469話 和解
「大丈夫? さくらさん」
優しい声。
先ほどまでの冷徹さは微塵もない。
まるで別人のような、穏やかな表情。
「うん……」
さくらが、微笑む。
涙の跡が残る頬を、そっと拭う。
「みんな……帰ったよ」
「……そう。全部さくらさんのおかげだよ」
その光景を見て、大輔の中で違和感が生まれていた。
遥斗のあの冷酷さ。
機械のような。
そして感情の欠落。
疑惑が浮かんだ。
さくらをわざと危険に晒して、神人を倒す道具にしたのではないか。
最初から計算していたのではないか。
「遥斗」
大輔の声が、低く響く。
「お前……さくらを利用したんじゃないよな?」
静寂。
空気が、ヒリ付く。
「俺の時もそうだったけどさ……あの戦い方……普通じゃねーよ。どうなっちまったんだよ!なあ、遥斗!」
大輔の拳が、震える。
遥斗が深々と頭を下げた。
「……ごめん。利用するつもりはなかったんだ。だけど僕の力だけじゃ、完勝するのは難しかった……それは事実だよ」
「さくらさんのテイムした神獣の心が、ずっと残っているのは感じてた。モンスターテイマーの力を考えれば……これがベストだと思った」
正直な告白。
「でも!それでもよ!クラスメイトを……友達を危険に晒すような真似……許されることじゃないだろ!」
正義感。
それが、大輔の根幹をなすものだった。
仲間を守る。
弱い者を守る。
それが、彼の信念であり誓い。
「そうだね。大輔のいう事は正しいと……思う」
遥斗は、ただそれだけを言った。
言い訳はない。
弁解もしない。
ただ——
「さくらさん。本当にごめん」
もう一度、頭を下げる。
「……違うよ」
さくらの声が、静かに響いた。
「遥斗君は、あの状況で出来ることをやっただけ」
「おかげで……ミラにもお別れが言えた」
「もし遥斗君が力だけで解決しようとしてたら……きっと、ミラの魂は救われなかったよ」
さくらが、大輔を見つめる。
「友達を危険に晒したのは、私たちも同じでしょ?」
「どういうことだよ……」
「ちょっと!遥斗君をお尋ね者にしたの……忘れたの?」
大輔が、言葉に詰まる。
「弱いからって王都に置いて行って、エリアナ姫の言われるままに反逆者と決めつけて……」
さくらの声が、震える。
「私たちの方が酷くない?」
「でもさ……それは涼介が……」
「言い訳でしょ?誰かのせいにして。でも……それって、卑怯だよ」
大輔が、黙り込む。
「それに」
さくらが、優しく微笑んだ。
「私たちは仲間なんだから。頼って当然でしょ?」
るなが、しっぽを振りながら遥斗に近づいた。
遥斗の足元にまとわりつき、クゥンクゥンと鳴いて感謝を示す。
遥斗の手を、鼻先で押す。
「……るなが、ありがとうって言ってる」
大輔が深く息を吐いた。
「……そっか、ごめんな、遥斗」
頭を下げる。
「俺、勘違いしてたわ。都合の良い時だけお前に頼って……利用して……ダチのやる事じゃなかったわ!すまん!」
「え、いや、そんな!別に、大輔が悪いわけじゃないよ!」
遥斗が、大慌てで手を振る。
「むしろ僕が……その、しっかりしてないのが悪いんだし……」
しどろもどろ。
まるで、昔の遥斗そのもの。
そこにいたのは冷徹な戦士ではなく——
普通の、少し気弱な少年。
大輔が、それを見て笑った。
「……別人じゃねーわ!やっぱ遥斗だぜ!安心した!戦ってる時のお前、マジで怖かったからさ」
「あ、あはは……」
遥斗が、照れくさそうに頭を掻く。
その姿に、さくらも笑顔になる。
わだかまりが、氷解していく。
ここにいるのは、普通の高校生。
同じクラスの友人同士。
その時——
さくらが、何かに気づいた。
いつのまにか、手の中に何かがある。
ルドルフの持っていた死霊の杖だ。
「……これ」
人骨で出来た不気味な代物。
ルドルフと一緒に飲み込まれてたのだ。
神人が消滅した今、それだけが残っていた。
「……うーん、どうしよ?気味悪いし捨てた方がいいのかな?」
「ちょ、ちょっと待って!」
「え?」
「それ必要なんだ」
「これが?呪われそうだけど……まぁ遥斗君が欲しいなら……」
遥斗が、杖を受け取る。
「ありがとう。これで、みんなを救えるかも知れない」
***
三人は、エレナの元へ向かった。
シエルを抱えるエレナが、嬉しそうに微笑む。
「遥斗くん!良かった!勝ったのね!」
笑顔。
互いに無事を確認し合う。
「シエルは……」
「まだ……意識が戻らないの。身体へのダメージとかじゃなくて、魔法を酷使したせいで消耗しちゃったんだと思う」
シエルは、静かに眠っている。
呼吸は安定しているが、目を覚ます気配はない。
「……今は休ませてあげないと」
その時——
マリエラとヘスティアが、恐る恐る近づいてきた。
マリエラは、グランディスを背負っている。
助け出してくれていたのだ。
「あ、あの……」
ヘスティアが、オドオドと言葉を探す。
「た、助けて……いただき……ありがとう……ございました」
頭を下げる。
マリエラも、感謝を告げる。
「遥斗君お強かったのね~びっくりしちゃった~。グランに代わってお礼を言わせてもらうわ~」
遥斗が、笑顔で応える。
「とんでもない!みんなが来てくれなかったら、どうなってたか……こちらこそ、本当に助かりました」
その言葉に、二人が顔を見合わせた。
先ほどまでの、殺戮マシーンのような遥斗ではない。
ごく普通の少年に見える。
「あの、グランディスは……」
「ええ、気を失ってるけど~無事よ~力を使いすぎただけね~」
「……よかった」
遥斗は、意識を失っているグランディスの寝顔を見て安堵した。
「それにしても、さすがです!」
ヘスティアが、目を輝かせる。
「アマテラス様に勝ったのは伊達ではありませんね……本当に、感服いたしました!」
「えっ……アマテラス様?」
これにはマリエラも驚きの声を上げる。
「太陽神アマテラス様のことよね~?エルフ族最強の~。人族が……アマテラス様に勝つなんてすごいわ~」
エルフにとって、アマテラスは神に等しい。
女三傑であるマリエラでさえ雲の上の存在だ。
それに勝つなど、考えられないこと。
「え、いや……その、そんな……あれは、まぐれで……」
遥斗が、言葉を濁す。
その時——
エルウィラインたちが、駆けつけてきた。
アレクスが、ゲイブとケヴィンを両肩に担いでいる。
二人とも意識は戻っていない。
「遥斗殿!見事だった!素晴らしい戦いだったぞ!……本当に凄い。あんな化物を一人で……」
エルウィラインが、笑顔で賛辞を送った。
「いえ、みんなのおかげですよ。一人じゃ無理でした」
遥斗も笑顔で返した。
エルウィラインが、真剣な表情になる。
「それで……この後、どうする?」
その問いに——
全員の視線が、遥斗に集まる。
皆が、気になっていた事だ。
この街は、まだ混沌としている。
戦いは、全く終わっていない。
「まずは……現状を何とかします」
遥斗が、辺りを見渡した。
あちこちで、戦闘が続いている気配が充満している。
アリアとマーガスが、かなりの数を鎮圧している。
それでも、兵士同士の殺し合いは、今なお収まる気配はない。
それに、鎮圧といっても束縛してるだけで、根本的問題解決にはなってない。
遥斗が、死霊の杖を握る。
「これを使って!」
遥斗が、杖を地面に突き立てた。
そして——
魔力を注ぎ込む。
ありったけの。
全力で。
限界まで。
遥斗の体が光り始める。
青白い魔力が全身を包む。
杖が反応した。
黒い光が杖から放たれ、空間を埋め尽くし、徐々に広がっていく。
まるで波紋のように。
そして、瞬く間に都市全体へと——
魔力フィールドが形成された。
「これは……」
エルウィラインが、息を呑む。
「まさか……都市全体に魔法を……?」
信じられない光景。
個人の魔力で、こんな広範囲に魔法を展開するなどあり得ない。
しかし、遥斗はやってのける。
死霊の杖の力を借りて。
「遥斗……」
大輔が、心配そうに見つめる。
遥斗の額には、大量の汗が浮かんでいる。
相当な負荷がかかっているのだろう。
それでも——
遥斗は、止めない。
杖に、魔力を注ぎ続ける。
「マリオネイトエイジ・ラビリンス!」
マリオネイター最大スキルが発動した。




