98話 冒険者登録
夕闇の灯火亭を出た一行は、隣接する冒険者ギルドに足を踏み入れた。
建物から漏れる明かりが、石畳の通りを黄金色に照らしている。入り口には「冒険者ギルド アルマグラード支部」という金の文字が刻まれていた。
「はぁ...」
美咲は思わず声を漏らした。
建物の中は、予想以上の活気に満ちており、広大なホールには、大理石の柱が整然と並び、その間を様々な冒険者たちが行き交う。
壁には巨大な任務掲示板が設置され、その前では冒険者たちが熱心に依頼内容を確認している。
筋骨隆々とした戦士は、全身を覆う重装備の下から異様な熱気を放ち、ローブを纏った魔法使いの周りには、何人もの人だかりが見える。影のように素早く動く盗賊、獣のような鋭い目つきの狩人、それぞれが独特の迫力を持っていた。
その中でも特に目を引いたのは、カウンター横で談笑する一団だった。全身に無数の傷跡を持つ巨漢の戦士、腰には伝説級の武器と思しき剣を下げている。その隣では、片目に眼帯をした弓使いが、何やら作戦会議をしているようだった。
(こんなに強そうな人たちと同じ場所に...)
美咲は緊張を隠せない。しかも驚くべきことに、この街の冒険者ギルドは、夜でも昼間と変わらぬ活気を見せるのだ。
「登録したいんですが大丈夫ですか?」
大輔が受付に近づく。
「初めてのご登録ですか?」
受付には若い女性が座っていた。彼女は慣れた様子で、にこやかに応対する。
「はい、そうです」
「何名様でしょうか?」
その接客態度に、美咲は思わず苦笑した。
(まるでファミレスの受付みたい...)
「5名でお願いします」
「はい、5名様ですね。リーダーはどなたですか?」
その質問に、全員が一斉に涼介を見つめた。
「何故俺を見る。普通に考えれば大輔だろう」
涼介が眉をひそめる。
「うーん、なんか違うんだよなー」
大輔が首を傾げる。
「結局決めてるの涼介だし」
「涼介しかいないでしょ、常識的に考えて」
千夏が涼介の腕に絡みつきながら主張する。
「異論はない」
さくらの言葉は、いつもの通り簡潔だった。
「涼介君、ここは出番じゃないかな?」
美咲も柔らかく微笑む。
「...わかった、後で文句いうなよ」
みんなが頷くのを確認して、涼介は受付に向き直った。
「俺がリーダーだ」
「それでは名前、職業、年齢を記入してくださいー」
受付の女性が明るく言う。
「最後はリーダーさんのお名前を書いてパーティ欄を終わらせてくださいね」
(なるほど、そうやって誰かが追記出来ないようにするんだ)
美咲は巧妙な仕組みに感心する。
涼介は丁寧に記入していく。
鈴木千夏:ハイモンク:16
山田 美咲:マジックキャスター:17
中村 大輔:竜騎士:17
伊藤 さくら:モンスターテイマー:16
高橋 涼介:勇者:16
それを受け取った受付の女性は、一瞬目を疑ったように書類を見つめる。
「みなさん珍しい...お名前...で...ゆ、勇者!」
彼女は書類と涼介を交互に見比べ、声が裏返る。
「ま、まさか、異世界の方でしょうか?」
「ああ、そうだが、異世界人は登録出来ないのか」
「め、めっそうもございませんです!はい!」
先ほどまでの落ち着いた態度は消え、冷や汗を流している。
「しょ、しょれでは、ぱーちーめいをごきにゅうください」
「ぱーちーめい?」
さくらが首を傾げる。
「パーティ名じゃないのか、多分」
大輔が推測する。
「どんな名前が一般的なんですか?」
美咲がデミットに尋ねる。
「うーん、そうですね」
デミットは考え込むように言う。
「名は体を表すと言いますが、パーティの特徴を入れます。例えば戦闘を主目的とするなら『クロー』『ファング』『テイル』『ホーン』や『ソード』『アックス』『ランス』と『数字』や『色』、『場所』や『特性』を組み合わせますね」
「なるほど、分かりやすいな」
大輔が頷く。
「例えば『レッドクロー』とかか」
その説明を聞くや否や、涼介は躊躇なく記入した。
「ファラウェイ・ブレイブ」
その文字をみて、美咲の胸が熱くなる。
(遥かなる勇者...)
「これなら、遥斗が俺達だってすぐにわかるだろう」
その名前に、誰も異論を差し挟まなかった。むしろ、それこそが彼らにふさわしい名前だと、全員が感じていた。
「は、はひ。これで登録はきゃんりょうです」
受付の女性は未だ興奮を抑えられない様子で告げた。
「ひょれでは、しゃいしょのランクはFでしゅ。ランクカードをおちゅくりします」
受付の女性が奥へ向かおうとした時、デミットの声が響く。
「お嬢さん、ちょっとお待ちいただけますか?」
「は、はい。何でしょうか」
彼女は慌てて振り返る。異世界人に対する緊張は隠せないものの、デミットに対しては通常の接客態度を取り戻していた。
「実はランクを特別に上げて欲しいんです。どんな依頼でも受けられるように」
デミットは丁重に、しかし強い意思を込めて言う。
「申し訳ございません」
受付の女性は、本当に申し訳なさそうに首を振る。
「それは規定で決まっていて、どなたでも最初は最低ランクのF級から始まります。実績を上げれば審査会を通じてランクアップが可能となっております」
その言葉は丁寧だが、断固としたものだった。しかし、デミットの表情は変わらない。
「いや、その規定には補足事項がある」
彼は穏やかに微笑みながら言う。
「適正ランクを証明した場合、ギルドマスターの判断で認定出来る、と」
受付の女性が困ったように眉を寄せる。
「確かにございますが...」
彼女は言葉を選ぶように慎重に続ける。
「認定テストにはかなりの準備が必要でございますし、推薦は国の認める有力者が2人以上必要でございます。ちょっと無理ではないかと...」
その時、美咲が一歩前に出た。
「これは推薦になりませんか?」
彼女が差し出したのは、エドガー王の紹介状だった。
「ふぁ、ふぁい、確認いたしましゅ」
再び異世界人へ接した緊張からか、彼女の言葉が不自然になる。しかし、エドガー王の紹介状を目にした瞬間、彼女の顔が見る見る青ざめていく。
「た、確かに、これは考慮すべきものです」
冷や汗を流しながら言う。
「し、しかしこれだけでは...」
「それでは私が推薦人になろう!」
デミットの声が、ギルドホールに響き渡る。
「このゴルビン・ラスコーリの一子、デミット・ラスコーリが!」
その言葉を聞いた受付の女性の顔色が、青から真っ白に変わる。彼女の手が小刻みに震えている。
「あ、あなた様は確かにデ、デミットしゃま!」
彼女は慌てふためいて立ち上がる。
「ギルマスを呼んでまいりますー!」
そう言うや否や、彼女は奥の部屋へと駆け込んでいった。その慌てぶりは、先ほどまでの落ち着いた接客態度からは想像もつかないものだった。
美咲は、デミットの言葉が持つ重みを改めて実感する。
(デミットさん、単なるギルド長の息子じゃない。この街で相当な影響力を持っているんだ)
涼介は腕を組んだまま、黙ってその様子を見つめていた。