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【完結】最弱アイテム士は世界を科学する〜最弱の職業と呼ばれ誰にも期待されなかったけれど、気づけば現代知識で異世界の常識を変え無双していました〜  作者: 東雲 寛則
最終章 そして、

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533/588

533話 慟哭

 上空で輝きを失った一つの命が、重力の枷を外された世界をゆっくり堕ちゆく。

 竜の鱗は剥がれ、そこにあるのはボロボロになった少年の体だけだった。


 誰もが凍り付いたように空を見上げていた中で、一人の男が動いた。


 アマテラスだった。

 彼は残された魔力で宙へと舞う。


 ふわり、と優しく、まるで壊れ物を扱うかのように、落下してくる遥斗の身体を受け止めた。


 着地する音すら立てず、アマテラスは遥斗を横たえる。

 その身体は、酷く軽かった。

 こんな華奢な少年が、あれだけの戦いに興じていたなど信じられない。


「は、遥斗くんッ!!」


 エレナが、転がるように駆け寄ってくる。

 彼女の手は震え、呼吸が上手くできずに喉がヒューヒューと鳴っている。


「どいて!私が……私が治すから!」


 エレナはマジックバッグをひっくり返し、中身をぶちまけた。

 その中から、一本のポーションを掴み取る。


 『最上級HP回復ポーション』。


 遥斗が持たせてくれていた、今持ち得る最高の回復アイテムだ。

 どんな致命傷でも、息さえあれば瞬時に回復させる命の水。


「お願い……お願い……!」


 エレナは震える手で小瓶の蓋を開け、遥斗の胸の傷口へと振りかけた。


 緑色の液体が、そこに突き刺さったままの光の剣を濡らす。


 ——反応がない。


 本来なら、傷口が光り、瞬く間に肉体が再生するはずだ。

 だが、液体はただ遥斗の皮膚の上を滑り落ち、地面に染み込んでいくだけ。


「なんで……?どうして……?」


 エレナはパニックになりながら、次のポーションを遥斗の口へと含ませようとする。

 だが、遥斗は飲み込まない。

 唇から液体が溢れ、顎を伝って流れていく。


「飲んでよ……ねぇ、飲んでよ遥斗くん!いつもみたいに、ね?すぐに治るんだよ?だから……!」


 エレナは自分の口にポーションを含み、遥斗の唇に押し付けた。

 口移しで、無理やり喉の奥へと流し込もうとする。


 それでも、喉は動かない。

 脈打つべき頸動脈は沈黙したまま。


「なんで……なんでよぉ!!!」


 エレナは悲鳴を上げ、周囲を見渡した。

 大輔、さくら、美咲、ユーディ、マーガス、ハルカ。


 誰もが、ただ呆然と立ち尽くし、遥斗を見つめているだけだ。


「何してるのよみんな!突っ立ってないで手伝って!早くしないと……早くしないと遥斗くんが……!」


 エレナの怒声が響く。


 しかし、誰も動かない。

 それどころか、大輔は痛みに耐えかねたように顔を背け、さくらは口元を押さえて嗚咽を漏らした。


 あの気丈なエーデルガッシュでさえ、悔しそうに拳を握りしめ、視線を逸らしている。


「なんで……なんで誰も……」


「……もうよい、エレナ」


 アマテラスが、静かにエレナの肩に手を置いた。

 その顔には、深い悲しみが刻まれていた。


「ポーションは、生者のためのアイテム。……死した者の肉体には、作用せぬ」


「……うそ」

 エレナは首を振った。

「うそよ。だって……ほら、こんなに温かいじゃない!」


 エレナは遥斗の頬に触れた。

 まだ、温もりがあった。


 激闘の熱が残っている。


 この温もりが消えるはずがない。


 だが、握り締めた遥斗の温もりが、指先から逃げていく。


「いやだ……いやだいやだいやだッ!」


 エレナは泣き叫びながら、遥斗の胸に突き刺さっている光の剣『アルティマイト』を掴んだ。


「これのせいね!?これが邪魔してるから治らないのね!?」


 彼女は渾身の力で剣を引き抜こうとした。


 バシッ……!


 剣に触れた掌が焼ける音がする。

 勇者以外の干渉を拒絶する聖なる熱が、エレナの手を焦がしていく。


「あづっ……!ぐうぅぅぅぅッ!!」


 それでもエレナは離さない。

 手が炭になっても構わなかった。

 しかし、剣は岩に突き刺さったようにビクともしない。


「抜けてよぉ……お願いだから抜けてよぉ……!」


 エレナの涙が、遥斗の顔にポタポタと落ちる。


 その絶望的な光景に、美咲は気を失いそうになり、その場にへたり込んだ。


 そこへ。


 ふわり、と。


 白い翼をはためかせ、光の粒子と共に「神」が降り立った。


 高橋涼介だ。

 汚れ一つない姿で、静かに地に足をつけた。


「涼介!凄かった!やっぱり涼介のが強かったね!サイコー!」


 千夏が駆け寄り、興奮気味に涼介の手を取った。

 周囲の沈痛な空気など読まない、いや、読む必要などない。


 彼女にとって、涼介が全てであり、反逆者の命など路傍の石に過ぎないのだ。


「……終わった」


 涼介は静かに答えた。

 その声には、達成感も高揚感もなく、ただ凪いだ水面のような静寂があった。


「ざけんじゃ……ねぇぞ……ッ!」

 大輔が、千夏を押しのけて涼介に詰め寄った。

「これがお前の正義かよ!友達を殺して、世界を壊して、それで何が守れるってんだよ!!」


 大輔は涼介の胸ぐらを掴もうとした。

 だが、その手は涼介に届く前に、見えない壁に阻まれたように止まった。


 涼介が拒絶したのではない。


 生物としての格の違いが、大輔の本能にブレーキをかけたのだ。


「正義とは感情で語るものではない。……結果だ」


 涼介は大輔を見下ろした。

 その瞳の冷たさに、大輔は言葉を失う。


 ズキッ。


 その時、涼介は眉をひそめた。


 胸の奥、遥斗に槍で貫かれそうになった場所が、微かに痛んだ気がした。

 傷は完全に癒えているはずなのに。


「涼介にさわんじゃない!裏切り者の分際で!汚らわしいーんだよ!」


 千夏が大輔を突き飛ばす。


 今度はさくらが涼介を睨みつけた。


「……人殺し。遥斗君のお母さんも殺して。戻して……みんなを戻して!」


 さくらの訴えにも、涼介は動じない。

 むしろ、憐れむような視線を向けた。

 そのあまりに人間離れした佇まいに、さくらの直感が、モンスターテイマーとしての直感が、警鐘を鳴らす。



(……これは、誰?)


 目の前にいるのは、本当に高橋涼介なのか?

 それとも、勇者という、別のナニカ?


「涼介君……」


 美咲が、震える足で立ち上がり、涼介に歩み寄った。


「お疲れ様。……辛かったよね」


 美咲は涼介を否定しなかった。

 彼を肯定しなければ、壊れてしまうと知っていたから。


「でも、お願い。……せめて、遥斗君の剣を、抜いてあげて」


 美咲の懇願に、涼介は小さく頷いた。


「ああ、そうだな。……これ以上は、必要なさそうだ」


 涼介は遥斗の亡骸に近づき、手をかざした。

 エレナが喉笛を食い破る勢いで睨みつけるが、涼介は意に介さない。


 スッ……。


 涼介が触れると、あれほど頑強に突き刺さっていた『アルティマイト』が、羽のように抜け落ちる。


 その瞬間。


 ズキリ。


 また、涼介の胸が痛んだ。

 先ほどよりも強く。

 深く。


(……なんだ?)


 涼介が胸を押さえた時、背後から重い足音が近づいてきた。


 マーガスだ。

 満身創痍の戦士が、よろめきながらも涼介の前に立つ。


「……俺はな」

 マーガスが、搾り出すような声で言った。

「俺はずっと誇りに思っていた。俺の身体に流れる、異世界人の血を。俺の先祖は、魔物の立ち向かってアストラリア王国を守ってきた偉大な騎士だったと、そう聞かされていたからだ」


 マーガスは、ボロボロと大粒の涙を流していた。

 戦場では決して見せることのなかった、男泣き。


「だが……間違いだった。こんなクソみたいな奴と……お前みたいな冷血漢と、一滴でも同じ血が流れているなんて……俺は、自分が許せねぇよッ!!」


 マーガスの咆哮が響く。


「どういう意味だ?」


 涼介は無表情のまま問い返した。

「言葉通りの意味だ!友を殺しておいて、涙一つ見せねぇなんて……お前は人じゃねぇ!遥斗の母親を殺して、親友まで手にかけて……それでも平気なツラしてやがる!自分の世界のためだって言ってな!」


「当り前だろ?」

 涼介は平然と言い放った。

「これは大義だ。俺達の世界を救うためには必要な事だった。それが友であろうと、何だろうと。……些少の犠牲は、仕方ないだろう?」


 それは、彼が自分自身に言い聞かせ続けてきた理屈。

 勇者としての模範解答。


 だが、その言葉がマーガスに火をつけた。


「ふざけるなッ!!!」


 マーガスが涼介の襟首を掴み上げた。


「何が大義だ!何が些少の犠牲だ!そんな言葉で片づけられる命なんて一つもねぇんだよ!……お前には、大切なモンはねぇのかよッ!失いたくないモンはねぇのかよッ!!」


 叫ぶマーガス。

 涼介は、そんな彼を冷ややかな目で見下ろし、鼻で笑った。


(……感情に流されるだけの衆愚が)


 お前たちには分からない。

 高みに立つ者だけが見える景色が。

 背負うべき重圧が。


 俺にとって大切なものなら、ある。

 確実に。


 己の正義。


 亡き母への贖罪。


 世界を救う使命。


 そして——。


 ——遥斗。


 ズキンッ!!!!!


 唐突に、脳を直接殴られるような激痛が涼介を襲った。

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