67話 招聘
謁見の間の重厚な空気が、遥斗とアリアを包み込んでいた。高い天井から吊るされた巨大なシャンデリアの光が、二人の緊張した表情を柔らかく照らしている。
玉座には威厳に満ちたエドガー王が座し、その傍らには凛とした佇まいの王女エリアナと、長い白髪をたなびかせた賢者マーリンが控えていた。
さらに、エリアナの後ろには光翼騎士団長アレクサンダーが控えており、鋭い眼差しが二人を見つめていた。
「面をあげよ」
エドガー王の低く響く声に、遥斗とアリアはゆっくりと顔を上げた。王の表情には、慈愛と威厳が混ざり合っていた。
「アリア・ブレイディア」エドガー王が口を開いた。
「噂に名高いシルバーファングの団長に、このような形ではあるが会えて喜ばしく思う」
「お言葉、恐縮です」
アリアは丁重に一礼した。
エドガー王は続けた。
「この度の王都防衛、心より感謝する。汝らの勇気と力が、この国を救ったのだ」
「大変光栄にございます」アリアは慎重に言葉を選んだ。
彼女の心の中では、警戒心が鎌首をもたげていた。遥斗が呼ばれた真の理由が、まだ明かされていないからだ。
続けてエリアナが優雅に語りかけた。
「アリア様、後ほど勲章の授与と相応の報酬について、お話しさせていただきたく存じます」
アリアは静かに頷いたが、その瞳には依然として警戒の色が宿っていた。
エドガー王の視線が、今度は遥斗に向けられた。
「遥斗よ、汝もよくぞ耐え抜いてくれた」
遥斗は慌てて頭を下げた。
「滅相もございません。僕なんか...」
アレクサンダーが厳しい目つきで遥斗を見つめた。
「どこまで成長できたか、聞かせてもらおうか」
アリアは内心で舌打ちした。
(探りを入れに来たか?)
遥斗は少し戸惑いながらも、真摯に答えた。
「王立学園とアリアさんの指導のおかげで、少しは強くなれたと思います。ですが、まだまだ未熟者です」
「謙虚さも大切じゃ。よくぞ成長してくれた」
エドガー王は満足げに頷いた。
突然、エリアナが前に進み出た。その表情にはどこか緊張の色が見えた。
「遥斗様、折り入ってお話があります」
その言葉にアリアの全身の神経が、一瞬にして研ぎ澄まされた。
その異常な緊張感に、アレクサンダーは瞬時に気づき、心の中で戦闘態勢に入った。
エリアナは深呼吸をして、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「ヴァルハラ帝国より、異世界人の危険性を確認するために、遥斗様を招聘したいとの申し出がございました」
その言葉に、遥斗とアリアの表情が凍りついた。
エリアナは続けた。
「遥斗様には、ヴァルハラ帝国でアストラリア王国異世界人召喚は世界の安寧ためであり、他意はないことを証明していただきたいのです」
アリアは、あまりの展開に言葉を失った。彼女が想像していたどんな状況とも、これは全く異なっていた。
遥斗は、混乱した表情で尋ねた。
「涼介たちは?涼介たちは一緒なんですか?」
エリアナの表情が、一瞬苦しげに歪んだ。
「申し訳ございません。涼介様たちは...ダンジョン攻略後、そのまま闇の討伐の旅に出てしまい、王国では行方を掴んでおりません」
「旅に出た?」遥斗の声が震えた。
「僕を置いて?」
エリアナは懇願するような目で遥斗を見つめた。
「もはや帝国に異世界召喚の正当性を伝えられるのは、遥斗様だけなのです!どうか、お力添えを...」
しかし、その言葉はもはや遥斗の耳には届いていなかった。
彼の目は虚空を見つめ、その表情には深い悲しみと混乱が浮かんでいた。
エドガー王は重々しく言葉を継いだ。
「遥斗よ、我が国の未来がかかっているのだ。汝の力を貸してはくれまいか」
遥斗の目に、涙が浮かんでいた。
「そうか...涼介くんたち...僕を置いていったんだ...」
アリアは遥斗の悲しむ顔を見て、心臓を掴まれるような思いだった。
「遥斗...」
しかし、遥斗の心は既に遠くへ飛んでいた。友との思い出、共に過ごした日々、そして突然の別れ。全てが彼の心を激しく揺さぶっていた。
アリアは遥斗の様子を見て、心配そうに声をかけた。
「遥斗、無理をする必要はない。今の状態では...」
しかし、遥斗は静かに顔を上げ、虚ろな目でエドガー王を見つめた。
「お引き受けします」
その言葉に、部屋中がわっと歓声に包まれた。
エリアナは喜びの声を上げた。
「遥斗様、本当にありがとうございます!」
エドガー王も安堵の表情を浮かべた。
「遥斗よ、汝の決断に感謝する」
しかし、アリアは遥斗の表情に違和感を覚えた。
「遥斗、本当にいいのか?」
「はい...別に構いません...何でもいいです...」
その言葉に、アリアは愕然とした。
遥斗の目には、これまで見たことのない諦めの色が浮かんでいた。
遥斗は心の中で思った。
(僕だけ先に元の世界に帰ることも考えたけど...どうせこの状況じゃ無理だろうしね。さっさと終わらせて帰ろう)
マーリンが遥斗の様子を見て、静かに口を開いた。
「遥斗殿、この任務の重要性は理解しておられるか?」
遥斗は無感情に答えた。
「はい。アストラリア王国の未来がかかっているんでしょう?」
その冷めた態度に、エドガー王もエリアナも困惑の表情を浮かべた。
アリアは必死に状況を打開しようとし進言した。
「陛下、もう少し遥斗にお時間を...」
しかし、エドガー王は首を振った。
「時間がないのだ、アリア。遥斗の決意を尊重しよう」
エリアナは遥斗に近づき、優しく語りかけた。
「遥斗様、本当にありがとうございます。きっと、あなたのご友人たちも...」
その言葉に、遥斗の目に一瞬、痛みの色が浮かんだ。しかし、すぐに消え去った。
「それで、いつ出発すればいいですか?」遥斗は淡々と尋ねた。
エドガー王が答えた。
「明日の朝一番だ。準備はすべて整えておく」
遥斗は静かに頷いた。
「分かりました。それでは、失礼します」
そう言って、遥斗は踵を返し部屋を出た。
アリアは焦りの表情で遥斗の後を追いかける。
「遥斗、待て!」
しかし、遥斗の足は止まらなかった。彼の背中には、すべてを諦めた者特有の重みが感じられた。
部屋に残された者たちは、複雑な表情で互いを見つめあった。
エドガー王が小さく呟いた。「これで良かったのだろうか...」
「他に選択肢はございません」エリアナがきっぱりと答える。
アレクサンダーは無言で、遥斗が去った方向を見つめていた。




