最終話 いつか、また会おう
三人が驚愕の声を上げた。
「ユーディ!?」
「ユーディ様がなんでこんなところに!?」
「式はどうしたっす!?」
エーデルガッシュは涼しい顔だった。
だがその横に立つブリードは、盛大にしかめっ面をしている。
「陛下、護衛もなしにこのような場所に来られるのは——それにまだ披露宴の途中ですぞ。帝国の権威を他国に示さねば……」
「うるさいぞブリード!余はエレナに用があるのだ!」
ブリードがしかめっ面のまま口を閉じた。
彼の心配も分かる。
いまや、彼女は最重要人物の一人。
この世界の未来を担っているのだから。
だが——エーデルガッシュを害せる者が何人いるだろうか。
オーバーロードの力は失ったが、クロスフォード流剣術の達人で、聖剣サンクチュアリは今だ健在。
最早お供のブリードよりも強い。
「エレナ……冒険者になるのだな」
エーデルガッシュが、エレナの装備を見て言った。
その声には——僅か、ほんの僅かだが、寂しさが滲んでいた。
「ふふっ、そうね」
エレナは微笑みで返した。
「そなたであれば、王国の貴族として厚遇されたであろうに」
確かにそうだ。
爵位を受ける話。有力貴族からの縁談。王政の顧問への就任。
常人であれば垂涎の申し出が、次から次へと舞い込んでいた。
しかし、エレナは全て断った。
父であるレオナルド・ファーンウッド公爵は頭を抱えていたが、白虎を有するエレナに強く意見できるはずもなく。
結局——娘の意志を尊重した。
せざるを得なかった。
「どうだ、お主ら……帝国に来る気はないか?」
エーデルガッシュが、真剣な目で言った。
「余の元で働いてはくれぬか?待遇は保証しよう」
ヴァルハラ帝国皇帝直々の本気の勧誘だった。
それでも、エレナは笑っていた。
「気が向いたら寄るね」
エーデルガッシュの眉がぴくりと動いた。
断られた。
最初から分かってはいたが、それでも残念でならなかった。
「でも——ユーディが私たちの助けを必要とするなら……冒険者ギルドに依頼を出して。何を置いてでも、すぐに駆けつけるから!」
エレナは、エーデルガッシュの目を真っ直ぐに見た。
エーデルガッシュは——しばらく黙って、それから小さく笑った。
「ふっ……そうか。ならそうさせてもらおう」
本当に残念なのは、エレナと一緒に行けないこと。
本音を言えば——本当は、冒険者として旅をしたかった。
自由に。気ままに。仲間と。
だが——エーデルガッシュは臣民を選んだ。
帝国を背負い、民を守る道を。
それがエーデルガッシュの道。
遥斗に恥じない生き方。
「達者でな」
「ユーディも。帝国のこと、頑張って」
エーデルガッシュは背を向け、ブリードと共に去っていった。
小さな背中が、人混みに消えていく。
エレナはその背中を見送り——前を向いた。
「それじゃ、出発しましょうか!」
シエルとグランディスに声をかけ、足を踏み出そうとした、その時。
「——おかしいぞ?なぜお前が号令を下す?」
高らかな声が、背後から響いた。
「それが出来るのは!マテリアルシーカーのリーダーである俺様だけだ!」
全員が振り返った。
銅像の影から、一人の男が姿を現した。
銀色のガントレット。
腰に佩いたロングソード。
自信に満ちた笑み。
「このマーガス・ダスクブリッジ——いや」
男は胸を張った。
「このマーガスを差し置いて勝手に動くとはいい度胸だな!エレナ!」
一瞬の沈黙。
そして——三人が同時に叫んだ。
「マーガス!?」
「マーガスだっち!?」
「え、嘘っす!?」
驚愕には理由があった。
マーガスはアストラリア王国辺境伯を継いで、貴族になったはずだ。
ダスクブリッジ家の当主として、領地を治める立場に。
「ダスクブリッジ家は抜けてきた!がはははは!」
マーガスは豪快に。
「俺様に貴族は小さすぎる!狭すぎる!窮屈すぎる!」
天を仰いで笑う。
「俺は師匠の跡を継いでS級冒険者になる!マテリアルシーカーのリーダーとして、世界中を駆け回るのだ!」
師匠——アリアのことだ。
マーガスにとってアリアは、師であると同時に、超えるべき目標もあった。
「ちょっとマーガス!抜けて来たって、ダスクブリッジ家はどうするの!?」
「父に任せた!父の方が政治は得意だ!」
「それでいいっすか!?」
「いいに決まってるだろう!俺様は英雄にならねばならない!遥斗を導いた友として!」
シエルが呆れ、グランディスが腹を抱えて笑い、るなが驚いてエレナの足元に隠れた。
エレナは——溜息をついた。
賑やかな旅になりそうだ。
だが——その溜息の中には、温かいものが混じっていた。
この世界は——大きくは変わっていない。
相変わらずモンスターはいる。
素材はドロップする。
職業、スキル、魔法といった概念も健在。
冒険者ギルドは今日も依頼を受け付け、鍛冶屋は武器を打ち、商人は物資を運んでいる。
人々は変わらず、この世界で生きている。
だが——変わったことも、ある。
モンスターが弱くなった。
かつてはA級冒険者でなければ太刀打ちできなかった種が、C級パーティーでも対処できるようになっている。
魔法やスキルの威力も、全体的に下がった。
大規模な破壊魔法は、以前ほどの破壊力を持たない。
おそらく、世界に負担をかけないように遥斗が調整しているのだろう。
イドの中から、この世界を見守っている。
みなが生活するには困らない程度。
不便もある。不幸もある。
人が生きている以上、苦しみは消えない。
だがそれは——世界のバランスを崩すほどではない。
遥斗が、そうしてくれている。
この世界を——旅しよう。
遥斗が再生してくれた世界を。
遥斗が守ってくれている世界を。
隅々まで、この目で見て回ろう。
新しく生まれた大地を踏みしめ、蘇った海を眺め、晴れた空の下を歩こう。
花が咲く野原を駆け抜け、雪が積もる山を登り、星が降る夜を仲間と過ごそう。
「エレナ姫ー遅いっっち!何してるっち!」
グランディスの声が、前方から飛んでくる。
「置いてくっすよ!」
シエルが手を振っている。
「リーダーの俺様を待たせるとは何事だ!いや、しかし、見守るのもリーダーの器か……うむ、許す!」
マーガスは仁王立ちしている。
「勝手にリーダー面すんなっす!」
バチン。
エレナは——笑った。
心の底から。
賑やかで。
騒がしくて。
ちょっと面倒くさくて。
遥斗もきっと、こういう景色を見たかったのだろう。
こういう声を、聞きたかったのだろう。
エレナは駆け出した。
仲間たちの元へ。
新しい世界の、最初の一歩へ。
「ごめんごめん!お待たせ!」
風が吹いた。
温かく、穏やかで、どこか懐かしい風。
この空の向こうに——遥斗がいる。
見えないけれど。
聞こえないけれど。
触れられないけれど。
——確かに、そこにいる。
この世界そのものとして。
エレナの胸に、遥斗の言葉が蘇った。
『いつか君の命が尽きたら——また、会おう』
『その時には——君が見た世界のことを、教えて?』
うん。約束だよ。
たくさん、たくさん教えてあげる。
この世界がどんなに美しいか。
この世界がどんなに温かいか。
だから——待っていてね、遥斗くん。
道の先に、光が溢れていた。
世界は今日も輝いていた。
Fin.




