88話 デュラハン・ナイトメア(6)
夜空を切り裂くような咆哮が響き渡る。
「グォォォォォ!」
グリフォンガードの口から放たれた魔力の球体が、月光を纏って疾走する。
その軌道は、まるで意思を持つかのように、デュラハン・ナイトメアを追尾していた。
漆黒の鎧が、舞うように後方へ跳躍する。
放たれた魔力球は、デュラハン・ナイトメアがいた場所の地面を抉る。
「チャージショット!」
銀の弓から放たれた矢が、青白い光を纏って疾走する。
その速度は、今までの矢とは比べものにならなかった。
レクイエムが煌めき、マーガスが放った矢を迎え撃つ。
しかし―
完全には軌道を逸らすことができず、矢がデュラハン・ナイトメアの肩を掠めていく。
漆黒の鎧に、初めての傷が刻まれた。
ポーションの効果は使用者だけでなく、放たれた矢にも及んでいたのだ。デュラハン・ナイトメアに苛立ちが混じる。
刹那のタイミングでアディラウスが迫る。
「はぁっ!」
アディラウスの剣が、稲妻の如く閃く。
加速のポーションとファストアクセルを重ね掛けした彼の速度は、もはやデュラハン・ナイトメアと互角だった。
漆黒の剣と騎士の剣が交錯する。火花が散り、金属が軋む音が戦場に響き渡る。
「まだだ!」
アディラウスの連撃が続く。
その剣筋には無駄が無く、まるで水が流れるような美しさすらあった。
しかし、デュラハン・ナイトメアの四本の腕は、その全てを的確に受け止めていく。
「うおぉぉぉおおお!」
アディラウスの雄叫びが戦場に響く。
彼の動きが、さらに加速していく。
その姿は、もはや残像となって漆黒の鎧を追い詰めていた。
デュラハン・ナイトメアが、わずかに揺らぐ。その隙を見逃さず、アディラウス剣が舞った。
しかしその斬撃すら盾で撃ち落とす。ほんの一瞬の駆け引きが生死を分ける。
デュラハン・ナイトメアの剣の軌道は、正確にアディラウスの首を狙っていた。
「ガキィィン!」
鋭い金属音が響き渡る。
遥斗の魔力銃から放たれた弾が、レクイエムを完璧に捉えていた。
デュラハン・ナイトメアのレクイエムは弾かれこそしなかったものの、大きく軌道を逸らされた。
漆黒の鎧は即座に態勢を立て直し、ソウルリーヴァーを構える。
黄金の槍から不吉な魔力が放たれ始める。エターナルテンペストの発動だった。
しかし―
「グォォォォ!」
空からの影が、稲妻のように襲い掛かる。グリフォンガードの鋭い爪が、ソウルリーヴァーを完璧に捕捉した。
「スピアスラスト!」
マーガスの持つ銀の槍が、空気を切り裂きながら疾走する。
その速度は、風をも凌駕せんばかりだった。そしてマーガスの背後から、遥斗の姿が迫る。
(今だ...!)
デュラハン・ナイトメアの内なる声が、歓喜に震える。
全ては計算通りだった。敵が自分の一定範囲内に集結するこの瞬間を、ずっと待ち望んでいたのだ。
赤く不気味な輝きを放つEフォートレスが、突如として上下に割れる。
その内部からは、まるで鬼の口のような魔導機構が姿を現す。
盾から呪怨の声と共に、異様な重圧が放たれる。
デュラハン・ナイトメアを中心とした半径5メートルの空間が、一瞬で地獄と化した。
「くっ...!」
アディラウスが膝をつく。マーガスも、グリフォンガードも、遥斗も、全員が地面に這いつくばる。
まるで重力が何倍にも増大したかのような圧迫感。
しかし、デュラハン・ナイトメアだけが悠然と立っていた。
(ダスクダウン...!)
遥斗の脳裏に、先ほど鑑定した情報が蘇る。
Eフォートレスの隠された切り札。周囲の重力を5倍に増幅させる代わりに、使用者は移動できなくなる特殊スキル。
しかし、デュラハン・ナイトメアには移動の必要などなかった。
なぜなら、剣を振り下ろせば届く距離に、完全な無力状態のマーガスがいたのだから。
「卑怯だぞーーー!!!」
アディラウスの怒号が響く。
「ポップ」
かすかな音が聞こえる。
遥斗が何かを生成したようだが、状況に変化はない。
デュラハン・ナイトメアは、ゆっくりとレクイエムを振り上げる。
その動きには、勝利を確信した者の余裕が滲んでいた。
剣が振り下ろされる―
マーガスの頭は両断され、血が辺り一面へ飛び散る!
・・・はずだった。
しかし、マーガスの頭は無事なままだった。
漆黒の鎧が、明らかな混乱を示す。
右下腕を確認する。そこにあるはずのレクイエムは消失していた。
「探してるのこれ?」
重圧に耐えながら膝立ちの姿勢を取る遥斗が、レクイエムを掲げていた。
デュラハン・ナイトメアは理解できない。
ソウルリーヴァーを構え直し、遥斗の心臓を狙う。
「ポップ」
また同じ音。
次の瞬間、遥斗の手にソウルリーヴァーが出現していた。
遥斗は鑑定した武器を「生成」のスキルで複製し、元の武器を素材として分解していたのだ。
アンデッドの王たる存在が、初めて本物の恐怖を知る。
(コイツヲ...コロサネバ...!)
恐怖に取りつかれ、冷静さを失ったデュラハン・ナイトメアはダスクダウンを解除し、残されたレクイエムで斬りかかる。
しかし、ダスクダウンから解放されたのは遥斗も同じだった。
彼の動きが一変する。
レクイエムとソウルリーヴァーの特殊効果が、遥斗の身体能力を劇的に向上させていた。
対照的に、武器を奪われたデュラハン・ナイトメアの能力は著しく低下している。
「これを!」
遥斗は躊躇なく、レクイエムをアディラウスに、ソウルリーヴァーをマーガスに投げ渡す。
2人の剣士は、即座に遥斗の意図を理解した。
「青嵐の太刀!」
アディラウスの連続斬撃が、加速に加速を重ね合わせて奔る。
デュラハン・ナイトメアはEフォートレスで必死に防戦する。まだダスクダウンという切り札が残っていたからだ。
防御を優先し、逆転するその一瞬を探っている。
が、それも長くは続かなかった。
「ポップ」
アディラウスの剣が、デュラハン・ナイトメアの腕を切り裂いた。
切断された腕が地面に落ちる音が、異様な重みを持って響いた。
その腕にはEフォートレスが握られていた―いや、握られていたはずだった。
遥斗の左手に見覚えのある盾が出現していた。
漆黒の鎧から放たれる殺気が、一瞬凍りついた。自身を守護していたはずの盾が、今や敵の手に渡っている。
「ポップ」
またも同じ音が響く。
デュラハン・ナイトメアが必死に握りしめていたレクイエムが、光の粒子となって消失する。
そして次の瞬間、遥斗の右手にその漆黒の剣が具現化された。
「どうかな?似合う?」
遥斗の声には、かすかな挑発が混じっていた。
彼は剣と盾を構え、まるで歴戦の騎士のような姿勢を取る。
デュラハン・ナイトメアの全身が、怒りに震えていた。
残された腕を遥斗に向かって伸ばす―武器を返せと言わんばかりの仕草。
しかし、その願いが叶うことはなかった。
「はぁっ!」
アディラウスの剣が閃く。
次々と漆黒の腕が地面に落ちていく。その音が、デュラハン・ナイトメアの敗北を告げていた。
「エターナルテンペスト!」
マーガスの雄叫びが戦場に響き渡る。
ソウルリーヴァーから放たれる無数の突きが、際限なく繰り出される。
その一撃一撃が、漆黒の鎧を貫いていく。
穴だらけになった鎧からは、もはや威圧的な存在感は消失していた。
それは、ただの空っぽの甲冑でしかなかった。
「流水の太刀!」
その最期の一撃には、帝国騎士としての誇りと、戦いの全てが込められていた。
月光の下、漆黒の刃が優美な弧を描く。
その軌跡が、デュラハン・ナイトメアの胴体を正確に両断した。
「ギィィィ...」
口を持たないはずの漆黒の鎧から、悲痛な断末魔が漏れる。
その声には、この世のものとは思えない苦悶が込められていた。
分断された鎧が、静かに光を放ち始める。
それは美しい光の粒子となって、夜風に溶けていった