82話 夜空を翔ける
月明かりに照らされた夜空を、一頭のグリフォンガードが翔け抜けていく。その翼から放たれる魔力の波動が、青い残光を夜気に溶け込ませていった。
「ぎゃぁぁぁーー!!!」
マーガスの悲鳴が夜空に響き渡る。アディラウスの腰に必死にしがみつく彼の姿は、普段の高慢な態度からは想像もつかないものだった。
「しっかり捕まって!落ちないように!」
アディラウスの声には余裕が感じられなかった。グリフォンガードの胸から背中にかけて取り付けられた手綱を強く握り締めながら、彼はモンスターと一体となって夜空を突き進んでいる。
「うぅ...こんなの馬と...違う...」
マーガスが泣き言を吐く。
マーガスの背後で、遥斗は彼が絞り出す様々な体液を避けながら必死に体勢を保っていた。
しかし、その目は恐怖に曇ることなく、むしろ知的な輝きを増している。
(すごい...この飛行能力は僕たちの世界の物理学だけでは説明できない)
遥斗はグリフォンガードの翼の動きを注意深く観察する。翼の大きさと体重のバランスからすれば、通常の航空力学では飛行は不可能なはずだった。
(でも、翼は確実に空気を捉えている。単純に魔法で飛んでいる訳じゃない)
風を切る翼から放たれる青い魔力の光が、遥斗の推論を裏付けるように輝いていた。
「まるで...そうだ!ジェットエンジンのような推進力を風の魔法で生み出しているんだ!」
興奮で思わず声が漏れる。
「お前は何をブツブツ言って...」
マーガスが振り返ろうとするが、急な気流の変化に慌てて態勢を立て直し、アディラウスにしがみつく。
その時、横合いから別のグリフォンガードが接近してきた。その背にも銀の装飾が施された軍服の兵士が乗っていた。
「隊長!どちらへ!」
風を切る轟音に負けじと、兵士が叫ぶ。
「魔道具保管施設の調査だ!」
アディラウスの声が夜空に響く。
「了解しました!私もご同行を!」
「否!お前はアンデッドの掃討を続けろ!街の安全が第一だ!」
その声には、指揮官としての確固たる威厳が込められていた。
「はっ!」
兵士の返事と共に、グリフォンガードは夜空の別方向へと消えていった。
(複数のグリフォンガード...)
遥斗の思考が更なる推論を紡ぎ出す。
(これだけの戦力があるなら、確かに闇の勢力への対抗も可能かもしれない。でも...)
疑問が湧き上がる。
(なぜ異世界人の召喚にこだわる?もし領土拡大が目的なら、援助を偽って内部から瓦解させる方が効率的なはず。今のアストラリア王国なら...)
「すまんが、他の戦力は割けん!我々だけで行くぞ!」
アディラウスの声が、遥斗の思考を中断させた。
夜空を突き進むこと30分。月の光を背に受けた巨大な建造物が、地平線上に姿を現す。
「見えたぞ、あそこだ!」
アディラウスの声に、マーガスが震える声で返す。
「や、やっと着くのか...!」
アディラウスの声に、遥斗とマーガスは前方に目を凝らす。
月光に照らされた魔道具保管施設は、まるで異界への入り口のように不気味な存在感を放っていた。
巨大な倉庫のような建物の周囲には、無数のアンデッドが蠢いている。その光景は、まさに死者の宴といった様相を呈していた。
「やはりここだったのか!」
アディラウスの声が夜気を震わせる。
グリフォンガードの背で、遥斗は状況を素早く分析する。
「どうしますか?数が多すぎます!このままでは建物に近づくことすら...」
「任せよ!我らには空からの制圧がある!」
アディラウスは躊躇なくグリフォンガードに取り付けられたマジックバックに手を伸ばす。取り出されたのは、淡い光を放つ小瓶―浄化のポーション。
「ぎゃああぁぁ!まだ飛ぶのかよぉ!」
マーガスの悲鳴を置き去りにし、アディラウスは次々とポーションを散布していく。月の光を受けて輝く液体が、まるで星屑のように降り注ぐ。
それと同時に、グリフォンガードの口から放たれる魔力の塊。白い光弾が、地上のアンデッドを次々と粉砕していく。
「圧倒的だ...」
遥斗の感嘆の声が漏れる。制空権を握ることの優位性。それは、この世界でも変わらない戦術の真理だった。
ザシュッッ!!!
突如閃光が夜を切り裂き、グリフォンガードの翼を直撃する。鋭い斬撃が、魔力に満ちた翼を容赦なく切り裂いていった。
「くっ!」
アディラウスの必死の操縦で、グリフォンガードは何とか制御された落下態勢を取る。
「っはぁぁぁ...な、何とか助かった...」
マーガスの声が震える。
地上に軟着陸したグリフォンガードの背から、三人は素早く大地に降り立つ。
そこに待ち構えていたものを目にして、遥斗の背筋が凍る。
魔道具保管施設を背に佇む異形の鎧。それは人の形を模しているようで、しかし決して人ではない。
首のない胴体から生える四本の腕。漆黒のフルプレートアーマーは、まるで深淵そのものを固めたかのような威圧感を放っていた。
さらにフルプレートアーマーから腕は4本も生えており、腕にはそれぞれ、研ぎ澄まされた剣二振り、巨大なラージシールド、そして不吉な輝きを放つ槍、を携えていた。
「デュラハン・ナイトメア...」
アディラウスの声が、重く響く。
デュラハン・ナイトメア、それはアンデッドの王と呼ばれし存在だった。
放たれる威圧感は、これまでのアンデッドとはまるで次元が違っていた。
単なる死の気配ではない。意思を持った死、目的を持った破壊の化身。
その存在自体が、この世界の理に反しているかのようだった。
「ミストレイスたちは、ただの下僕だったわけか...」
マーガスの声には、明らかな動揺が混じっていた。
デュラハン・ナイトメアが、ゆっくりと剣を構える。その動きには無駄が無く、まるで何百年もの戦闘経験を積んだ古の剣士のようだった。
アディラウスが腰の剣を抜き放ち正中線に中段で構える。その構えは西洋ではなく日本の剣術を思わせた。
「いくぞ...!」
「アルケミック!」
マーガスが銀の剣を生成し構える。その手の震えは、既に消えていた。
たった3人の決戦の幕が、今まさに切って落とされようとしていた。




