498話 進撃の勇士たち
涼介たちは、果てしない闇の中を飛び続ける。
「エアーフライ」による高速巡行。
魔導士たちの魔力によって生み出された推進力で、かなりの速度が出ているはずだ。
だが、体感速度はゼロに近い。
流れる景色が、何もないのが原因。
振り返れば、僅かに見えていた大地も、今や漆黒に飲まれて消え失せている。
上下左右、全てが黒。
方向感覚すら狂いそうな虚無の世界。
自分の心臓の音だけが、耳元で大きく響いているような錯覚に陥る。
体感時間では数時間。
実時間にすれば30分程が経過しただろうか。
「ぐっ……限界です……!」
先頭で風魔法を維持していた術者が、苦悶の声を漏らした。
顔は蒼白で、脂汗が額を伝う。
アイテムの力で増幅していても、100人規模の高速飛行の維持は、魂そのものを削り取る行為だ。
全てを塗り替える漆黒、精神的影響も決して小さくはない。
明らかに疲労が早い。
「すぐに交代!」
エレノアの鋭い指示と同時、横にいた別の術者が前に出る。
同時に、力尽きた術者に転移魔法をかけ、ゲートへと送り返す。
無駄のない連携。
交代した術者は、懐からMP回復ポーションを取り出して一気に飲み干すと、杖を構えて詠唱を行った。
「旋風よ!我が翼となりて彼方へ運べ!エアーフライ!」
ガクンッ、と一瞬高度が落ちたが、すぐに再加速。
一行は、泥のような闇を無理やり切り裂いて進む。
その時——
前方に、何かが『見えた』。
というより、肌が粟立つような悪寒を『感じた』。
殺気。
ただの殺気ではない。
生物としての格が違う、捕食者だけが放つ絶対的な圧力。
闇より昏い影が、ゆらりと滲み出る。
殺意に濡れた真っ赤な瞳だけが、おぞましく輝く。
魔物だ。
「ついに……来ましたか……」
エレノアが息を呑み、杖を握る手に力がこもる。
大きな烏のようなシルエット。
しかし、その翼長は優に10メートルを超えている。
鉤爪はミスリルすら引き裂き、その嘴は防魔城壁をも貫くという。
「伝説の怪鳥『シャドウタロン』……!?」
1体現れるだけで、都市が一つ地図から消えると言われる伝説級の魔物。
あろうことか、それが10体。
群れを成して待ち構えていた。
絶望的な光景だ。
「わあ、すごーい。ねえねえ、ここって空気あるのかな?鳥が飛んでるし」
そんな中、千夏だけが場違いなほど呑気な声を上げた。
彼女には危機感がない。
勇者涼介という絶対的な力。
その眷属であるという自負。
それが、彼女の正常な判断力を麻痺させているのかもしれない。
「……きっと、空気があって飛んでるんじゃない」
美咲が緊張を含んだ面持ちで分析する。
「そもそも、あの巨体と翼の大きさでは比率がおかしいし。普通の烏のようなフォルムで、あの大きさなら……中身が空っぽでないと揚力が足りないもの」
そう、実際には魔力を推進力として飛んでいる。
飛行型モンスターと同じ。
遥斗の乗るVTOLとて、原理は同一である。
問題なのは——そこではない。
(空気の無い所で……生きている?)
エレノアは戦慄した。
モンスターとて呼吸を必要とする。
生物だからだ。
しかし、魔物は違う。
あれは生命ではない。
人を呪う「意志」の塊。
人を殺すという純粋な意志が、形を成したモノ。
神樹から生まれ、持っている魔力が無くなれば活動を終える。
闇の中では負荷が少ない分、長く、強く存在できるが、外に出れば急速に消耗する。
つまり—— アストラリア王国を襲ったスタンピードの魔物たちは、地上に出て魔力を消費し、力がかなり衰えた状態だったのだ。
だが、ここは「闇」の本拠地。
(今のシャドウタロンは、地上にいた時とは強さの桁が違うわ……!)
エレノアが選抜したエリート魔導士たちの力を持ってしても、容易ではない相手だ。
いや、下手をすればここで全滅もあり得る。
「全軍停止!!戦闘用意!!」
エレノアが叫ぶ。
魔導士たちが杖を構え、迎撃態勢を取ろうとする。
しかし——
「止まるな!!」
鋭い声が、命令を上書きした。
涼介だ。
「勇者様!?」
「そのまま突撃だ!お前らは下がっていろ!」
「なっ……無茶です!相手は伝説級の……!」
「美咲、千夏、そいつらを守ってやれ!」
涼介はエレノアの言葉など聞こえていないかのように指示を飛ばす。
二人が即座に動く。
「わかった!」
「任せなさいって!」
二人は決死隊の盾になり、魔物の前に立つ。
一行は勇者に守られながら、シャドウタロンの群れに突っ込む形になった。
涼介が接近すると、シャドウタロンたちは一斉に赤い瞳で彼を睨んだ。
麻痺の邪眼。
視線を合わせた者の神経を焼き、動きを封じる状態異常攻撃。
耐性のない者なら、見ただけで心臓が止まるほどの呪詛。
涼介の動きが止まる。
「いけない!勇者様!」
動きの止まった涼介に、1体のシャドウタロンが襲い掛かる。
愉悦に歪んだような叫び声を上げ、鉄をも切り裂く鋭い爪が、涼介の首を跳ね飛ばそうと迫る。
速い。
瞬きする間もないほど。
しかし——
ザンッ。
一閃。
涼介が、腰の刀を抜き放った。
ただ、それだけ。
たったそれだけで、巨大な怪鳥は真っ二つになっていた。
悲鳴を上げる間もなく。
シャドウタロンは自分が斬られたことさえ認識できず、慣性で数メートル進んだ後、上下に分かれて崩れ落ちた。
涼介が手にする刀。
それは、あまりにも強烈すぎるオーラを放っていた。
アダマンタイト製『無双ノ剣』
スキルを使わず。
魔法も使わず。
ただぞんざいに、剣を抜き放っただけ。
それでも、伝説級の魔物を葬り去るこの威力。
何が起きたのか理解出来ず、シャドウタロンたちの動きが止まる。
「来ないのか?……それでは、こちらから行くぞ!」
涼介が地を蹴る——いや、何もない空を蹴った。
飛翔のスキル発動。
涼介の姿がブレて、消える。
キュンッ!
まるで閃光。
闇の中を青白い光が奔った。
直線的な動きではない。
三次元を自在に駆ける光の軌跡。
それだけで、4体ものシャドウタロンが、抵抗する間もなく両断される。
硬質な羽根も、魔力の障壁も、涼介の剣の前では薄紙に等しい。
さらに2体。
返す刀で、3体。
僅か、十秒。
それで決着が着いた。
10体の伝説級の魔物が、肉塊となって漂っている。
ここでは重力が低いのか、切られたシャドウタロンはゆっくりと、スローモーションのように沈んでいく。
断面からは血ではなく、黒い霧のような魔力が漏れ出し、虚空へ溶けゆく。
魔物は闇の中では消滅せずに、死骸として残り続けるようだ。
何もかもが、地上での振る舞いと違う。
「す……凄い……」
エレノアが、震える声で呟いた。
言葉が出なかった。
圧倒的すぎる。
これが、勇者の力。
これが、人類最強の「個」。
「助かりました、勇者様……」
エレノアが礼を言うと、涼介は剣を納め、無表情で振り返った。
息の乱れ一つない。
「この先、魔物は俺が全て倒す。お前らは作戦に集中していろ。……ラグナロクの準備だけ考えていればいい」
平然と言い放つ。
頼もしい言葉。
まさに、勇者。
普通であれば、あまりに傲慢、あまりに不遜な態度だ。
だが、今の涼介の言葉は、その場にいる全員の心に染みわたった。
(ああ……この方は……)
ブレイクフィアーで恐怖を消された兵士たちですら、魂が震えた。
畏怖と、崇拝。
まさに救世主。
きっと、この人がいれば世界は救われる。
そう、狂信的に思わせるほどの「強さ」が、そこにあった。
もはや疑う余地はない。
彼の歩む道こそが覇道であり正義なのだ。
そう全員が確信した。
「行くぞ。時間が惜しい」
涼介は再び前を向く。
その背中には、輝く後光が見える。
たとえその先にいかなる苦難が待ち受けようとも、彼は全てを斬り伏せて進むだろう。




