54話 スタンピード(10)
シルバーファングの猛攻が始まった瞬間、戦場は一変した。アリア・ブレイドハートの赤い髪が風を切り、彼女の剣が月明かりのように輝いた。
「月光剣・幻影!」
アリアの声が夜空に響き渡る。彼女の剣から放たれた光の束が、まるで月の光線のようにヴォイドイーターを包み込んだ。無数の剣影が巨大な敵を貫いていく。
その瞬間、ヴォイドイーターの体から何かが剥がれ落ち、光となって消えていった。
遥斗は目を見開いた。
「あれは...」
彼の言葉が終わらないうちに、ガルス・フィスの轟音のような声が響く。
「グランドスマッシュ!」
巨大な斧が地面を叩き、衝撃波がヴォイドイーターに向かって走る。
同時に、レイン・ステップの矢が空を切った。
「マルチショット!」
無数の矢がヴォイドイーターを襲う。それぞれが異なる角度から飛来し、敵の動きを完全に封じ込めようとしていた。
マルガ・フレイムが杖を掲げる。
「炎の精霊よ、大地を!天空を!紫炎で統べよ! インフェルノブラスト!」
巨大な炎がヴォイドイーターに向かって放たれる。その熱は周囲の空気さえ歪ませていた。
リリー・ブロッサムは後方から詠唱を始める。
「神よ、汝の敵を聖なる光で照らしたまえ!ホーリーライト!」
光の障壁がヴォイドイーターを包み込む。
遥斗は、シルバーファングの見事な連携に感心せずにはいられなかった。それぞれが自分の役割を完璧にこなし、まるで一つの生き物のように動いている。
しかし、ヴォイドイーターの反撃は凄まじかった。巨大な腕が空を切り、衝撃波が街並みを破壊していく。その口から放たれる虚無の吐息は、触れたものすべてを消し去っていった。
シルバーファングが攻撃をかわすたびに、ヴォイドイーターの動きが微妙に変化していく。ヴォイドイーターには感情らしきものは見えないはずだったが、アリアは不思議な違和感を覚えた。
ヴォイドイーターの体が僅かに震え、その動きがより激しくなっていく。巨大な拳が建物を砕く度に、その動きはより強引になっていった。
「あれは...苛立っているの?」遥斗が小さく呟く。
アリアも気づいたようで、眉をひそめる。
「感情のないはずの魔物が...こんなことがあり得るのか?」
ヴォイドイーターの次の攻撃は、今までよりも遥かに激しかった。虚無の吐息が、まるで怒りの叫びのように放たれる。その威力は、これまでの攻撃を遥かに上回っていた。
「みんな、気をつけろ!」アリアが叫ぶ。
ヴォイドイーターの動きは、もはや計算されたものではなく、純粋な破壊欲に駆られているかのようだった。
その姿は、感情を持たないはずの存在が、初めて「苛立ち」という感情を経験しているかのようだった。
その時、戦場に異様な静寂が訪れた。ヴォイドイーターの動きが突如として止まり、その巨大な体が不自然に震え始めた。
「何だ...?」アリアが警戒心を強める。
遥斗の目が、ヴォイドイーターの胸元に釘付けになる。そこで、彼は信じられない光景を目にした。
ヴォイドイーターの胸が、まるで生き物のように蠢き始めたのだ。その動きは徐々に大きくなり、やがて巨大な膨らみとなった。表面の黒い泥のような物質が波打ち、内側から何かが押し出されようとしているかのようだった。
「みんな、下がれ!」レインが叫ぶ。
その警告が終わるか終わらないかのうちに、ヴォイドイーターの胸から、轟音と共に黒い塊が吐き出された。それは、まるで生まれたての生き物のように、粘液に覆われていた。
黒い塊は地面に落ち、そこで蠢き始める。その様子は、あまりにも生々しく、遥斗は思わず目を背けそうになった。
「あれは...」ガルスが震える声で言う。
「新たな魔物が...誕生しようとしている...!」
黒い塊から、突如として赤い光が漏れ始めた。それは、まるで内側から燃え上がる炎のようだった。塊の表面が裂け、そこから禍々しいオーラが溢れ出す。
「気をつけろ!何が出てくるか分からん!」アリアが剣を構える。
黒い塊が徐々に形を成していく。最初に現れたのは、ライオンの頭部だった。その目は、燃える炎のように赤く輝いていた。続いて、ヤギの体が形作られ、最後に蛇の尾が姿を現す。
全身を黒い炎に包まれたその姿は、まさに地獄から這い出してきた魔物そのものだった。
マルガは、思わず息を呑んだ。
「ネメシス...キマイラ...」
彼の言葉が、戦場に重く響く。新たな脅威の出現に、シルバーファングのメンバーたちも、一瞬言葉を失った。
ネメシスキマイラは、ゆっくりと首を動かし、周囲を見回した。その赤い目が、遥斗たちを捉えた瞬間、戦場全体が重苦しい空気に包まれた。
ヴォイドイーターとネメシスキマイラ。二つの強大な敵を前に、遥斗たちの戦いは、新たな局面を迎えようとしていた。
禍々しいオーラに、シルバーファングのメンバーも遥斗も顔を青ざめさせる。しかし、それ以上に問題なのは、敵が二体になったことだった。
「くそっ、陣形が...」アリアが焦りの色を隠せない。
その瞬間、ネメシスキマイラが動いた。
黒い炎がガルスに向かって放たれる。彼は避けようとしたが、間に合わなかった。
「ぐあああっ!」ガルスの悲鳴が響く。炎は消えることなく、彼の体を焼き続ける。
「ガルス!」リリーが叫ぶ。
「神よ!汝の子らに祝福の奇跡を与えたまえ!ヒーリングレイ!」
光の筋がガルスを包み込む。しかし、その瞬間——
ドゴォン!
ヴォイドイーターの巨大な腕が二人を薙ぎ払った。ガルスとリリーが宙を舞う。
「やらせんわい!」
2人を救うために、マルガが杖を構え魔力を集中する。
しかし呪文を唱えようとした瞬間、ネメシスキマイラの体が変形させながら風のごとく近づく。
蛇の尾が鋭い刃となり、すれ違いざまにマルガの体を切り裂く。
「ぐあっ...」マルガが膝をつく。
「マルガ、これを!」
レインが叫ぶ。
彼が投げた回復ポーションがマルガの手に届く。マルガはそれを一気に飲み干し立ち上がる。
しかし眼前にネメシスキマイラの刃と化した蛇の尾が再び迫る。
ガキイィィィン!
すんでの所でアリアの剣がキマイラの攻撃を受け止める。
斬撃が交差した瞬間、ネメシスキマイラの咆哮-ネメシスロア-が発動する。
その咆哮を受けたものはすべての能力が低下してしまう、ネメシスキマイラの恐ろしいスキルだった。
轟音と共に、アリアの体から力が抜けていく。
「グオオオォォォォ!!!」
「アリア!」
能力を低下させられたアリアは、ヴォイドイーターの攻撃をまともに受けてしまい地面に叩きつけられる。
「アリアさん!!!」
遥斗が叫び声がこだまする。