47話 スタンピード(3)
アリア・ブレイディアの登場とともに、戦場の空気が一変した。彼女の赤髪が風に舞う様は、まるで燃え盛る炎のようだった。
「さあて、楽しませてもらおうか」
アリアが冷ややかな笑みを浮かべる。その手に握られた剣が青白い光を放つ。
「氷霧剣・絶華!」
一瞬の閃光。アリアの剣が空気を切り裂く。その軌跡に沿って、シャドウストーカーの群れが凍りつく。そして──。
バキッ!
凍った魔物たちが、まるでガラスのように砕け散る。
「おおっ!」周囲の冒険者たちから歓声が上がる。
「あれは...HPに関係なく、部位を破壊する技か」
グレイ・ウルフが感嘆の声を上げる。
リィズが目を輝かせる。
「すごい...急所に当たれば即死なのね」
アリアは淡々と剣を振るう。その一撃一撃が、シャドウストーカーの群れを蹴散らしていく。
しかし──。
「上!」リィズの警告が響く。
シャドウタロンが、まるで黒い雲のようにアリアに襲いかかる。その赤い目が不気味な光を放つ。
「チッ」アリアが舌打ちする。
ビュンッ!
複数の矢が、オーラを纏って空を切る。それらはまるで意思を持つかのように、シャドウタロンを貫いていく。
「マルチショット、か」アリアが小さく笑う。
「相変わらず、タイミングがいいなレイン」
遠くから、ハンターの姿が見える。レイン・ステップだ。彼は無言で頷くと、再び弓を構える。
しかし、シャドウタロンの攻撃は止まらない。オーラを纏った羽が、雨のように降り注ぐ。
「みんな、逃げろ!」グレイ・ウルフが叫ぶ。
その時──。
「グランドスマッシュ!」
巨大な斧が空を切る。その一撃で、羽の攻撃がまるで嘘のように吹き飛ばされる。
「がははは、危ないところだったな」
斧を担いだ大男が笑う。ガルス・フィスだ。
「ガルス!」リィズが喜びの声を上げる。
戦況が好転したかに見えた。しかし──。
「くっ...この霧は!」
シャドウクローラーの放った毒の霧が、辺り一帯を覆い尽くす。
「みんな、息を...」
グレイ・ウルフの警告も空しく、冒険者たちが次々と倒れていく。
その時、清らかな声が響いた。
「光よ、世界を浄化せよ。穢れを払い、命を守れ。ピュリファイライト!」
眩い光が広がる。リリー・ブロッサムの浄化魔法だ。毒の霧が、まるで嘘のように消えていく。
「さすがシルバーファングだな」グレイ・ウルフが感嘆する。
「こいつらにかかれば、どんな魔物も雑魚同然か」
しかし──。
「ぐおおおお!」
轟音と共に、ヴォイドイーターが姿を現す。その口から、漆黒の光線が放たれる。虚無の吐息だ。
「避けろ!」
アリアの警告と共に、冒険者たちが散り散りに逃げる。光線が地面を抉り、建物を消し飛ばしていく。
「くっ...」アリアが歯を食いしばる。
「あんなのと戦って、勝てる気がしないぜ」
マルガ・フレイムが静かに呟く。
「モンスター鑑定」
彼の目に、ヴォイドイーターのステータスが浮かび上がる。しかし──。
「なんじゃこれは...」マルガの表情が曇る。
「どうした?」アリアが問う。
「レベルが...表示されんの。そしてなんだ?HPもMPも異常に低い数値だ」
「何?」リィズが驚いて声を上げる。
「そんなはずない...あんな強いモンスターが」
マルガは眉をひそめる。
「意味が分からん...だが、とりあえず」
彼は杖を掲げ、詠唱を始める。
「炎よ、我が敵を焼き尽くせ!ファイアブリッド!」
巨大な火球がヴォイドイーターに向かって飛んでいく。しかし──。
ボン!
火球が直撃するも、ヴォイドイーターはびくともしない。
「効かないのか...」ガルスが呟く。
アリアは冷静に状況を分析する。
「通常の攻撃は通用しない。かと言って、逃げるわけにもいかない」
「どうする?」レインが静かに問う。
その時、遠くから悲鳴が聞こえた。
振り返ると、街の奥深くで建物が崩れていく。まだ逃げ遅れた市民がいるのだ。
「くそっ...」アリアが吐き捨てるように言葉を発する。
リリーが叫ぶ。
「私が市民の救出に向かいますです!」
「一人では危険だ」グレイ・ウルフが制する。
「俺も行くぜ!こいつらの相手は任せた、アリア」ガルスが斧を担ぐ。
アリアは一瞬考え込んだ後、頷く。「分かった。気をつけろよ」
ガルスとリリーが走り去る。残されたアリア、レイン、マルガ、そしてグレイ・ウルフとリィズ。
「さて、どうやって倒すか、考えるとしようか」アリアが剣を構える。
ヴォイドイーターが再び口を開く。漆黒の光線が放たれる。
「来るぞ!」
アリアの声と共に、シルバーファングの面々が散開する。光線が地面を抉り、街並みを破壊していく。
「こんなの...どうやって勝てばいいの?」
リィズの声は震えていた。
グレイ・ウルフがヴォイドイーターを睨みつけながら叫ぶ。
「諦めるな。必ず方法はある」
アリアは冷静に状況を見極める。
「レイン、やつの動きをけん制。マルガ、できるだけ多くの情報を集めてくれ。私が攻撃を引き付ける」
「了解」レインが頷く。
「任せておけ、じゃが気をつけろよ、アリア」マルガも杖を構える。
アリアは小さく笑う。
「当たり前だ。私たちはシルバーファングだからな」
彼女は剣を掲げ、ヴォイドイーターに向かって走り出す。
アリアの赤髪が風を切る。彼女の姿は、まるで炎の矢のようだった。
「さあ、やってみようか」アリアの口元に冷ややかな笑みが浮かぶ。
その時、アリアの後ろから空気を切り裂く音が響いた。
「スネークバイト!」
レインの声と共に、蛇のようにうねる矢がヴォイドイーターに向かって飛んでいく。左右に揺れ動きながら、まるで生き物のように標的に迫る。
ズブッ!
矢がヴォイドイーターの巨体に突き刺さる。巨大な魔物の意識が一瞬、レインに向く。
「そこ!」アリアが叫ぶ。
彼女の剣が青白い光を放つ。
「烈風剣・空破!」
一閃。剣から放たれた斬撃が、そのまま衝撃波となってヴォイドイーターを襲う。
轟音と共に、衝撃波がヴォイドイーターの体を切り裂く。しかし──。
「何...?」アリアの表情が曇る。
手ごたえがない。いや、それ以上に奇妙な感覚だった。ダメージは与えているはずなのに、与えていないような...。
「気持ち悪い...」アリアが呟く。
遠くでモンスター観察を続けるマルガも、同じように眉をひそめていた。
「おかしいな...」
レインは構わず攻撃を続ける。
「マルチショット!」
無数の矢が放たれる。しかし、ヴォイドイーターの体に刺さった矢は、まるで泥沼に飲み込まれるように消えていく。
「ちっ...」レインが舌打ちする。
マルガが杖を掲げる。
「轟雷よ、数多を満たし天より降り注げ!サンダーブレイク!」
轟音と共に、巨大な雷がヴォイドイーターを襲う。
眩い光。そして──。
「あれは...」マルガが目を見開く。
ヴォイドイーターの表面から、何かが剥がれ落ちる。それは地面に落ちると同時に、光となって消えた。
「一体何が...」マルガの声が震える。
アリアは諦めない。再び剣を構える。
「氷霧剣・絶華!」
凍てつく斬撃が放たれる。しかし、ヴォイドイーターの凍らせても、何の変化も起こらない。
「何なんだ...」
アリアの目に、恐怖の色が浮かぶ。
ドオォォォォン!
ヴォイドイーターの巨大な拳が襲いかかる。アリアは間一髪でそれを避けたが、風圧だけで体が宙に舞う。
「くっ...」
地面に叩きつけられたアリア。その瞳に、絶望の色が宿る。
(これじゃ...勝てない)
彼女の脳裏に、シャドウタロンとの苦い戦いの記憶が蘇る。あの時の恐怖、無力感。
(もう...終わりなのか)
その時、ふと一つの顔が頭に浮かんだ。
「そうか...あいつなら...」
アリアは立ち上がる。決意の色が、その瞳に宿る。
「みんな!時間を稼いでくれ!」彼女の声が響く。
「何を...」レインが首をかしげる。
「任せておけ。何か策があるのじゃろう?」マルガが頷く。
アリアは小さく笑う。
「ああ、最後の賭けさ」
彼女は走り出す。王立学園へ。
「遥斗...」アリアが呟く。
「お前の力が必要だ」
走り去る彼女の赤い髪が、夕陽に照らされて輝く。希望の光のように。
アリアの姿が見えなくなった後も、レインとマルガは必死の攻撃を続ける。
「さて、どこまで持つかな?」マルガが呟く。
レインは無言で弓を引き絞る。
「持たせるさ」彼の声は静かだが、力強い。
二人の背後で、街が炎に包まれていく。魔物たちが王都中を駆け巡り、市民たちの悲鳴が響く。
それでも、彼らは諦めない。
アリアが戻ってくるまで、最後の一滴まで戦い抜く。それが、シルバーファングの誇りだから。