74話 夜空のエーテルライト
御者たちは息の合った動きで調理を進めていく。四人の手際の良さは、まるで職人のようだった―というより、華麗なダンスショーといった趣である。
エーテルライトの青白い光の中、鍋から立ち上る湯気が幻想的な雰囲気を醸し出している。
ほどなくして、パン職人の誇りをかけたかのようにふんわりと焼き上がったパンと、その香りだけで貴族の食卓に出せそうな肉料理、そして具材が溢れんばかりの贅沢なシチューが用意された。
エリアナが優雅に手を合わせる。その仕草は、まるで絵画から抜け出してきたかのような美しさだった。
「いただきましょう」
遥斗たちは舌鼓を打ちながら、野外での食事を楽しんでいた。
「おいしい!」遥斗の素直すぎる感想に、御者たちは「それは当然だ」とでも言いたげに満足げに微笑む。
その間にも、御者たちは休む暇なく作業を続けていた。大型マジックバックから次々とパーツを取り出し、まるで建築の達人のように手慣れた様子でテントを組み立てていく。
出来上がったテントを見た遥斗は目を見張った。
(これ、テントなの?まるで小さな宮殿みたいだ...いや、むしろ高級リゾートホテルのスイートルーム?)
食事を終えた遥斗は、好奇心に取り憑かれたネコのように興味津々でテントに近づく。しかし―
パシッ!
「いったぁ!」
突然、後頭部に鋭い痛みが走った。漫画のように、頭から小さな星が飛び出そうな衝撃である。
「貴様は何をしている!」
振り返ると、マーガスが激昂した表情で立っていた。
「え?ちょっと中を確認しようかと...」
遥斗が困惑した表情で答える。
「ふざけるんじゃない!」マーガスの声が夜空に響く。
「女性専用だぞ貴様!」
その言葉を聞いた遥斗の顔が、見る見る青ざめていく。
「え...えぇっ!?」
トムが、まるでかわいそうな人を見るような目で首を振る。
「それは良くないよ、遥斗くん。紳士たる者、そんな行為は...」
「ち、違うんだ、聞いてよ!」
遥斗は涙目になりながら必死に弁明しようとする。その姿は、まるで痴漢で捕まった犯人のようだった。
その時、御者の一人が、音もたてず静かに近づいてきた。
「大変申し訳ございませんが、男性はこちらでお休みください」
そう言って、何の羽根を使っているか分からないが、非常に高級そうな寝袋を差し出す。
完熟トマト色した顔で、寝袋を受け取る遥斗。
エリアナとエレナはクスクスと笑いながらテントへと消えていった。その後ろ姿には「面白い見世物を見た」とでも言いたげな雰囲気が漂っていた。
夜も更けて、野営地は静けさに包まれる。
マーガスとトムは疲れていたのか、まるでオーケストラの共演のように息の合った大きな寝息を立て始めた。
ナッシュ、オルティガ、御者たちも寝袋の中で休んでいる。マーガスの寝相の悪さは、まるで戦闘訓練の最中のようだった。
焚火の傍らでは、ガイラスが彫像のような凛とした姿勢で見張りを続けていた。
「ゆっくり休むといい。我々が交代で警戒あたる」
遥斗は寝袋に入りながら、先ほどもらったエーテルライトの欠片を取り出した。
まるで初めてのクリスマスプレゼントを手にした子供のような目の輝きだ。
夜空の星々を背景に、青白い光を放つ結晶を見つめる。
(ちょっと試してみよう)
そっと魔力を流してみると、エーテルライトが突如として強く発光した。
「熱っ!」
思わず手を離してしまう。わずかな魔力で、予想以上の熱を発生させていた。幸い、寝袋は燃えなかった。
(なるほど、これが魔力銃のエネルギー源か。でも、この反応は...)
遥斗の頭の中で、色んな思考が巡り始める。その表情は、まるで難解な実験に取り組む研究者のようだった。
(魔力が増幅されているわけじゃない。むしろ、魔力に反応して熱エネルギーを放出している?)
彼は突然の思いつきに、少し不安げな表情を浮かべる。
(まさか...核分裂とかしてないよね?そんなことになったら大変だ...)
しかし、すぐに別の仮説が浮かぶ。
(いや、これはもしかして...エネルギーが固体化したものかも。この世界では魔力を物質化することができるみたいだし...)
夜空を見上げながら、遥斗は考えを巡らせる。
(この世界特有の物理法則...まだまだ分からないことだらけだ。アインシュタインだったらどう考えるかな...)
そんなことを考えているうちに、遥斗の意識は徐々に遠のいていった。寝相の悪いマーガスとは対照的に、彼はエーテルライトを大事そうに握ったまま眠りについた。
「遥斗くん、おはよう」
目を覚ますと、朝日とともに心地よい香りが漂っていた。まるでパン屋の前を通るときのような幸せな香り。
エレナが優しく微笑みかける。朝もやの中、スープとパンの準備が整えられていた。その光景は、まるでファンタジー映画のワンシーンのようだった。
「遅いのだ貴様は!」マーガスの声が、目覚まし時計よろしく朝の静けさを粉々に打ち砕く。
「姫より遅く起きる騎士がどこにいる!寝坊は貴族の恥だぞ!」
(僕は騎士だっけ?そもそも貴族でもないし...)
遥斗は首を傾げながら、まるでゾンビのようにゆっくりと起き上がる。
エリアナが一同に向かって優雅に挨拶をする。その姿は朝日を背に、まるで天使のような輝きを放っていた。
「用意が出来ましたら出発したいと思います。皆さま、今日もよろしくお願いいたします」
「お任せください姫!」
ガイラス隊の力強い声が、朝の大地に響き渡った。
新たな一日の始まり。
遥斗は寝袋を畳みながら、エーテルライトの欠片を、宝物をしまうように、慎重にズボンのポケットにしまい込んだ。
この不思議な世界の謎をもっと知りたい。
そう心に誓いながら、遥斗は朝の支度に取り掛かった。