73話 野営地にて
グラニト・ストーンから逃れた直後、重装備の足音が地面を震わせながら近づいてくる。鎧のこすれる音と共に、急いで駆けてくる息遣いが聞こえた。
「姫様、ご無事でしたか!」
ガイラス隊が全速力で駆けつけてきた。その鎧は汗と土埃で曇っていたが、表情には安堵の色が浮かんでいる。日差しを受けて、兜の隙間から汗が光っていた。
エリアナは優雅に会釈をしながら答えた。
「はい、モンスターに襲われましたが、遥斗様のおかげで助かりました」
その仕草には、いかなる場面でも失われない気品が漂っていた。
「遥斗!大丈夫だった?」エレナが心配そうに駆け寄る。彼女の緑の瞳には、遥斗への深い心配の色が宿っていた。
「怪我はない?」トムも続いて声をかける。
「よくやってくれた。礼を言う」
ガイラスは遥斗に向かって深々と頭を下げた。
「い、いえ!マーガスが来てくれたおかげで...」
遥斗は慌てて手を振る。その表情には照れくささが浮かんでいた。
「当然です!」
マーガスが突然割って入る。彼は華麗なポーズを取りながら続けた。まるで舞台の主役のように立っている。
「エリアナ姫の危機とあらば、このマーガス、どこへでも駆けつけましょうとも!」
その言葉を聞いた遥斗は、先ほどの転げ回るマーガスの姿を思い出し、思わず噴き出しそうになる。歪んだハンマーの姿が、まざまざと蘇ってきた。
「なんなんだ貴様!何か言いたいことでもあるのか!」
マーガスが眉をひそめて詰め寄る。その表情には、わずかな赤みが差していた。
「な、なんでもないよ」
遥斗は笑いをこらえながら答える。
その様子を見ていたトムが首を傾げる。
「あの二人って、あんなに仲良かったっけ?」
「さぁ?」エレナも不思議そうに見つめる。
ナッシュが真剣な表情で口を開いた。
「しかし、気になることがある。このような場所に高レベルモンスターが出現するとは...どういうことだろうか」
エリアナは表情を引き締めて説明を始めた。その声には、指導者としての責任感が滲んでいた。
「スタンピードの影響かと思われます。恐らく魔物の軍勢から逃げ出して、生息地域が変わってしまったのでしょう。現在、王国軍と冒険者の皆様で対応していただいております」
(なるほど、だからエリアナ姫の護衛がこれほど少ないのか。他の兵士たちは、モンスター対策に回されているんだ)
遥斗は状況を素早く理解していた。
オルティガが周囲を見回しながら提案する。
「早く安全な場所まで移動しましょう。日も昇りきってしまいました」
全員が頷き、急いで馬車に乗り込む。車輪が地面を踏みしめる音が、静かに響く。
馬車は森を抜け、広大な平原へと出る。
太陽に照らされた草原が、黄金色に輝いている。
遥斗は馬車の性能の高さに驚かされていた。
馬車を引く馬は明らかに強化されており、その走行速度は通常の馬をはるかに上回る。
筋肉の隆起が目立ち、目には知的な光が宿っていた。
さらに馬車本体にも魔力が付与されており、驚くほど揺れが少ない。
車輪の周りには、かすかな魔力の光が漂っていた。
(これなら国境を超えるのにも、それほど時間はかからないかもしれないな)
遥斗は分析的な目で馬車の構造を観察していた。
彼の頭の中では、すでにいくつもの仮説が組み立てられていた。
夕陽が地平線に沈みかける頃、見晴らしの良い場所で馬車が停まる。辺りは夕暮れ特有の柔らかな光に包まれていた。
「今日はこのあたりで野営のようですな」
ガイラスの言葉に、遥斗は驚いた表情を見せる。
(こんなところに姫を泊めさせるの?)
しかし御者は手慣れた様子で、馬車の荷台から調理器具を取り出し始めた。金属の道具が、夕陽に照らされて輝いている。
さらに大型のマジックバックから、新鮮な食材が次々と取り出される。野菜の瑞々しさに、遥斗は目を見張った。
遥斗は興味深そうにその準備を見つめていた。
特に、火の代わりに置かれた石のようなカケラに注目する。御者が魔力を流すと、それらは淡い青白い光を放ちながら熱を発し始めた。
その光は、次第に濃くなっていく夕闇の中で、一層神秘的に見えた。
「これは何ですか?」
好奇心に駆られた遥斗が御者に尋ねる。その目には、純粋な探究心が輝いていた。
「エーテルライトの欠片ですよ」
「エーテルライトって...」
「魔力銃にも使われているものよ。覚えてない?」
エレナが説明を加える。
「エーテルライトは大きなものしか安定して使えないの。小さな欠片はクズエーテルライトとして、こういった燃料代わりになるわ。それでもかなり高価なものよ」
彼女の説明は、いつも遥斗の理解しやすい言葉で語られていた。
御者は微笑みながら一つの欠片を遥斗に差し出した。青白い光を放つその欠片は、宝石のように美しかった。
「良かったらどうぞ」
「い、いいんですか!」
遥斗は子供のように目を輝かせる。その表情には、純粋な喜びが溢れていた。
「変わった方ですね」
御者は優しく笑う。その笑顔には、遥斗の反応を楽しむような温かさがあった。
「ええ、まぁ...変わり者なので」
エレナは苦笑いしながら答える。しかし、その声音には明らかな愛着が感じられた。
遥斗は受け取ったエーテルライトの欠片を夕暮れの空に掲げ、その輝きを観察していた。彼の瞳には純粋な探究心が宿っていた。夕陽の光とエーテルライトの青白い輝きが交差し、幻想的な光景を作り出している。
その光景を見つめる一行の表情には、それぞれ異なる思いが浮かんでいた。彼らを包む夕暮れは、穏やかで心地良いものだった。




