表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/454

51話 スタンピード(7)

挿絵(By みてみん)

 遥斗は、手に持つ三つのポーションをまじまじと見つめていた。クリスタルの小瓶の中で、神秘的な輝きを放つ液体が揺れている。その光景に、彼は言葉を失っていた。

 アリアが、遥斗の肩に手を置いた。その手の温もりに、遥斗は我に返る。

「どうだ、いけそうか?」

 アリアの声には、わずかな期待と不安が混じっていた。


 遥斗は口ごもりながら答えた。

「わ、分かりません。こんな貴重なものを、僕に扱えるのかどうか...」


 エルトロスは、複雑な表情で二人を見つめていた。彼の目には、困惑の色がはっきりと映し出されていた。


「まずは鑑定してみろ」アリアの言葉に、遥斗は小さく頷いた。

 遥斗は目を閉じ、意識を集中させる。すると、彼の脳裏に詳細なデータが浮かび上がった。


「最大MP増加ポーション...最大MPを50増やす永続効果があります。最上級HP回復ポーションは、HPを5000回復させるようです。そして加速のポーションは...敏捷性ステータスを100上げ、効果時間は1時間です」


 遥斗の言葉に、アリアの目が輝いた。

「よし!次は登録だ」

 遥斗は再び目を閉じ、ポーションの情報を自身の中に取り込もうとする。驚いたことに、三つのポーションすべてが問題なく登録できた。


「できました」遥斗の声には、驚きと喜びが混じっていた。

「じゃあ、次は生成してみろ」


 その言葉に、エルトロスが思わず苦笑した。

「待ってください、アリアさん。ここにあるレベルのポーションをアイテム士が生成できるなんて、聞いたことがありませんよ」


 エルトロスは、二人が知識不足だと思い、丁寧に説明を始めた。

「このようなポーションを作るには、まず貴重な素材の入手から始めなければなりません。複数の国から高価な値段で調達するか、ギルドに採取依頼をするかですが、それでも手に入ることは稀です。そして、その素材を錬成するには熟練の錬成士の力が必要です。錬金術師の中には錬成もできる者もいますが、成功率は低く、高レベルな錬成士でなければ成功することはありません」


 エルトロスは一息つき、さらに続けた。

「そして、できた素材を錬金する。これは高レベルの錬金術師でなければ不可能です。これだけの過程を経てやっと完成するのです。その価値はミスリル金貨1枚に匹敵します。ミスリル金貨100枚もあれば、1つの都市の財政を1年間賄えてしまうほどの価値があるのですよ」


 アリアはこの長々とした説明を、右から左へと聞き流していた。彼女の関心は、ただ一つ。遥斗がこれを生成できるかどうかだけだった。

 遥斗は少し考え込んでから、静かに口を開いた。

「生成...できません」


 その言葉に、アリアの顔が青ざめた。エルトロスは「そうだろう」という表情を浮かべている。


「...MPが足りないんです」遥斗は申し訳なさそうに続けた。

「例えば『最大MP増加ポーション』なら、消費MPが500も必要です。でも、僕の現在の最大MPは461しかありません」


 アリアは「最大MP増加ポーション」を手に取り、じっと眺めていた。彼女は何かを考え込んでいるようだった。そして...


「飲め」


 突然、アリアは遥斗の口元にポーションを押し付けた。

 不意を突かれた遥斗は、されるがままにポーションを飲み干した。


「ミスリル金貨が!貴重なポーションが!」エルトロスが叫ぶ。

「なぜ少年に飲ませるのです?アリアさん、あなたが飲むものだと思っていたのに!」

 彼は目に涙を貯めながら、アリアににじり寄ってくる。


「うるさい。寄るな、離れろ」

 アリアは冷静に答えた。

 そして、遥斗に向き直る。

「これでいけるか?」


 遥斗は少し戸惑いながらも、頷いた。

「はい、でも...最大MPを素材にしないといけないと思うと...」


 アリアは無表情でエルトロスを指差した。

「最大MPならそこにある」

 あまりに無造作に言うので、遥斗は思わず躊躇した。


「早くしろ」アリアの声が、凄んでいた。

「わ、わかりました」

 遥斗は深呼吸をし、エルトロスに手のひらを向けた。

「ポップ」


 その瞬間、驚くべきことが起こった。空になったはずの小瓶が消え、遥斗の手元に新たな小瓶が現れた。中には間違いなく「最大MP増加ポーション」が入っていた。

 部屋に静寂が訪れる。エルトロスは呆然と立ち尽くし、アリアは自分の思い通りの結果に目を輝かせていた。


「待ってください」エルトロスは震える声で言った。

「本当にそれが最大MP増加ポーションなのでしょうか?錬金術の常識では、こんなことは...」


 アリアは苛立ちを隠せない様子で答えた。

「今はそんなことを議論している場合じゃないだろ。遥斗、鑑定してみろ」


 遥斗は言われるままに、再度ポーションを鑑定した。

「間違いありません。さっきと全く同じ表記です。最大MPを50増やす永続効果...」

「よし、それなら問題ない」

 アリアは満足げに頷いた。


 しかし、エルトロスはまだ納得できない様子だった。彼の商人としてのプライドが、目の前で起こっている常識外れの現象を受け入れることを拒んでいた。

 アリアはそんなエルトロスを見て、いらだちを隠せなかった。

「まぁ、飲んでみりゃ分かるだろ」


 そう言うと、彼女は再び遥斗にポーションを飲ませた。遥斗は驚きの表情を浮かべながらも、言われるままにポーションを一気に飲み干す。

 すると、遥斗の体に異変が起こった。さっきと同じ感覚が身体を駆け巡り、奥底から力が湧いてくるのを感じたのだ。


「どうだ?」アリアが期待を込めて尋ねる。


 遥斗は少し戸惑いながらも答えた。

「効果が...あったみたいです。体の中から力が溢れてくるような...」


 エルトロスは、せっかく戻ってきた希少なポーションがまた使われてしまったことに、涙目になっていた。

 しかし、アリアの行動は止まらなかった。彼女は次に、加速のポーションを手に取った。


「次はこれな」


 エルトロスが慌てて制止しようとしたが、アリアは構わず遥斗に飲ませた。

 遥斗の体が一瞬ビクッと震える。彼の目が大きく見開かれ、息が荒くなる。


「す、すごい...体から力があふれ出てくる感じがします」

「よし、これで準備は整った...いや、まだか」

 彼女は最後に残った最上級HP回復ポーションを手に取り、遥斗のマジックバッグに無理やりねじ込んだ。


 エルトロスは何か言いたげな表情を浮かべていたが、もはや諦めの色が濃かった。


「そんじゃありったけ出せ!」アリアの声が響く。

「何を...ですか?」

 エルトロスは困惑した表情で尋ね返す。


 アリアは切れ気味で答えた。

「MP回復ポーションだ!どうせ良いの持ってんだろ?」


 エルトロスは肩を落とし、諦めたように奥の部屋へ向かった。しばらくして、彼は両手いっぱいのポーションを持って戻ってきた。


 遥斗は、ルシウスからもらっているMP回復ポーションを思い出した。それは低級で、MPが100しか回復しない。しかし、エルトロスが持ってきたものは明らかに違っていた。


「これは中級のMP回復ポーションだ」エルトロスが説明する。

「MPを500回復する」

 アリアは遥斗を見た。

「MPないだろ、飲んどけ」


 遥斗は恨みがましそうな目つきのエルトロスが気になったが、言われるままにポーションを一本飲んだ。すると、体の中でMPが急速に回復していくのを感じた。

 アリアは、エルトロスが持ってきた山のように積まれたポーションを、せっせと遥斗のマジックバッグに詰め込み始めた。その光景は、まるで盗賊の略奪のようだった。


「これで準備が出来た!行くぞ!」アリアが満足げに言う。


 遥斗は、去り際にエルトロスに向き直った。彼の目には、感謝と申し訳なさが混じっていた。

「エルトロスさん、本当にありがとうございました」遥斗は深々と頭を下る。

「必ず、これらのポーションは返しに来ます。約束します」

「本当に...?」

 エルトロスは驚いた表情を浮かべた。

「はい」遥斗は真剣な表情で答えた。

 アリアが遥斗の腕を引っ張る。


「急げ!時間がないぞ」

 遥斗は慌ててアリアについていく。店を飛び出す二人に向かって、エルトロスが大声で叫んだ。


「エステリアを...頼む!」


 その声が、夕暮れの街に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ