ、と毎日声をかけてあげることをしなかったからです。

一緒に過ごす日々の中で、その存在は当たり前となり、邪険に扱うわけではありませんが、同居人としての配慮に欠けた結果、代わりのない大切な存在を失いました。


そのことを忘れないため、花の咲かせ方を忘れたサボテンは、こうしてひとりごとを収録するのです。


《サボテンのひとりごと》

最後までご視聴ありがとうございました。


**

ガジュマルの隣に、新しく迎え入れたサボテンを並べました。

するとすぐに、サボテンの花が咲きました。

きっと君たちは、永く枯れずに育つだろう。

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