61話 もう一つの死闘
ミストヴェール湖近くの平原。かつての美しい景観は、今や悲惨な戦場と化していた。
アレクサンダー・ブレイブハート率いる王国軍と、魔物の軍勢が今なお激しい死闘を繰り広げていた。
アレクサンダーは、血と汗にまみれながら、周囲を見渡した。当初2万を誇った王国軍の兵は、僅か5000人にまで減少していた。残された兵士たちも満身創痍の状態だ。
「くそっ...」アレクサンダーは吐き捨てる。
魔物の軍勢も、数を大きく減らしてはいた。
しかし、そこにはまだ2体のヴォイドイーターが健在であった。その巨大な姿は、兵士たちの心に絶望の影を落としていく。
イザベラが、アレクサンダーに近づく。
「アレクサンダー...このままでは...」
「諦めるな!我々にはまだ戦う力が残っている!」
アレクサンダーは、イザベラの言葉を遮るように声を上げた。
彼の声は、戦場に響き渡る。しかし、その言葉とは裏腹に、アレクサンダーの心の中では不安が渦巻いていた。
(どうすれば...あの化け物を倒せるというのだ...)
ヴォイドイーターは、まるで人間たちの必死の抵抗をあざ笑うかのように、次々と虚無の吐息を放つ。その度に、数十人の兵士が消滅していく。
「みんな、散開しろ!」アレクサンダーが叫ぶ。
「決して諦めるな!我々が最後の砦だ!絶対に勝つんだ!」
アレクサンダーが必死に兵たちを鼓舞し続ける。
イザベラを始め残された兵士は、アレクサンダーの姿に奮い立たされ、死力を尽くして戦い続ける。
しかし、その努力も虚しく思えるほど、戦況は悪化の一途を辿っていた。
アレクサンダーの脳裏に、恐ろしい現実が浮かび上がる。
(もう一体の化け物は、おそらく王都に到着したはずだ...何としても早く!早く行かねば!)
彼は、最後の1人になっても絶対に勝たなければならないと心に誓う。敬愛するエドガー王を、そしてこの国を守るために。
「イザベラ!」アレクサンダーが叫ぶ。
「合わせよ!」
イザベラは、アレクサンダーの意図を理解し、頷く。
アレクサンダーは、残された魔力を全て注ぎ込む。
「ツインアクセル!」
彼の体が淡い光に包まれる。そして次の瞬間——
「ライトニングチャージ!」
アレクサンダーの体から光の翼が生まれ、まるで稲妻のように地面を駆ける。同時に、イザベラの声が響く。
「スターフォール!」
夜空のような闇が広がり、そこから無数の流星が降り注ぐ。
アレクサンダーの体と、イザベラの剣技が、同時にヴォイドイーターを直撃する。
しかし——
「な...何だと!?」アレクサンダーの声が震える。
ヴォイドイーターの体の一部が剥がれ、光の粒子となって消えていくだけだった。致命的なダメージには程遠い。
「くそっ...くそっ...」
その瞬間、ヴォイドイーターの巨大な拳がアレクサンダーに向かって迫ってきた。
「いやあぁぁぁぁぁ!」イザベラの悲鳴が響く。
アレクサンダーは、咄嗟にスキルを発動する。
「ライトプロテクション!」
光のバリアが彼の体を包み込む。
しかし、ヴォイドイーターの拳の前では、それも脆くも砕け散る。
「ぐああっ!」
アレクサンダーの体が、まるで人形のように吹き飛ばされた。
「アレクサンダアァァァ!」
イザベラが必死にアレクサンダーの元へ駆け寄る。
かすかな呼吸。まだ生きていた。
しかし、ヴォイドイーターの次の攻撃が迫っている。虚無の吐息が放たれようとしていた。
イザベラは、迷うことなくアレクサンダーの上に覆いかぶさる。
(無駄だとわかっていても...最期はあなたと一緒に...)
アレクサンダーとイザベラは、目を閉じ、その瞬間を待つ。しかし——
「...え?」
予想された攻撃は来なかった。
アレクサンダーが、かすかに目を開ける。そこで彼は、信じられない光景を目にする。
2体のヴォイドイーターが、突如として動きを止め、王都の方向を見つめているのだ。
「何が...起こったんだ?」
アレクサンダーの声は、かすれていた。
ヴォイドイーターたちは、まるで何かに呼ばれるかのように、突如として戦闘を止めた。そして、来た道を慌てるように引き返していく。
「イザベラ...あれは...」
「はい...撤退...しているようです」
二人は、信じられない思いで、その光景を見つめる。
王都に向かったヴォイドイーターが倒されたことを、残された2体は感知したのだ。
しかし、アレクサンダーたちには、その事実を知る術はない。
彼らは、ただ奇跡的に生き延びたことに、感謝の念を抱くのみだった。
「イザベラ...」アレクサンダーが、かすれた声で言う。
「生きていてくれて...ありがとう」
イザベラは、涙を浮かべながら微笑む。
二人の周りで、残された兵士たちが歓声を上げ始める。勝利の喜びではなく、生き延びた事によるものだった。
アレクサンダーは、ゆっくりと体を起こす。
「急いで...王都の様子を...王の安否を確認しなければ」
イザベラは、アレクサンダーを支えながら頷く。
「はい。きっと...我々の助けを待っているでしょう」
彼らは、疲労と傷を押して、王都へと向かう準備を始める。
しかし、彼らは知る由もなかった。
王都で起こった奇跡と、それをもたらしたアイテム士の少年の存在を。