62話 再会と秘密
「みんな...無事で良かった」
遥斗の声が、夜の中庭に響いた瞬間エレナの体が弾けるように動いた。
「遥斗くん!」
彼女は遥斗に飛びつき、しがみつく。
その細い腕には、想像以上の力が込められていた。
「よかった...本当によかった...」
エレナの声は涙で震えており、遥斗は突然の出来事に戸惑いを隠せなかった。
「え、えっと...エレナ?」
オロオロする遥斗を見て、トムが思わず吹き出しそうになった。しかしエレナの本気の涙を見て、その笑いは飲み込んでおいた。
エステリアも、目頭を押さえながら微笑んでいる。
「本当に...よかったです。遥斗くん、無事で...」
「アリアさん、魔物たちはどうなりましたか?」
感動的な再会の場面を見守りながら、トムは疑問を口にした。
「心配するな。とりあえず、全て撃退したと思う」
アリアは、少しだけ疲れた顔で答えた。
その言葉を聞いて、マーガスが誇らしげな顔をした。
「さすがです!師匠!あんな大量の魔物を倒してしまうなんて!」
アリアは、ちょっと困ったように笑った。
「まぁその、なんだ!お前も、よく頑張ったな!」
アリアの言葉に、マーガスは嬉しそうに頷いた。
その瞬間、これまでの緊張が一気に解けたかのように、みんなの表情が和らいだ。
ガルスが大きな声で笑った。
「ガハハハッ!みんな無事みたいだな、やるじゃねえか!」
彼は豪快にトムの背中を叩いた。
トムは、その衝撃で前のめりになりながらも、笑顔を浮かべる。
「ええ、本当に良かったです。シルバーファングのみなさんも無事で何よりです」
レインは、いつもの寡黙さとは裏腹に、珍しく口角を上げていた。
「よく持ちこたえたな」
マルガは、長い髭をなでながら、にやりと笑った。
「まあ、若いもんはそのぐらいでないとのう」
エステリアは、涙ぐみながらも嬉しそうに言った。
「みなさん...本当によく生きて戻ってきてくださいました」
リリーは、はしゃぎながら皆の周りを跳ね回っていた。
「やったです!みんな無事です!神様、ありがとうございますです!ところで、可愛い顔して、遥斗くんは意外に女たらしなのです?」
「そ、そんなこと無いですよ!」と遥斗はエレナにしがみつかれたまま答えていた。
アリアは苦笑しながらも、優しく頷いた。
「ああ、お前たち全員、本当によくやってくれた」
「学園の方は無事だったみたいだな」
「ええ、大丈夫です。みなさんのおかげで」
エステリアは優しく微笑んだ。
そんな和やかな雰囲気の中、やっと遥斗から離れたエレナがアリアに近づき、「アリアさん、少しお話があります」と声をかけたのだった。
アリアは、エレナの真剣な表情を見て頷いた。
「奇遇だな。私もお前に話がある」
二人は、みんなから少し離れた場所に移動した。
エレナは、低い声でアリアに詰め寄った。
「なぜ遥斗くんを連れて行ったんですか?無事に戻ってきたから良かったものの、正気の沙汰とは思えません」
アリアは、エレナの怒りを理解しつつ、冷静に答えた。
「あの時の判断は間違いではなかった。むしろ、自分の行動を褒めてやりたいくらいだ」
エレナは、さらに興奮して問い詰めた。
「何を言っているんですか!結局、アリアさんたちが魔物を倒したんでしょう?」
アリアは、エレナの言葉を遮るように手を上げた。
「違う。遥斗がほとんど一人で倒したんだ」
「え...?何を...」
アリアに言っている意味が分からず、エレナは目が点になった。
アリアは、真剣な顔でエレナの瞳を見据えた。
「事実だ。我々が生きているのも、王都が救われたのも、全て遥斗のおかげだ」
エレナは、言葉が出なかった。頭の中がぐるぐる回っている。
「そんな...でも...嘘...どうして...」
「だが、遥斗の強さは限定的なもので、ステータスだけ見れば一般人だ。能力を理解されれば、いくらでも対抗策はある。遥斗の能力は絶対に人に知られるべきではない」
アリアは、深いため息をついた。
エレナは、やっと状況を飲み込み始めた。
「では...どうするつもりですか?」
「魔物を倒したのは、我々シルバーファングだったことにして報告する」
エレナは、しばらく考え込んだ。そして、ゆっくりと頷いた。
「...そうですね。確かに、その方がいいと私も思います」
アリアは、ほっとした顔をした。
「助かる。それと...遥斗には、お前から説明してほしいんだが」
エレナは少し驚いたが、すぐにアリアの意図を理解した。
「分かりました。私からお話します」
二人は中庭に戻り、遥斗を呼んだ。
エレナは、深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、意を決して遥斗に話しかけた。
「遥斗くん、少し話があるの」
遥斗は、エレナの必死な顔に少し緊張しながらも、耳を傾ける。
「どうしたの?何かあった?」
エレナは、ゆっくりと状況を説明し始めた。アリアたちの決定と、その理由を丁寧に伝える。
エレナは、遥斗が怒ったり、傷ついたりするんじゃないかと心配だった。
しかし、遥斗の反応は予想外だった。彼は、あっさりと了承したのだ。
「それでいいと思うよ。だってもともと、シルバーファングのみなさんのおかげで倒せたんだから」
遥斗は、にこにこしながら続けた。
「それに、僕のことを心配してくれて、本当に嬉しいんだ」
アリアは、遥斗の反応に少し驚きながらも、ほっとした顔をした。そして尋ねる。
「遥斗...おそらくこの功績、爵位をもらえるかもしれん。それでもいいのか?」
遥斗は笑顔で答えた。
「涼介たちが戻ってきたら、一緒に闇を倒す旅に出るつもりです。なので貴族はちょっと...」
その言葉に、エレナの表情が凍りついた。遥斗が旅に出ると聞いて、胸がギュッと痛くなった。
「旅に...出るの?」エレナの声が震えていた。
「うん、そうだね。レベルも上がったし、これでみんなと一緒に行けると思う。元々闇を倒すために召喚されたんだから」
王都が救われて嬉しいはずなのに、エレナは遥斗の明るい声が、今はとても辛く感じた。