81話 推論
マーガスのもとに合流できた遥斗たち一行。エレナとトムは、巨大なグリフォンガードに警戒の目を向けていた。
その威容は、確かに畏怖の念を抱かせるに十分だった。鷲の鋭い眼光と、ライオンの強靭な体躯。翼から放たれる魔力の波動は、空気そのものを震わせているかのようだ。
しかし遥斗は、マーガスとアディラウスの和やかな様子から、既に敵対関係にないと冷静に判断していた。彼の目は、むしろグリフォンガードの特徴を観察することに向けられていた。
「エリアナ王女と一緒におられた方ですね?」
アディラウスの声には、感謝と共に興味深そうな響きが含まれていた。
「あなたは城門を警備されていた...」
「フェルドガルド正門守護隊隊長アディラウスと申します」
「僕は佐倉遥斗といいます」
互いに丁寧な挨拶を交わす中、アディラウスの目が知的な輝きを帯びた。月光が、彼の整った顔立ちを浮かび上がらせる。
「そのお名前...貴殿が異世界から来られたという御仁ですか?」
「はい、そうです。日本という国から来ました」
「そうですか、日本から」
アディラウスの言葉に、遥斗は思わず声を上げる。
「えっ、日本をご存じなのですか!」
「あまり詳しくはありませんが」アディラウスは穏やかに微笑む。その表情には、長年の経験に裏打ちされた確かな知識が垣間見える。
「アメリカ、中国などの国々も存じております。過去に異世界から来られた方の国々です」
その言葉は、遥斗の世界観を大きく揺さぶった。
(そうか...何百年も召喚を続けていれば、日本以外からも召喚された人がいても不思議じゃない。じゃあ、この世界の文化や技術の一部は、僕たちの世界から影響を受けているのかも...)
今まで気付かなかった事実に、遥斗は愕然とする。同時に、この世界の歴史の深さを改めて実感していた。
エレナとトムは、依然としてグリフォンガードに対して警戒の色を解いていない。その緊張した様子を見たアディラウスは、優しく声をかける。
「ご安心ください。グリフォンガードは帝国の誇る守護モンスターです。民を守ることこそが、その使命なのです」
マーガスも加わる。その声には、先ほどの戦いで感じた信頼が込められていた。
「俺も助けてもらったんだ。あのミストレイスから」
遥斗は、これが帝国の闇に対抗できる自信の根拠なのだと理解した。人とモンスターが共に戦う—その新しい形に、可能性を感じる。しかし同時に不安も去来する。
(でもこれで「奈落の破壊者」に対抗できるの?あの存在は、この世界の理を超えているように感じる...)
エレナが、場の緊張を和らげるように質問を投げかける。彼女の貴族としての素養が、自然と発揮されていた。
「ところで、なぜアンデッドがこんなにも城壁の内側に出現しているのですか?原因はわかっているのでしょうか?」
アディラウスの表情が曇る。月光の下で、その顔に浮かぶ焦りの色が鮮明に浮かび上がる。
「いえ、まったくわかっておりません。いつもは1、2体現れるだけで、朝になれば消えてしまいます」
「現在、守備隊総出で防衛にあたっております。各所に配置された見張りの報告では、出現場所に規則性は見られないとのことです」
「アンデッドなんだから、お墓から出てくるんじゃないの?」
トムが素朴な疑問を投げかける。その率直さは、時として新しい視点をもたらすことがある。
「何度も確認していますが、その様子はありません」
アディラウスは首を振る。
「やっぱりそんなの関係なく、沸いて出てくるのかしら?」
エレナの言葉に、遥斗は深い思考に沈む。
(ミストレイスは魔力が物質として具現化した存在...)
先ほどの戦いで得た知見が、遥斗の頭の中で整理されていく。彼の分析力が、新たな視点を見出そうとしていた。
(ミストレイスが人間を攫い、その人間が死ねばボーンハンターになる...そう仮定すれば)
遥斗の目が知的な輝きを増す。論理的思考が、次々と新たな可能性を紡ぎ出していく。
(発生場所は人間の死体がある場所ではなく、魔力が溢れている場所なんじゃないか?ミストレイスは魔力を物質化してとりついているとしたら...それなら出現場所の不規則性も説明がつく)
「アディラウスさん」
遥斗の声に、全員の視線が集まる。街灯の明かりが、彼の真剣な表情を照らし出す。
「この街で、特に魔力が集中する場所はありますか?」
遥斗の問いかけに、アディラウスは思案顔で答える。
「そうですね...まず城門の大結界。あれは帝国最高の魔術師たちが張り巡らせた防衛魔法の集合体です。魔力の濃度は常に監視下にあります」
彼は順を追って説明を続ける。
「次に帝国魔法学院の実験棟。そこでは常に強力な魔法実験が行われています。魔力の漏洩には細心の注意が払われているはずですが...」
「それから古代遺跡の発掘現場。地下から漏れ出る太古の魔力があります。これは制御が難しい代物です」
「他には?」
遥斗の追及に、アディラウスは続ける。
「あとは郊外の魔道具保管施設ですが...」
その言葉に、遥斗の目が光った。直感が、何かを告げている。
「そこは調べましたか?」
「いや...」アディラウスが首を振る。
「滅多に人が立ち入らない場所なので...」
「ここからの位置は?」
遥斗の声が切迫感を帯びる。事態の重大さを感じ取ったかのように、グリフォンガードが翼を広げた。
「かなり遠い。人の足では丸1日はかかる」
「そんな...」
エレナが落胆の声を漏らす。
「しかし」アディラウスの声が力強く夜空に響く。
「グリフォンガードならすぐだ!。確認してきます!」
アディラウスが即座に行動を起こそうとする。その決断の速さに、帝国騎士としての矜持が感じられた。
「私も一緒に行きます!」
マーガスの声に、皆が驚きの目を向ける。アディラウスがマーガスの目を見つめる。
その真剣な眼差しに、アディラウスは深く頷いた。異なる国の騎士として、使命を共有する者同士の理解が通じ合っていた。
「僕も!」
突如として遥斗が声を上げる。
「貴様が行って何になる!」
マーガスの怒声が響く。その声には、普段の尊大さではなく、純粋な心配が込められていた。
しかし、遥斗の心の中では別の声が叫んでいた。
(この新しく得られた世界の法則を見てみたい。いや、知らなければならない!この世界の仕組みを理解することが、重要な鍵になる気がする)
「ここで問答をしている時間はない」
アディラウスが割って入る。
「危険は承知しているな?」
「はい!」
遥斗の返答に迷いはなかった。
「では私も!」
エレナが一歩前に出る。
「すまない」アディラウスが申し訳なさそうに答える。
「これ以上はグリフォンガードが無理だ」
「無茶はしないから待っていて!」
遥斗の言葉に、エレナは不安げな表情を浮かべる。その目には、遥斗への心配と、自分には何もできない歯がゆさが混ざっていた。
グリフォンガードの背に3人が乗り込む。その巨大な翼が夜空を切り裂く音が、フェルドガルドの街に響き渡る。
月明かりに照らされた3人の姿が、次第に小さくなっていく。
「あの2人なら大丈夫だよ」
トムの言葉に、エレナは小さく頷いた。
しかし、その瞳には依然として不安の色が残っていた。夜風が彼女の長い髪を揺らす中、彼女の目は月夜の空を見上げ続けていた。