53話 スタンピード(9)
王都の中心部、かつての美しい広場は今や戦場と化していた。建物の残骸が散乱し、至る所で火災が発生している。
その中で、レインとマルガ、グレイ・ウルフ、リィズ、そして多くの冒険者や兵士たちが、巨大な影のような存在と激しい戦いを繰り広げていた。
レインの弓が唸りを上げ、矢が次々と放たれていく。
「マルチショット!」彼の声が響き渡り、一度に十本以上の矢がヴォイドイーターに向かって飛んでいく。矢はオーラを纏い、まるで生き物のように蠢きながら標的に迫る。しかし、その矢はまるで泥に吸い込まれるように、ヴォイドイーターの体に消えていった。
「くそっ!効かないのか!」
レインの苛立ちの声が聞こえる。彼は瞬時に次の矢を番え、「ペネトレイティングショット!」と叫ぶ。今度の矢は青白い光を放ち、音速を超える速さでヴォイドイーターに突き刺さる。一瞬、巨大な影が揺らぐが、すぐに元の形に戻ってしまう。
マルガは杖を高く掲げ、魔法の詠唱を始めた。彼の周りに魔法陣が浮かび上がる。
「天より降り注ぎし獄炎よ、汝に逆らいし愚かさをこの地に刻み込め!メテオストライク!」
空から巨大な火球が降り注ぎ、ヴォイドイーターを包み込む。轟音と共に火柱が立ち上がり、一瞬、広場全体が昼のように明るくなる。
しかし、火の粉が散った後、そこにはほとんど無傷のヴォイドイーターの姿があった。
「こんな...馬鹿な」
マルガの声が震える。彼は再び詠唱を始める。
「全てを眠りにつかせる冷たき精霊よ、収束せよ、氷結せよ!アイスエイジ!」
地面から強力な冷気が発生し、ヴォイドイーターを包み込もうとするが、滑るような動きですり抜けていく。
グレイ・ウルフは巨大な盾を構え、ヴォイドイーターの物理攻撃を必死に受け止めていた。巨大な影の腕が振り下ろされるたびに、彼の全身に衝撃が走る。
「くっ...このぐらい!」歯を食いしばり、踏ん張る。
「みんな、諦めるな!」グレイ・ウルフの声が戦場に響き渡る。
その声に応えるように、リィズが風のように駆け抜ける。彼女の手にはレイピアが握られ、その刃はまるで花が舞い散るようだった。
「ガーベラワルツ!」
彼女の声と共に、リィズの姿が幾つもの残像を残しながらヴォイドイーターの周りを舞う。レイピアが描く軌跡が、光の筋となってヴォイドイーターを切り刻んでいく。
「まだよ!」リィズは息を整えると、再び突進する。
「ブロッサムピアッシング!」
彼女のレイピアが舞い散る花びらのように美しく、そして鋭く空を切る。無数の突きがヴォイドイーターを襲い、その泥のような体に光の穴を開けていく。しかし、次の瞬間には穴が塞がり、元の姿に戻ってしまう。
「ダメ...何をしても...」リィズの声に諦めの色が混じる。
その時、ヴォイドイーターが突如として動きを加速させた。巨大な腕が街を薙ぎ払い、建物が次々と崩れていく。
地響きと共に、瓦礫が空中を舞う。冒険者たちや兵士たちが吹き飛ばされ、悲鳴が上がる。
「みんな、散開しろ!」グレイ・ウルフの声が響く。彼は瓦礫の下敷きになりそうな兵士を盾で守りながら、必死に指示を出す。
レインは高所から状況を見渡し、矢を放ち続ける。
「このままでは、街が...!」
マルガは新たな魔法陣を展開させようとするが、ヴォイドイーターの攻撃に阻まれる。
「くっ...このままでは...どうにもならんの」
「こんな...私たちの力では...」
リィズは仲間たちの援護に回りながら、ヴォイドイーターに切り込もうとするが、その巨体の前では歯が立たない。
戦況は刻一刻と悪化していく。ヴォイドイーターの猛攻の前に、戦線は崩壊寸前だった。街の至る所から悲鳴が聞こえ、炎と煙が立ち昇る。
王国冒険者最強と謳われたシルバーファングの面々でさえ、この巨大な魔物には太刀打ちできない。
絶望的な状況の中、マルガの目に決断の色が宿る。彼は周りを見渡し、仲間たちの疲労と傷を確認する。このままでは全滅も時間の問題だと悟った。
「グレイ・ウルフ!リィズ!聞け!」
二人が振り返る。そしてマルガの声が響く。
「このままでは全滅だ。動けるものを率いて一旦引け!王城で立て直すんじゃ!」
グレイ・ウルフが反論しようとするが、マルガの表情の厳しさに言葉を飲み込む。
「...分かった。みんな、撤退するぞ!」
「でも、マルガさん!あなたたちは!?」
リィズが叫ぶ。
「俺たちが殿を務める。早く行け!」
レインが答える。
グレイ・ウルフとリィズは苦渋の決断をする。彼らは残された冒険者や兵士たちを率いて、王城へと向かい始めた。
マルガとレインは互いに目を合わせ、無言で頷き合う。二人は全力でヴォイドイーターの注意を引きつけ、仲間たちの撤退を援護する。
「轟雷よ、数多を満たし天より降り注げ!サンダーブレイク!」
マルガの魔法が空を覆い、稲妻がヴォイドイーターに襲いかかる。
レインは矢を次々と放つ。
「スネークバイト!」蛇のようにうねる矢が、ヴォイドイーターの体を貫く。
しかし、二人の必死の攻撃もヴォイドイーターを止めることはできない。巨大な影が迫ってくる。
その時、突如として地面が揺れる、巨大な岩がヴォイドイーターの前に降ってきたのだ。
「お前ら、相変わらず無茶するな!」
ガルスの声が聞こえ、彼の姿が見えた。その隣には、リリーが立っている。
「ガルス!リリー!戻ったのか!」レインが驚きの声を上げる。
リリーが微笑む。
「私たちは、どこまでも一緒なのですよ」
「バカ者!お前らも早よ王城へ行け!」
マルガが叫ぶ。
しかし、ガルスは大きく笑った。
「冗談じゃない。シルバーファングは最後まで一緒だ」
四人は互いに目を合わせ、無言で頷き合う。そして、全員がヴォイドイーターに向き直った。
「行くぞ!」ガルスの声が響く。
「グランドスマッシュ!」
ガルスの巨大な斧が地面を叩き、衝撃波がヴォイドイーターに向かって走る。
「神よ、汝の敵を聖なる光で照らしたまえ!ホーリーライト!」
リリーの神聖魔法が、ヴォイドイーターを包み込む。
レインとマルガも全力で攻撃を仕掛ける。四人の猛攻により、一瞬だけヴォイドイーターの動きが止まる。
「よっしゃ!」ガルスが歓声を上げる。
しかし、その喜びも束の間だった。ヴォイドイーターの表面が光となってはがれ落ちるだけで、本体にはほとんどダメージが入っていないのだ。
「くそっ...何なんだ、こいつは!」ガルスが叫ぶ。
シルバーファングの四人は、一か所に集まり、息を整える。レインがマジックバックから出した各種ポーションで、それぞれ素早く回復を図る。
「これが、私たちの最後なのでしょうか」リリーの声が震える。
その時、突如として空気が震動した。
「烈風剣・空破!」
強烈な衝撃波がヴォイドイーターを襲う。その威力に、シルバーファングの面々も驚きの声を上げる。
「この声は...」マルガが目を見開く。
霧が晴れるように、二つの人影が現れた。赤い髪が風になびく女性とアイテム士の少年の姿がそこにあった。
「アリア!」
シルバーファングの面々が、安堵と期待の入り混じった声を上げる。
アリアが剣を構え、遥斗が魔力銃を握りしめる。二人の目には、強い決意の色が宿っていた。
「遅くなってすまない」アリアの声が響く。
「だが、これからが本当の戦いだ!」