491話 戦士たちの休息と、新たな契約
王城に戻ると、そこはすぐに野戦病院と化す。
だが、混乱はない。
ツクヨミが的確な指揮を執っていたからだ。
「ルナークの民よ、救護班を編成しなさい!シルバーミストにいる全てのエルフ族、人族を分け隔てなく救助!」
「王宮の大広間を開放!回復魔法の使える者は最優先で治療に当たれ!食事を用意する者、毛布を準備する者、手分けして動きなさい!」
月の女神の従者たちが、迅速に動く。
かつて敵対していた種族同士が、今は手を取り合って、傷ついた者を運んでいる。
その光景を見て、ゴルビンが深々と頭を下げた。
「……感謝するぜ。我ら人族を、こうも手厚く扱ってくれるとは」
「礼には及びません。今はただ、生き残った者を救いましょう」
ツクヨミは短く答え、すぐに次の指示へと移っていった。
遥斗たちも、広間の隅でささやかながら食事をとることにした。
配給された温かいスープと、堅焼きパン。
なんてことのない食事だが、生きてこれを味わえることが何よりの贅沢だった。
「師匠!」
「みんな無事だっち!」
シエルとグランディス。
その後ろには、ヘスティアとマリエラもいる。
彼女たちも煤で汚れてはいたが、五体満足で生きていた。
「みんな!無事だったんだね!良かった!」
遥斗は安堵の息を吐く。
しかし彼らがいない。
「あの……アイアンシールドの人たちやゲイブさんは?」
あれだけダメージを負っていた彼らだ。
無事で済むはずがない。
不安げな遥斗に、シエルが魔導士の帽子を取って笑った。
「大丈夫っす!救助されてるっすよ!」
「えっ、本当?」
「ええ。ただ……」
ヘスティアが補足する。
「皆さん重傷で、今は奥で治療を受けておられます。命に別状はありませんが、当分は動けないかと」
「そう……でも、良かった……」
遥斗は肩の力が抜けるのを感じた。
彼らは死ななかった。
その事実だけで、胸がいっぱいになる。
この戦いで、死者も出た。
イザベラ達、光翼騎士団のメンバーだ。
生き残れたのは、ほんの紙一重、運が味方してくれただけ。
誰が犠牲になっていてもおかしくなかった。
その時——
空気が、重くなった。
広間の喧騒が一瞬で止む。
入り口から現れたのは、三つの影。
アマテラスとハルカ。
そして——人型をとっているとはいえ、圧倒的な存在感を放つ巨漢。
竜王バハムス。
その威圧感に、食事をしていた兵士たち全員が緊張し、蝋人形のように固まる。
バハムスは真っ直ぐに遥斗の元へ歩み寄った。
「お前が……佐倉加奈の息子か?」
その言葉に驚いて、遥斗は慌てて立ちあがろうとした。
「は、はい!そ、そうです!」
「よい。座っておれ」
バハムスは手で制すると、ドカッとその場に胡坐をかいて座り込んだ。
釣られて、アマテラスとハルカも遥斗の近くに腰を下ろす。
エルフ王、竜王と車座になるという、とんでもない状況が出来上がってしまった。
「バ、バハムス様ですよね!ドラゴンの!あ、す、すみません……僕は佐倉遥斗といいます。一応、アイテム士をやっていまして……」
遥斗はしどろもどろになりながら自己紹介をした。
バハムスは、興味深そうに遥斗をじろじろと眺める。
「ふむ……」
不思議そうな顔だ。
目の前の少年からは、あれだけの戦いをした覇気は感じられない。
どこにでもいる、ただの人族の子供にしか見えない。
「……そういえば、あの女もそうであったな」
バハムスが、ふと遠くを見る目をした。
「平時はただの小娘。とても神子には見えなかった。……だが、いざ苦境に立たされると、誰よりも輝いて見えた」
懐かしさに、思わず笑みがこぼれる。
その笑顔を見て、周囲の緊張が少しだけ解けた。
だが、皆が言葉を発せない中、一人だけ堂々としている少女がいた。
「竜王よ。余はヴァルハラ帝国皇帝、エーデルガッシュ・ユーディ・ヴァルハラだ。どうか、お見知りおきを」
エーデルガッシュだ。
彼女は物怖じすることなく、バハムスの目を見て挨拶をした。
少女皇帝の矜持は、相手が誰であろうと揺るがない。
「ほう……」
バハムスは目を細める。
「小さき体に似合わぬ、巨大な魂だ。神の力を宿しながら、それに溺れておらぬ。……見事だ、幼き皇帝よ」
「あり難きお言葉、素直に受け取らせていただく」
バハムスは敬意を表し、軽く頷いた。
横にいたアマテラスが気を利かせ、口を開く。
「遥斗よ。バハムス殿はお前と話をしたいそうだ」
「僕っ?!……な、何でしょうか!」
遥斗は緊張しっぱなしだ。
バハムスのドラゴンの瞳が、遥斗を射抜く。
「単刀直入に聞く。……お前は、この世界にやって来て、どう感じた?」
その眼光は鋭い。
嘘やごまかしは通じない、本質を見極めようとする目だ。
遥斗は、一度口をつぐんだ。
美辞麗句を並べることもできる。
だが、きっとそれには意味がない。
遥斗は、自分の中にある素直な気持ちを探り出し、言葉にした。
「……この世界は、理不尽だと思います」
静かな声だった。
「未熟で、危険で……とても脆い」
「……」
「意味の分からない力が跋扈して、人々はそれに振り回されて、命が蔑ろにされている。モンスターや魔物が溢れていて、安全なんてどこにもない。いつ死んでもおかしくない異常な世界です」
遥斗は、バハムスを見つめ返す。
「僕がいた世界と似ているようで……あまりにも違います」
その言葉に、誰も反論できなかった。
全くその通りだからだ。
誰もが、この世界の理不尽さに傷ついてきたのだから。
しかし、遥斗は続けた。
「でも……僕がいた世界は、色がありませんでした。厳密にいえば……灰色……かな」
「灰色?」
ハルカが小首をかしげる。
「うん。一見、安全は保障されていて、幸せは溢れていました。便利で、不自由のない暮らし。誰も飢えたりしないし、モンスターに襲われることもない」
遥斗は、かつての日常を思い出す。
「でも……それが正しい事なのか、疑問に思うようになりました。目的もなく漫然と生きて、人はいつの間にか生きる意味を失っていく。他者を貶めることに執着して、自分の幸せを感じる事が出来ないから、誰かと比べて安心する。そこに幸福なんかないのに」
深淵の底に沈めていた、かつての諦観。
「生きている事がどれだけ素晴らしいかを、実感できない世界……いつの間にか、僕にとって元の世界は、まるでバーチャル……作り物の世界のように感じるようになっていました」
遥斗は、自分の胸に手を当てた。
「でも、この世界には本当の心がある。感情がある。血が通っている。……元の世界にもあったのかもしれないけど、僕にはわからなかった」
そして、遥斗ははっきりと告げた。
「僕は、この世界が好きです。……理不尽で、残酷だけど、それでもここに生きる皆が……好きです」
その言葉は、広間にいる全ての者の心を打った。
皆、この世界には愛着がある。
それでも、辛い事が多すぎた。
「この世界が終わる」と聞いて、それもありなのかもしれない、と心のどこかで思った者もいたはずだ。
それでも遥斗の言葉——「この世界が、ここに生きる皆が好き」という言葉は、彼らが忘れていた、自分達の根源にある想いそのものだった。
バハムスは目を閉じた。
そして、何かを深く考えているようだった。
ハルカは、じっと遥斗を見つめる。
その横顔に、母・加奈の面影を重ねる。
(お母様……この人は間違いなく、私のお兄様です)
心の底から、そう思えた。
やがて、バハムスがゆっくりと目を開いた。
「……お前の想い、受け取った」
バハムスが、僅かに口角を上げる。
「良かろう。我が力、託すに値する。……今日からお前は、我が同胞だ!」
そして、豪快に笑った。
「グハハハハハ!」
「えっ……?」
「同胞……!?」
一同、驚愕した。
竜王バハムスの同胞として迎えられたのだ。
「友」ではない。
「同胞」だ。
竜王と対等の存在であると認められたに等しい。
前代未聞の事態だった。
「よし、今日は宴だ!酒を持って来い!飲み明かそうぞ!」
バハムスが手を叩いて叫ぶ。
アマテラスも、満足そうに頷いている。
「うむ、良き夜だ」
一気に祝宴のムードになる中、遥斗だけが冷や汗をかいていた。
(……あの、僕、未成年なんですけど)
そのツッコミは、心の中にしまっておくことにした。




