543話 生み出された色彩
「受け取るよ、涼介。……君の力を!」
「ま、待てよ遥斗!それはやべーって!」
大輔だった。
彼は顔面蒼白で、必死に遥斗と涼介の間に割って入ろうとする。
「遥斗、分かってんのか?職業のステータス補正ってのは、単純な足し算じゃねぇんだぞ!」
「うん、そうだね。倍率補正、つまり掛け算」
「今の涼介から勇者の補正がなくなったら……本当にただの一般人に戻っちまう!こんな怪我耐えられねーぞ!」」
大輔は、遥斗に『竜騎士』の力を奪われた経験があるからこそ、その恐ろしさを誰よりも理解していた。
レベルアップによる基礎ステータスの上昇はある。
だが、勇者という職業が持つ補正値は桁外れだ。
それが消滅することは、生命を消失することと同義。
「死ぬって!涼介が死んじまうって!」
大輔の叫びに、美咲は息を呑み、千夏は涙をこらえて俯いた。
千夏の手が、涼介の服を握りしめる。
離したくない。
失いたくない。
けれど、涼介の意思は……きっと。
「……いいんだ」
涼介は、弱々しく微笑んだ。
「それが、俺の贖罪だ。……みんなを巻き込み、傷つけ、世界を壊した。その落とし前をつけるには、これくらいの代償は必要だろう。足りないかもしれんが」
「涼介……ッ!」
大輔が悔しそうに拳を握りしめる。
悲壮な空気が流れる中、遥斗だけは静かな瞳で涼介を見つめていた。
「涼介。……言ったろ?必ず助けるって」
遥斗は涼介の瞳を見つめ、それから視線をエレナに向けた。
言葉はなかった。
だが、エレナは深く頷いた。
この世界に来てからずっと連れ添ったパートナーだ。
遥斗が何を考え、何をしようとしているのか、その意図は痛いほど理解できていた。
遥斗の力を知るエーデルガッシュ、マーガス、アマテラス、そしてハルカは、信頼に満ちた眼差しで二人を見守っている。
彼なら、常識を覆してくれると信じて。
遥斗は、修復したばかりのマジックバッグに手を入れた。
取り出したのは、黄金色に輝く籠手型の射出装置。
かつて数々の素材を生み出し、遥斗を助けてきた相棒。
——『フェイトイーター』。
遥斗はそれを右腕に装着する。
そして、空の小瓶をエレナに手渡した。
「いくよ、涼介」
遥斗はフェイトイーターを、涼介の額へとそっと押し当てた。
通常、このアイテムはチャクラムを射出し、対象に超接近させて使用するためのものだ。
だが今は、物理的な距離はゼロ。
射出する必要はない。
「起動」
キュイィィィィィン……!!
フェイトイーターの内部で、チャクラムが高速回転を始める。
光が涼介の身体を包み込む。
「ぐっ……ぅ……!」
涼介が苦悶の表情を浮かべる。
「涼介!?」
千夏と美咲が悲鳴を上げるが、涼介が制した。
「大丈夫だ……!痛くはない……ただ、心の奥底を……何かで撫で回されているような……」
魂の深層に触れる感覚。
フェイトイーターは今、涼介の魂に刻まれた「勇者」という概念そのものをスキャンし、転写しようとしている。
回転音が、高音へとシフトする。
遥斗の額に汗が滲む。
「こいッ……!!」
通常であればとっくに転写は終わっている。
しかし、今回はそれでは足りない。
さらにチャクラムの回転数は上がっていく。
遥斗が叫び、魔力を爆発させた。
シュゴォォォォォッ!!
ついにフェイトイーターの回転が停止した。
同時に、眩い光の球体が浮かび上がった。
——職魂。
それは、いつもの大きさの2倍以上はある。
マーガスたちは何度も職魂を見ているが、これほど巨大で、高密度のものは初めてだった。
まるで小さな太陽だ。
「エレナ!」
「はいッ!」
待ち構えていたエレナが、空の小瓶を掲げ、呪文を詠唱する。
その表情は真剣そのもの。
この巨大な魂を制御できるのは、錬金術師の中でも精密錬金ができる彼女だけだ。
「アルケミック!!」
エレナの手から放たれた魔力が、職魂を包み込む。
強大な勇者の力を、優しく、しかし力強く圧縮し、液状化させていく。
ポタリ。
最後の光が小瓶の中に落ち、純白の液体となって満たされた。
完成。
『勇者のポーション(極)』。
「こ、これは……」
大輔が目を丸くする。
「涼介のステータスが……減ってない?」
そう。
涼介の身体からは、勇者の力は消えていなかった。
生命力を維持するには十分な力が残されている。
「素材にした魂はコピーだからね。涼介には影響でないんだ」
遥斗はポーションを受け取り、説明した。
「本人の職業そのものを『素材』として消費する時は、等価交換の原理でステータスダウンは起きる。今消費されたのは勇者の職業を写し取った僕の魔力だから。問題ないはずだよ」
この方法には、もちろんデメリットがある。
時間がかかる上に、フェイトイーターと高度な錬金術が必須だ。
そして何より、互いの信頼関係がなければ、魂の障壁に阻まれて失敗していただろう。
「勇者の力、使わせてもらうね」
遥斗は迷わず、ポーションを一気に飲み干した。
遥斗の身体から、黄金の光柱が立ち昇った。
分かる。
誰もが直感した。
今、この瞬間、佐倉遥斗が「勇者」になったことを。
そして、その力は遥斗だけに留まらなかった。
「うおっ!?なんだこれ、力が湧いてくる!」
マーガスが自分の手を見て驚く。
美咲も、千夏も、そして瀕死の涼介の顔色さえも良くなっていく。
『勇者の加護』。
勇者が仲間だと認識した者すべてに対し、全ステータスを底上げする究極のバフスキル。
それが今、遥斗を中心として全員に降り注いでいるのだ。
「……すごい」
美咲は震えた。
これが、遥斗の戦い方。
誰かを犠牲にするのではなく、科学の力で可能性を拡張する。
遥斗は覚悟を決めた瞳で、上空の女神を見据えた。
クロノスを倒せば、涼介の本体を取り戻せるかもしれない。
元の世界を守るためにも、涼介の命を繋ぐためにも、そしてこの愛すべき仲間たちのためにも。
勝つしかない。
その可能性、最後の希望は、遥斗だけなのだ。
「遥斗君!」
美咲が進み出る。
「私の……私の力も……使って!」
「え……?」
少し驚いた遥斗だったが、美咲の決意に満ちた目を見て、すぐに頷いた。
彼女もまた、戦おうとしているのだ。
自分の全てを賭けて。
「ありがとう、美咲さん。使わせてもらうね」
再びフェイトイーターが唸りを上げる。
抽出された『マジックキャスター』の職魂は、透き通るような美しい虹色をしていた。
エレナが再び『アルケミック』でポーション化する。
——『マジックキャスターのポーション(極)』。
遥斗はそれもまた、躊躇なく飲み干した。
白の光に、虹色の魔力の奔流が混ざり合う。
最強の勇者と、最高の魔術師。
二つの力が、遥斗という器の中で融合し、新たな色彩を生み出していく。
全身に巡る魔術回路。
この世界初。
『魔法勇者』の誕生だった。




