93話 商人の都
アルマグラードの城門の前で、馬車が静かに止まった。優美な装飾が施された城門には、黒と金の制服に身を包んだ門番が立っている。その佇まいは一見、高級ホテルのコンシェルジュのようだった。
「ご到着、お疲れ様でございます」
門番の態度は実に丁寧だ。アストラリア王国の兵士たちとは明らかに異なる、商業都市ならではの接遇で、美咲は興味深くその様子を観察する。
(この人たち、兵士じゃなくて冒険者っぽい...演技をしてる感がある)
レベルアップを重ねた美咲たちには、もはや相手の強さが直感的に理解できるようになっていた。丁寧な物腰の下に隠された殺気。それは王国の兵士たちよりも遥かに危険な、戦いに長けた者たちの気配だった。
「身分証はお持ちでしょうか?」
穏やかな笑顔で門番が尋ねる。大輔が緊張した面持ちで、エドガー王の紹介状を取り出した。
「これを」
「...これは、王国の紋章。拝見いたします」
門番は丁寧に封書を受け取り、中身を確認する。その手つきには無駄な動きが一切ない。
美咲は息を呑んだ。物腰の柔らかさからは想像もつかない素早さで、門番は紹介状を元の封書に戻した。
「確認させていただきました。ようこそアルマグラードへ」
門が開かれ、そこに広がる光景に美咲は目を見開いた。
まるで万華鏡を覗き込んだかのような活気が、そこにあった。
白壁の建物が整然と並ぶ中、色とりどりのテントが通りを埋め尽くしている。商人たちは派手な衣装を身にまとい、活気に満ちた様子で商談を交わしていた。
遠くには豪華な装飾が施された建物群が見え、その屋根には色とりどりの旗が翻っている。
それぞれが異なる商人ギルドの紋章を掲げているのだろう。
通りには世界中の商品が所狭しと並べられ、値踏みをする商人たちの熱のこもった交渉が響いていた。武具、防具、魔導具、そして見たこともない珍しい品々。
その光景は、まさに「商いの都」と呼ぶにふさわしいものだった。
(すごい...これが商人の国の首都...)
「ここで一旦別れるか」
大輔の提案に、美咲は我に返った。
「それじゃ3時間後にここに集合しましょう」
美咲が具体的な時間を示すと、皆が頷く。
大輔とさくらは、るなを連れて宿を探しに別の方向へ向かった。
残された3人。千夏は嬉しそうに涼介の腕にしがみつく。
「まずはどこへ行く、涼介?」
その声には抑えきれない期待が込められていた。
(まったく、完全にデート気分なんだから...)
美咲は苦笑しながらも、二人の仲睦まじい様子に何か引っかかるものを感じた。
心の片隅で小さな違和感が芽生える。けれど、それが何なのかは分からない。
「まずはそこの店に入るぞ」
指差した先には小さな武器屋があり、すでに涼介は足早に歩を進めていた。
「ちょ、ちょっと待ってよー」
千夏が慌てて追いかける。美咲も2人の後に続く。
「いらっしゃいませー」
店内に足を踏み入れると、温かみのある声が迎えた。
店主は中年の男性で、がっしりとした体格に似合わない柔和な笑顔を浮かべている。白髪交じりの髪は短く刈り込まれ、手入れの行き届いた口髭を蓄えていた。エプロンには様々な工具が収められており、自ら武器の修理も行うタイプの職人らしい。
店内は小奇麗に整理されていた。壁には一般的な剣や槍が整然と並び、カウンターには手頃な価格の装飾品が並んでいる。しかし、涼介たちが求めるような強力な武器は見当たらない。
(ごく普通の武器屋ね...)
美咲は店内を見回しながら考えた。
こういった武器屋は多いはずだ。一般の冒険者や兵士向けの、低価格でそれなりの武器を扱う店。強力な武器が必要な人間はごく一部なのだ。
「何をお探しで?」
「商人ギルドだ、商人ギルドを探している」
涼介の言葉に、美咲は納得する。
(なるほど、ギルドを知らない店主はいないもの)
しかし同時に不安も感じた。
(でも、別の店で買うから店を教えろって言うのは失礼なんじゃ...)
「ギルドですか?はて?」
店主は首を傾げる。やはり失礼だったのか。美咲が気を揉んでいると、意外な言葉が返ってきた。
「どの商人ギルドでございましょうか?」
にこやかな表情は崩れていない。
「どの?とは」
涼介が問い返すと、店主は丁寧に説明を始めた。
「はい、アルマグラードには4つの大商人ギルドがございます。武器ギルド、防具ギルド、魔導具ギルド、そして錬金術ギルド。それぞれが独自の商会を持ち、専門分野での取引を仕切っております」
店主は手際よく指を折りながら続ける。
「武器ギルドは武器も鍛造から販売まで一貫した管理を行い、防具ギルドは防具の装備の規格統一と品質管理を担当。魔導具ギルドは魔法アイテムの研究と実用化、錬金術ギルドは素材の研究開発を行っています。それぞれが互いを牽制しながら、この街の経済を動かしているのです」
「沢山あるんだねー」
千夏が感心したように言う。美咲も全く同感だった。
涼介は少し考え込んでから口を開いた。
「まとめ役はどこだ」
「現在は武器ギルドでございます。5年に1回の総会で選出されますので」
「なるほど、場所を教えてもらえるか」
「もちろんでございます」
店主は手際よく道順を説明した。
「世話になった。この礼はまたさせてもらう」
涼介が告げると、店主は穏やかに首を振る。
「いえいえ、この程度。また困ったことがあればいつでもお尋ねください」
涼介と千夏が店を出た後、美咲は気になって店主に尋ねた。
「どうしてこんなに親切にしてくれるんですか?」
店主は優しく微笑んだ。
「旅のお方はこの国のお客様です。自分の店でなくても、お買い物をしていただければ物とお金は動きます。お金が動けば結局我々の益となります」
その言葉に、美咲は衝撃を受けた。
(商売に対する考え方が、まるで違う...)
自分の店の売り上げだけでなく、街全体の経済を考える商人たち。その視野の広さに、美咲は圧倒される思いだった。と同時に、不安も感じずにはいられなかった。
(この人たちから、魔導書を手に入れるなんて...本当に可能なのかしら)
街の喧騒が、彼女の不安を更に大きくしているように感じた。