70話 馬車の中の告白
朝靄の立ち込める道を、二台の馬車が静かに進んでいた。
木々の間から差し込む朝日が、車内に淡い光を投げかけている。遥斗は窓の外を眺めながら、これから始まる未知の旅路に思いを馳せていた。
エリアナが柔らかな声で語りかけた。
「遥斗様、改めてお礼を申し上げます。このような危険な旅にお供いただき、本当に感謝しております」
遥斗は慌てて姿勢を正し、頬を赤らめながら答えた。
「い、いえ!僕こそ、こんな大事な任務に参加させていただいて...」
エリアナは微笑み、真剣な表情で話を続けた。
「実は、ヴァルハラ帝国との関係は非常に複雑なのです。彼らは以前より、私たちアストラリア王国の異世界召喚を強く非難してきました」
「そうだったんですか?」
遥斗は驚きを隠せない様子で尋ねた。
エリアナは深く息を吐き、説明を始めた。
「はい。彼らの主張によれば、異世界召喚はアストラリア王国のみが使える魔法であり、それが我が国の軍事力を不当に高めているというのです」
遥斗は眉をひそめた。
「でも、それは闇からの防衛のため、仕方なくないですか?」
「その通りです」エリアナは頷いた。
「しかし、ヴァルハラ帝国にとっては、それが脅威に映るのでしょう。一方で、ソフィア共和国とノヴァテラ連邦とは協力関係にあります」
遥斗は思い出したように言った。
「はい、確かに王立学園の授業で少し習いました。ソフィア共和国とは魔法技術や学術面で、ノヴァテラ連邦とは武器や魔道具の技術を共有していると」
エリアナは感心したように遥斗を見つめた。
「さすがですね、遥斗様。よく覚えていらっしゃいます」
「い、いえ、たまたま...」
遥斗は照れくさそうに笑った。
エリアナは真剣な表情に戻り、続けて話をした。
「実は、これらの同盟関係は闇の脅威に対する共闘が主な目的なのです。地理的に見て、もしアストラリア王国が壊滅すれば、次はソフィア共和国が危険にさらされることになります」
遥斗は息を呑んだ。
「そんなに切迫した状況なんですか?」
「はい。実際、一部の貴族はすでにソフィア共和国に亡命し、アストラリア王国の力は徐々に失われつつあります。そのため、我々は異世界召喚を行い、戦力を補ってきたのです」
エリアナは悲しげに頷いた。
エリアナは遥斗をまっすぐ見つめ、優しく続けた。
「異世界から来られた方々は、多くの場合、この世界の住人よりも遥かに高いスキルと職業が神より授けられます」
その言葉を聞いた遥斗の心が沈んだ。自分のアイテム士という職業を思い出し、無力感に襲われる。
エリアナはその様子に気づき、慌てて言い添えた。
「あ、遥斗様!そのような意味ではございません。遥斗様の能力は...」
遥斗は弱々しく笑って遮った。
「大丈夫です、エリアナ姫。僕も自分の能力のことはよくわかっていますから」
エリアナは申し訳なさそうな表情を浮かべたが、話を続けた。
「異世界人の召喚は、実は簡単にできるものではありません。数十年に1度の大魔術なのです。そのため、私たちはスタンピードに合わせて行ってきました。しかし、最近はその間隔が短くなり、前回のスタンピードには間に合わなかったのです」
「じゃあ、僕たちが召喚されたのは...」
エリアナは頷いた。
「はい、急を要する状況だったのです。異世界から来られた方々の中には、使命を終えると帰還される方もいますが、この世界に残る方もいます。そういった方々は貴族として迎え入れられ、子孫を残されます。その子孫の中には、優秀な能力を引き継ぐ者もいるのです」
遥斗は思わず「マーガスのことですか?」とつぶやいた。
すると、それまで静かに聞いていた護衛の兵士の一人が口を開いた。
「アレクサンダー様もそうですよ」
遥斗は驚いて振り返った。兵士は丁寧に一礼し、自己紹介を始めた。
「失礼いたしました。私は光翼騎士団部隊長のガイラスと申します」
もう一人の兵士も続けて挨拶した。
「光翼騎士団ガイラス部隊隊員のナッシュです」
ガイラスは付け加えた。「そして、もう1台の馬車に乗っているのがオルティガです」
遥斗は慌てて挨拶を返した。
「あ、はい!よろしくお願いします」
エリアナは話を元に戻した。
「ヴァルハラ帝国の主張は、このように能力的に優秀な人間を増やすことで、彼らを脅かしているというものです」
遥斗は考え込んだ。
「確かに、こうして聞くと双方に言い分があるように思えます。でも...」
彼は「奈落の破壊者」の恐ろしい姿を思い出し、声を強めた。
「でも、あんな恐ろしいものを見た後では、そんなことを言っている場合じゃないはずです」
エリアナは強く頷き、遥斗を見つめた。「遥斗様...」
彼女は真剣な表情で続けた。
「そうなのです。だからこそ、今回の遥斗様の役割が重要なのです。異世界から来られた方々が、他国を侵略するような意図を持っていないことを、遥斗様に説明していただきたいのです」
遥斗は決意を込めて答えた。
「わかりました。僕にできることなら何でも」
その時、突然、馬車の外から御者の悲鳴が響いた。
「モンスターだ!」
遥斗とエリアナは驚いて窓の外を見た。道の先には、巨大な影が立ちはだかっていた。
ガイラスが即座に立ち上がり、剣を抜いた。
「姫様、遥斗様、お下がりください!」
ナッシュも素早く動き、馬車の扉を開けた。
「急いで!安全な場所へ!」
遥斗はエリアナの手を取り、馬車から飛び出した。背後では、もう一台の馬車からエレナたちの声が聞こえる。
「遥斗!大丈夫?」エレナの声には緊張が滲んでいた。
「みんな、態勢を整えるんだ!」
マーガスの声が響く。普段の軽薄さは消え、真剣そのものだった。
トムの声も聞こえた。
「僕らは後方支援に回ります!」
遥斗は息を切らせながら、エリアナを安全な場所へと導いた。
彼の心臓は激しく鼓動していた。旅の始まりからこんな危機に直面するとは思ってもみなかった。